13・お嬢様、再び城へ向かい決闘する

 ――ヘイドリセン・宿『銀狼の憩い場』――


 あの後人狼亭の料理を完食はしたんだけど、本当に許容量ギリギリ……というか結構オーバーしてたような気がする。

 あまりの量だったから夕食もまともに摂れないくらいの満腹感に襲われてしまい、食べ終わった後はしばらくまともに動けなかった。

 これはミートバーグ以上に、人狼二人前もがっつり盛られた野菜のせいなのは間違いないだろう。

 正直一人だったら無理して一人前の半分よりちょっと多いくらいがやっとだろう。

 ほとんどがアシュルが引き受けてくれたんだけど、彼女は嬉しそうに食べているようだった。

 少なくとも一人前半以上は食べているようだったかな。


 今度もしまた来ることがあったら、必ず三人以上で行こう……。

 味はかなり良かったということもあるから、もう行かないという選択肢は私には存在しなかったのだ。


 結局、腹ごなしに散策した後、そのまま宿に帰って休むことにしたというのが初日目。

 その調子で二日目も過ぎていって、とうとう城に行く三日目が迎えたのだ。



「ん、んー……もう朝か」


 穏やかな日の光が部屋を満たしている中、私はゆっくりと目を覚ました。

 隣のベッドで眠ってるアシュルはまだすやすやと寝息を立てている。


 私とは違って、アシュルは初日の人狼亭以降も、夕食を普通に食べてた。さすがの私も驚いたというか、よく平気でいられるなと思ったわ。

 次の日もがっつり食べてたし、スライムは底なしなのかもしれない……それかアシュルだけなのかも。


 ひとまず私は、自身の支度を先に終えてから彼女を起こすことにした。

 生まれ変わってから暫くの間、前世が男だったせいで自分の裸を見るのもためらっていたけど、今はなんともないということ思うと時間の流れを感じる。



「アシュル、ほら起きなさい。今日は城に行く日でしょうが」

「んふぅ…ふぁ…」

「ふぅ……起きなさい!!」


 体を揺すってやっても中々起きないアシュルだったけど、大声でもう一度呼びかけるとむにゃむにゃ言いながらなんとか起き上がってきた。

 支度の終わった私の方を眠そうにぼーっと見ている。


「んぅぅ……うるさい……あ、てぃふぁさまおはようございます」

「はいおはよう。

 ちゃちゃっと目を覚まして、貴女も着替えなさいな」

「ふぁい」


 まだちょっと寝ぼけてるようだけど、すぐに目を覚ますだろう。

 さて、昼ごろまでに行けばいいからまだ時間もたっぷりあるし、アシュルの着替えが終わるまで待ちましょうか。





 ――






「うぅ……申し訳ありません」


 顔を洗ってしっかり目を覚ましたアシュルは私の様子を見ると、慌てて準備を終えて私に頭を下げてきた。

 ちなみに私とアシュルは最初ヘイドリセンに訪れたときと同じ服装だ。


「謝らなくていいから、ほら顔上げて」

「うぅ…はい…」


 申し訳無さそうな顔してるアシュルに向けて笑いかけると、彼女は戸惑いながらも笑顔を返してくれた。

 うん、やっぱり女の子は笑顔が一番だ。

 たとえそれがちょっと恍惚としてるような笑顔であっても。


 というか、私としては先に着替えただけで頭を下げられてはキリがない。


「さ、これでもうおしまいにして、ご飯食べて城に行きましょう」

「……はい!」


 アシュルも元に戻ったし、私達は時間になるまで食事をしながら、時間を潰すことにしたのだった。





 ――






 ――ヘイドリセン中央区・城――


「ティファリス様! お待ちしてましたっす!」


 再び訪れた城で門番をしてたのは、やっぱりフェンルウだった。

 相変わらずの鎧姿をしてるんだけど、動かせるわけじゃないのにそれになにか意味でもあるんだろうか?


「おはようフェンルウ。

 約束の日だけど、準備は出来てる?」

「はい、もちろんっすよ!

