50・魔王様、国の事情を説明される
私の部屋に入ってきたはいいけど、いつになったら話すのか……フォイルは固まったまま動かない。
「どうしたの? 用があるんじゃなかった?」
「そ、その前に一つ聞かせてください」
「どうぞ」
ゆっくりと空気を飲み込んで吐き出したフォイルは、覚悟を決めたかのような表情でその問を投げかけてきた。
「貴女はなんで、グロアス王国の兵士と知っても手を出したんですか? あの酒場にいた人のことを、貴女は知らないはずです」
「決まってるじゃない。彼らが食事の邪魔をしたからよ」
「そんな冗談は聞いてない!」
私の答えが納得できなかったのか、怒鳴り散らすように睨んでくるフォイル。
全く……冗談で言うわけ無いでしょうに。
「はぁ……何をそんなに怒っているのかしらね」
「貴女が自分を茶化すからですよ!」
「茶化してないわ。私があの時どれだけ食事を楽しみにしてたか知ってたでしょうに」
「ええ知ってましたよ。それでもグロアス王国の兵士と戦うということがどういうことか、貴女でしたら考えが着くでしょう!?」
「知らないわ。私はグロアス王国なんてもの、初めて聞いたもの」
私が本気で何も知らないことを知って愕然とした表情を浮かべてるけど、何を今さら。
南西地域ではセントラルの情報なんてほとんど入ってこないんだから自然とそうなるだろうに。
というかたとえ知ってても同じ対応を取ってただろう。愚かなバカがたどる末路ってのはいつも同じってことよ。
「なにか勘違いしてるみたいだけどね。たとえグロアス王国だろうとセツオウカであろうと、私はあの場では同じ行動をしたと思うわよ」
「……食事がそこまで大切ですか?」
「それもある。あとは薄っぺらい権力を振りかざして他人を思い通りにしようとする輩が気に入らないだけかな」
「正義感からなんですか……?」
正義感か…そんなもの、私には最も縁遠いものだろう。
傍から見たらそう見えるだけであって、実際はそんなものじゃない。
「なんでそうなるのか知らないけど、私は愚か者が嫌いなだけよ」
「それ…だけ…?」
「何度も言わせない」
私の言葉に呆気にとられてるのか、口を開いたまま動かなくなったフォイルだったけど……再びノック音が聞こえてきて我に返ったかのように動き出した。
「え、えっとティファリス女王」
「どうせフラフでしょう? 入ってきていいわよ」
「わかりました」
フォイルが来た時点で、どうせフラフも来るだろうと思ったけど……二人共、ということはよほど重要な用事のようだ。
しかし先程からあまり意味があるとは言えない質問が続いてるんだけど。
「こんばんは、ティファリスさま」
「ええ、こんばんは」
「それでフォイル、どうだった?」
「ん、あ、ああ。この方なら大丈夫やろ。なんか気ぃ抜けてきたわ」
ほっと一息をついたフォイルは、さっきまでとは違ってまるで肩の力を抜いたかのように話し方が変わった。
きっとあれが本来の話し方なんだろう。今までは口調を変えて演技をしていたということでしょうね。
「ごめんなさい、ティファリスさま。あたしたち、試してました」
「試してた?」
「アロマンズのバカが貴女のこと、護衛するよう言うてましたから。
ぼくは二人で手を組んでたんかと思いました」
「手を組む? 私が?」
「ティファリスさまが、初めてアロマンズ王と会うこと、知らなかったから」
なるほどね。私がそうだったようにフォイル達も私のことを見定めていたってことか。
それにしてはフラフは平常運行だった気もするけど。会って間もない私ですらわかるほど素で行動してたな。
「最初、始末されるかも、って考えてた」
「また随分穏やかじゃないわね。貴方達はアロマンズとどういう関係なのかしら?」
「ぼくはアロマンズのバカとは腹違いの兄弟なんです。父が死んだ時、どちらが魔王になるか争ったんです」
「……はぁ」
これまた厄介なことになってきたな。
腹違いの兄弟ってことは一応は王族だ。なんでそんなのが兵士の真似事なんてやってるんだか……。
というかそれならフラフもなにか特別な存在ってことかな?
