18・お嬢様、猫を調べる

 話は決まり、早速調べにフェーシャを軟禁してる部屋に行くと、がんじがらめになって魔法を封じられてるフェーシャがメイドにスープを飲ませてもらっているところだった。


「はい、美味しいですか?」

「ん、んぐ……まあまあだニャ! ほら、早くもっと寄こすニャ!」


 なんというか、普通に満喫しててちょっと考えられない。

 普通もう少し緊迫感とか持つはずだけど、フェーシャにはそれがまるでない。


「あれが王さまの姿なんですかね……」

「いやあれは違うわよ」


 ぼそっと呟いたアシュルに私は呆れた感じで返すと、フェーシャがこっちに気づいたのかにやにやといやらしい目でこちらを見ていた。


「これはこれはリーティアスの女王じゃニャいかニャ。わがはいを解放する気にニャったのかニャ?」

「馬鹿なこと言わないで。

そんなことよりずいぶん元気そうじゃない。ここの生活は気に入ったのかしら?」

「ふん、そんなわけニャいニャ。こんニャことをすればわがはいの国が黙ってニャいニャ。

 お前がわがはいにニャきつく日が楽しみだニャ!」


 ニャっふっふとかよくもまあそんなご都合主義全開の妄想を信じられるな。

 後ろの方で隠れるように控えてるカッフェーとケットシーが渋い顔をしてる。


「その時まではわがはいも我慢してやるのニャ。この借りは何倍にでもして返してやるのニャ」

「はいはい」


 こいつの相手は疲れるだけだ。さっさと用事を済ませればいい。

 さて、魔法で洗脳されたかどうか調べるのは魔法医の役目なんだけど、調べるだけなら簡単だ。


 闇属性の魔導で異物の魔力痕跡を黒く染めればいい。私くらい精密に魔力を動かせるものであれば、条件付で濃淡の表現が可能になる。

 闇で視界を遮る魔法もあるけど、これはそれのちょっとした応用だ。


「『スキャニング』」


 私はフェーシャの身体に触れながら操られている場合は黒く、されていない場合は変化なしという条件付をして発動する。


 すると、フェーシャの体全体を包み込むように黒に染まっていった。かなり強く影響を受けているようで、対象者すらどす黒く塗りつぶしてるように見える。


「こ、これはなにが起こってるんですかミャ?」

「闇魔法で解析してるのよ。魔法で操られてる痕跡があれば、影響を受けている部分が黒くなるようにね」

「そ、それじゃ」

「見るからに真っ黒ね。それも生半可な縛り方してないわ」


「やっぱり…」とカッフェーが暗い面持ちをしている。

 フェーシャは私が触れた時辺りからにゃーにゃー文句を言ってるけど、無視。


 一通り調べ終わったあと、メイドにお世話の続きをお願いして、応接室の方にみんなで戻ることにした。






――







「やはりとは思っていましたが…これであの横暴さも納得できましたにゃー」


 応接室に戻ってきてぽつりとカッフェーが呟く。

 ケルトシルからやってきた二匹の重苦しい雰囲気に包まれている。

 ま、今までリスクが怖くて調べられなかった上、他国の力を借りて調べたら王は操られてましたじゃそうもなる。


 もっと早くわかっていたら……とか思ってそうだけど、私としては操られていたことが発覚した以上、簡単に処刑するような真似はできなくなってしまった。

 フェーシャの裏で糸を引いてるものが存在するのなら、そいつについて少しでも知っておかなければならない。


「フェーシャさまは……治りますかミャ……」


 ケットシーはどこか懇願するような様子で私の方を見ている。

 愛想を尽かしたとはいえ、自国の王の異常は見ていられないのだろう。


 だけどあれは……。


「必ず治るとは言えないわね。

 私はあいにく高度な光属性を扱える者を知らないわ」


 あれだけの力で汚染されているんだ。生半可な光属性では浄化することは出来ない。

 いや私であれば可能だろう。だけど今はまずい。


 信用できない者がいる前で闇と光のどちらも使える事が知られるのはまずい。隠す必要はないし、いずれバレるとリカルデとスラムルも言ってたけど、それを含めてもまだ早すぎる。