 訓練場の方にジークロンド王もいるっすから、そっちに案内するっす!」

「ええ、お願いね」


 フェンルウはその姿のまま、足元に自身の黒い液状の体を出して鎧ごと移動をはじめる。

 …あんな風に手間かけて移動するぐらいなら普通にしてればいいのに。

 アシュルと顔を合わせて苦笑いしたあと、彼に黙ってついていった。



 しばらく歩き続けた後、フェンルウに案内されて城の内部を進んだ私達は結構広い空間に出た。


 その中央にジークロンドは鎧を着込んだ状態で、腕を組みながら静かに立っている。

 鎧は傷一つなく鈍色に輝いている。新品のようにも見えるけど、着慣れてる感があるそれは、恐らくジークロンド王が普段戦いで着てるものだろう。


「……来たか」


 私の姿を見つけたジークロンド王は二日前に感じたどこか雰囲気は一切見られず、戦うものの気配をその身にしっかりと纏わせていた。


「三日ぶりね、ジークロンド王。

 こうして貴方と相まみえるときを、楽しみにしていたわ」


 あまり語ることはないとばかりにまっすぐ私を見据えているかの魔王は、戦う相手を見つけた猛獣のような目に見える。


 しばらくお互い視線を交わしていると、やがてため息混じりにジークロンド王が口を開いてきた。


「楽しみにしていたのは結構だが、ヌシのそれはとても戦いに来たものの姿には見えんぞ?」


 私のワンピースと相変わらずのフード付きのコート姿に呆れたような表情だ。

 フェンルウも同じこと考えてんのかな? と思って彼を見てみると、彼の方はジークロンド王の発言で首を左右に振ってやれやれといった様子だった。


 アシュルの方はその言葉にムッとしてジークロンド王を睨んでるのは言うまでもないだろう。

 というか、彼は私が鎧を着込んで現れるとでも思ってたのか…? 外にも出てるんだし、そもそもアシュルとの契約で外出してたわけなんだから、そもそも持ってるわけないんだけどな。


「そうかしら? 決闘と言っても命のやり取りをするわけでもないでしょう?

 重い鎧なんてむしろ邪魔じゃない」

「速さでヌシがワシに勝てるというか」

「くすくす……勝てないでも思ってるの?」


 私の言葉に多少苛立ちを感じているのか眉を潜めているジークロンド王に対し、私は涼しげに答えてやる。


 以前鎧のことをリカルデに相談した時、またあのリーティアス伝統の戦闘服を持ち出そうとしたのを慌てて止めたことを思い出す。

 私に合った鎧は今は国に存在しないそうで、作ろうにも輸入ルートがないというからもうどうしようもない。


 ま、私たちの国の事情なんてわざわざ言う必要もないし、こういうときは強気にいくのが一番だ。


「いいだろう。ヌシのその言葉、後悔させてくれよう」

「それじゃ、決闘者以外は離れてくださいっす」


 このまま火花を散らし続けても良かったんだが、フェンルウの言葉でアシュルが私に向かって、『頑張ってください!』とでもいうかのように力強い表情でうなずき、壁際まで離れていく。


「決闘の内容は『一対一』っす。

 勝利条件は『負けを認めさせる』か『戦闘不能状態』にするかのどちらかっす。

 ティファリス様が勝利した場合、『エルガルムとの戦争ではこちらも傍観を決め、国としては不干渉を貫く』。

 ジークロンド王が勝利した場合、『ティファリス様はエルガルムに引き渡し、リーティアスの全てをアールガルムが占領する』ということでよろしいっすか?」


「ワシに異論はない」

「私も、それで結構よ」


 一応決闘というわけだから、勝利した時と敗北した時の条件を設定してある。

 と言ってもどんな条件にしたって後がないのはどっちも同じ。ならどっちかが欲しいだけ持っていく…という感じになったそうな。

 私達二人に書類をしっかりと確認させると、フェンルウはその体内に納め、保管する。


 いくらスライムとはいえ体の中にしまうのはどうなんだろう?