「本当だったらぼくの方が優勢だったんですけど、あのバカは自分が魔王なりたい一心で他国の力借りることしたんですよ。その結果、ぼくらの国よりも強いグロアス王国がクルルシェンドで幅を利かせるようなったっていうことですね」
「…………」
アロマンズはなんて面倒なことしてくれてるのだろうか。
己が魔王になるために他国に売り払うなんて、王というのがなにかわかっていない証拠。
目的がそれだけしかない小さな男には王なんて過ぎたものだと思うがね。
「ぼくはアロマンズに負けた時に地位も家も全部奪われ、一兵卒としてこき使われたんです。
まあ、それでもアロマンズにとってはぼくは邪魔やろうし、散々いじめ抜いた後殺したろ考えてたんでしょうね」
「それで私がここに来たことに目をつけた、と」
「そういうことですわ。霊獣の件だって本当かどうか」
そういう状況を知っているとなると、確かに霊獣が暴れてるっていうのも怪しく感じるんだけど……それでも行かないって選択肢は私にはない。
嘘でも本当でも引けない状況にいるんだからね。
「アロマンズにあんま都合いい状況が続くもんやから、ティファリス女王のことも信じられんかったんです。
でも今回の酒場での件といい、ぼくらと一緒の食事とか寝るときもそう。ティファリス女王は自由でしたし、こんな人がアロマンズの言う通り動くわけない。だからぼくらも信じることにしたんですよ」
「随分と簡単に信じるじゃない。私ならもうちょっと疑うわよ?」
「ははは、簡単言いますけど、ティファリス女王のやることは普通の魔王には難しいことですよ。アイテム袋持ってるのにわざわざぼくらに合わせたり、兵士と一緒に食事したりとかしませんから」
「うん、ティファリスさま、変わってる」
変わってるっていうところに否定は出来ないか。
リカルデと初めて一緒に食事した時も驚かれていたし、確かにこの世界の魔王たちと私とでは在り方が違うのかも知れない。
「だからぼくらも、出来るだけ知ってることをお教えしたい思うてます。ですから――」
「待って。教えてもらうのはいいけど、私はこの国を救う気は全く無いわよ? リーティアスを統治するだけで精一杯よ」
「いやいや、だいそれた事はしてもらんでも大丈夫ですよ。ただ、あんま
うん、それもう無理だから。
グロアス王国にクルルシェンドと二国が連携してるのも加えて、私の方はグロアス王国の兵士にすでに手を出している。
謝罪もなく、私の事を辺境魔王だと侮るつもりなら一歩も引き下がらないつもりだ。国を束ねる者として、舐められたままでは引き下がれない。
「もうそんな事態じゃないことぐらいわかってるでしょうが。せめて街には出来るだけ損害を与えないように努力はする。でもそれ以上のことは私には出来ない」
「…………それでも構いません。言っててなんですけど、ぼくも無理やろなとは思ってますから。
ただ、ティファリス女王からその言葉を聞き出せただけで十分ですよ」
なんでこんなことに……と頭を抱えそうなほど思い雰囲気を纏ってるフォイルのことをよしよし、と頭を撫でるフラフの姿が、まんま大人を慰めてる少女の構図で微妙に笑いを誘う。
「なら、早速グロアス王国について詳しく教えてもらいましょうか。種族・国力・軍隊など、貴方の知る全てを」
「はい。グロアス王国ですけど、魔人族の王・ディアレイが治めてる国で、粗野で乱暴…力こそが全てを地で行く国で、弱いものは強いもの糧にが信条の最低国家です。奴隷と市民がイコールになったりしますね。
ぼくらが手を出していい相手やないです」
酒場でのあの行動を見る限り、まともな国の兵士じゃないと思っていたけど、やはりそうか。
末端とは言え、他国の兵士がしていい限度というものを遥かに越えている。
ちょっと青い顔して話してるフォイルからも、その国がいかにクルルシェンド並びに南西地域の国家が相手取ってはいけないかが伝わってくる。
「また面倒なのと組んでるわね……」
要は力バカの国がクルルシェンドに力を貸した結果、今みたいな厄介事の塊のような国になったと。
グロアス王国は好き放題し始め、それを看過するこの関係は主従と言うより奴隷と主人の関係のソレだ。隷属国家とでも言うべきか。
「フェアシュリーもグルムガンドもよく今まで気づかなかったわね……」
「そら向こうの商人は首都で足止め。セントラルの魔王たちと会うのは貿易都市トーレスだけやからそら気づかないでしょう。
そうじゃなかったらぼくも気づいてたですし」
そりゃそうか。だからこそ首都アグリサイムに獣人族とフォイルを足止めしておいて、トーレスで悠々と魔王になるための策略を巡らしていたんだろうね。
「……もうどう贔屓目に見ても揉め事になる未来しか見えてこないんだけど。というかアロマンズはなんでよりにもよって武力に長けた国とばかり話し合いしてんのよ」
「ああ、それは簡単ですよ。バカの方が操りやすい言いますでしょ? アロマンズはどうやって関係を持ったかは知りませんけど、一度話し合いの場まで設け、ひたすらへりくだってメリットでも提示したんだと思います」
「頭をつかうタイプは、自分も手玉に取られる可能性、ある」
ため息が出そうなほどわかりやすい理由だった。
よくも今まで無事でいられたもんだと不思議でしょうがない。これが敗戦国とかだったらもっと悲惨なことになってたのかもしれない。
「それで今の状況に陥ってるんじゃ世話ないわね。よく今まで保ったもんだと思うわ」
「そこらへん、要領よくやってるんでしょうな。首都にいても商人とハンターたちのうわさ話ぐらいにしか上らんぐらいやし」
「隠蔽だけは上手いってわけか……」
この国の事情は大体わかった。どうあがいても戦争に進む道しか見えない。
こうなったら徹底的にやろうじゃないか。罠だろうとなんだろうと、それを粉砕して進んでやる。
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