 他にも方法もあるにはあるけど……それは光属性が使えること以上に私の力になってくるものだ。こんなところで他人に見せるような切り方はしたくない。


「必ず治るとは言えない……ということは治せる可能性があるということだにゃー?」


 私の言葉にこっちを見てるカッフェーの顔には、どこか期待しているような雰囲気を感じる。やっぱりフェーシャのことが心配なんだろう。

 彼の昔の性格を知ってる様子だったし、長い付き合いなのかもしれない。


「そうね。可能性は……低いけれどあるわ。

 だけどそれで治してくれと頼まれてはいそうですかと答えるほど、私達の信頼関係は成熟していないわ」

「おっしゃる通りですにゃー。

 でも、ぼくたちにはこれ以上渡せるものはありませんにゃー。」

「それもわかっているわ。

 だからもしフェーシャ王が元に戻った場合、それはとても大きな貸しとしていつかフェーシャ王と賢猫けんびょうの方々に返していただく…というのはどうかしらね?」


 きょとんとしてるカッフェーに軽くウインクをして笑いかけてあげる。

 そう、あくまで貸しにしておくだけだ。私が色々出来るからといって、なんでも頼ってもらっては困る。お互いにとって線引は必要なことだ。


「は、はいですにゃー。

 フェーシャ様を治していただけるのであれば、御恩はいつか必ず、変えさせていただきますにゃー」

「ええ、それではあの子フェーシャは治療を済ませてから、改めて処遇を決めるということでよろしい?」

「構いませんですにゃー。よろしくお願いしますですにゃー」


 こくこく頷くカッフェーに承諾をもらい、私は正式にフェーシャを治すことを受け入れた。

 これは後から知ったことだけど、賢猫けんびょうの一部はフェーシャを幼い頃から教育していたそうだ。

 元々魔王を支え、魔王を継ぐ者を育てる役目を担っていたのが賢猫けんびょうの面々だったらしく、最初は彼の変貌に対処しようとしていたそうだ。


 魔法医を介入できない以上、気付かれないようにこっそり薬を投与したり、遠目に監視といったことぐらいしか出来なかったようだけど。

 それでも彼の横暴には随分心を痛めていたらしい。ジークロンド王のときも対応にかなり苦心したとか。


 今回の私との騒動で国として、フェーシャのことを諦めることを決断したみたいだけど、それでこっちに対処を丸投げしようってのもどうかと思うけどね。

 それを含めての今回の同盟締結だったんだろう。おかげで随分いい条件で結べそうだし、こちらとしてはおおむね満足といったところだろう。


 ケットシーもこちら側が引き取るのになんの問題もないみたいで、そのまま私に仕える形となった。

 カッフェーはフェーシャのことを私によくよく頼むと、三日ほど館に滞在してこの国の今に触れてからケルトシルに帰り、リーティアスで得た情報を元に他の賢猫けんびょうたちと話し合うそうだ。






 ――







「よろしかったんですか?」


 のんびりとお気に入りの深紅茶を飲んでる私と、その横で佇むアシュルしかいない応接室で、ぽつりと疑問を投げかけてきた。


「あの王を治しても、ティファさまにメリットがあるとは思えませんが」

「フェーシャが操られてるって知る前はね」

「知る前は……?」


 きょとんとしてるアシュルに向かって私は一つ、問いかけてみる。


傀儡くぐつになったフェーシャは、なんで私を欲しがったのかしら?」

「えっと、それは……後ろで糸を引いてる人物がティファさまを欲しがっていたから…ですかね」

「そう、その可能性が高いわ。

 もう一つ、エルガルムのオーガルはなんで私をさらおうと刺客を差し向けてきたのかしら」

「それはー……」


 ここまで言ってようやくアシュルの方も納得したように目を見開いた。


「都合良すぎるでしょ。私のことを欲しがる魔王が交互に事を起こすなんて。

 フェーシャやオーガルの後ろにいる者は多分、同一人物よ」


 そいつがなんで私を狙うのか……それは未だわからない。

 だけど父を死に追いやり、今まだこの馬鹿らしい戦争を続けなければならないのがその黒幕のせいであれば、私は必ず倒さなければならない。


「それでは、フェーシャ王とオーガル王から黒幕の情報を掴むんですね!」

「その必要はないわ」


 私の言葉にアシュルはまた頭の中に疑問符を浮かべていた。

 確かに一人より二人のほうがより情報を得られるだろう。本来であればその方がいいとも思う。


「オーガルは誓約を破った元凶。こいつはきっちり半殺しにしてセツキ王に引き渡す。

 アレから得られるものなんて何一つ無いわ」


 オーガルはフェーシャと違って知恵を授けられているだけだというのが私の見解だ。

 ある意味真っ直ぐなオークがより強大な力を手に入れ、それに溺れたとすれば誘導も簡単だろう。


 私の国から奪った領土…その中にある村や街は見るも無残な状態にさらされているとか。

 ゴブリンの偵察部隊に調べさせたところ、占領されている場所はことごとくがボロボロにされていた。

 魔人族は男女によって扱いに違いがあっても、オークのおもちゃにされていることに変わりはなく、ゴブリンたちも顔を青ざめた様子でリカルデに報告してきたとか。


 そして私達が以前住んでいた城は、今やオーガルが住んでいて、常に魔人族やゴブリン族が運ばれてきているそうだ。

 そこでなにが起こってるか、町や村の様子から想像に難くない。そしてそんな下劣な王から手に入る情報に価値などない。


「フェーシャから情報が得られればそれでいい。

 オーガルには、とことん教え込んでやらないといけないからね」

「ティファさま……」


 アシュルはまだなにか言いたそうな顔をしていたけど、それっきり私は何も言わなかった。

 ただ静かにお茶をいただく、その時間だけが過ぎていった。

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