 後から触るかもしれない、こっちの身にもなってほしい。


「条件の確認も終わったっすし、双方とも準備はいいっすね? ……それでは決闘、開始っす!!」


 私とジークロンド王を交互に見た後、しばらく溜めてからフェンルウは試合開始を合図した。





 やはり人狼だけあって、ジークロンド王はその素早い身のこなしで私に速攻をかけてきた。

 さすがに魔王を名乗るだけあってウルフェンとは比べ物にならない速度だ。

 というよりあまりに違いすぎて、仮にも魔王の息子であるウルフェンがあの程度というのに疑問が残るほど。


 そのままの勢いで彼は鋭そうな爪を思いっきり振り下ろしてくるが、私はそれを余裕をもってかわした。


「な、なにっ!?」


 よほど自分の速さに自信があったんだろう。

 私にかすりもしなかったその攻撃を見てジークロンド王は驚愕の表情を浮かべていた。


「あら、驚いて動きを止めるなんて、ずいぶんと余裕を見せてくれるじゃない!」


 彼のその隙を突くように、その低く構えた姿勢のアゴに向けて掌底を叩き込んでやる。

 魔王と呼ばれている存在なわけだし、多少は威力を出しても問題ないだろう。


「がっ! ぐおっ…」


 あの体勢からでは、後ろに飛んで威力を削ることも満足にできなかっただろう。

 ジークロンドはのけぞった形をとったのを見て、更に私は蹴りで彼の腹を撃ち抜いてやった。


「ぐぅ!? くっ……おのれっ…」


 大地を踏みしめていたおかげか、少し後ろに下がっただけですんだジークロンド王を尻目に、私は一度彼から距離をとった。

 ジークロンド王は私の放つ一撃の重さに驚きつつも、先程のような悠長な真似はせず、私の動きに警戒している様子だ。


「ま、まさか……これほどとはな…」

「そう、貴方こそまさかこの程度とはね。

 それでは魔王の名が泣きますよ?」

「ぬかせ! 小娘がっ! ガアアアァァァァァァァァァッッ!!!」


 ジークロンド王の口内から魔力を感じたかと思うと、口を開いて思いっきり私に向けて魔力を帯びた咆哮を放ってくる。


 これを回避するのは…いや、いける!


 私は足の方に魔力を込め、横っ飛びで一気にかわす。

 地面を右から左へとえぐり取りながら私に向かって進んでいた人狼の咆哮を見た私は、その威力に感心しながら体勢を整え、再びジークロンド王と向かい形をとった。


「ワシの『衝動の咆哮シェイクハウリング』をその距離でかわすか……やはりヌシはその身に似合わぬ力の持ち主よ」

「それはどうも。

 でもね、私の力はまだまだこの程度じゃないわよ!」


 よし、今度は私の番だ。

 今の世界に転生して魔導を使うのは初めてだけど、ちょうどいい。いずれ戦争で使うこともあるだろうし、この決闘で少しは勘を取り戻しておこう。

 ……決して今使ったことがないのを思い出した、というわけじゃない。


 魔導とは魔法と少し違う。

 あくまで私の転生する前での話だけれどね。


 魔法とは、適正やら魔力量やらに左右はされるものの、使うだけなら誰にでもできる。

 魔導とは、魔力の流れを自由自在に操り、自身のイメージを明確に形として、魔力で自由に発現させることが出来る者のみが扱える……いわば魔法の上位互換のもののことを指す。


 そして身体能力がそのままの状態で転生しているのであれば、以前私が扱えていた魔導の数々も何ら変わりなく使用することが出来るだろう。


「来なさい! 『シャドーリッパー』!」


 私の影から鋭い鎌状のものが無数に伸びるように飛び出してきて、ジークロンド王の方に切り裂きにかかる。

 これは影を魔力で加工して操る簡単な魔導だけど、通じるかな?


「くっ…! 何だその魔法は…!」


 やはり私の影からの攻撃は予想外だったみたいで、焦るジークロンド王はいくつもの影の鎌たちを回避するのに夢中で、完全に私に気がそれている。


 甘い甘い。こういうとき、一番注意しないといけないのは扱ってる者の方だ。


「ほら、どこ見てるのかしら?

 私はここにいるわよ!!」


 シャドーリッパーの回避に夢中になってるジークロンド王に一気に詰め寄り、その無防備な横腹に蹴りお見舞いしてやる。

 ちょうど跳んでいたときだったからか、私の一撃はきれいに入って壁に衝突するほど飛んでいった。


「あ……」


 あんまりにも気持ちよく決まりそうな腹が見えてしまったのが悪い。

 当たる前に意識できたおかげで、振り抜くことはしなかったからそこまで酷いことにはなっていないとは思う。


 現に壁に激突したジークロンド王は血を吐いてなんとかその場に立ち上がる…といった様子だ。

 少し体がふらついているみたいだけど、その目の奥底には未だ戦意衰えず、彼のそのギラついた目に思わず表情が緩む。


「くっ……ヌシは本当に驚かせてくれる。

 ウルフェンを歯牙にもかけなかったと聞き、最初はワシと同程度かと思っておったが……」

「想像以上だった?」

「はっ! 初めて相まみえたときから感じておったわ!

 ヌシはワシの実力を超えておるのがわかる。

 その幼き体の中にどれほどの力を宿しているのやら……ワシ程度の器ではとても計り知れんよ」

「それでどうする? まさか降参するってわけでもないでしょう?」

「ははは! まさか!

 ワシの力が及ばぬとも、この戦い、決して逃げはせぬわぁ!」


 ふらっふらっとその身を揺らしていたかと思うと、ジークロンド王の体は次第にぶれていき、徐々にかき消えていく。

 明らかに今までの戦い方と違う。恐らく、これからが彼の本気の戦いなのだろう。


「もはや先のことなぞ考えぬ! このアールガルムの魔王ジークロンド、最大の力でお相手しよう!!」


 ……いいだろう。

 貴方がどれだけのものを見せてくれるか知らないけど、その心意気、応えてやろうじゃないか。

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