11・お嬢様、ヘイドリセンを歩く

 城を出てからすっかり日が暮れてきて、私服の兵士に案内された場所はフェンルウが手配してくれた宿で、すごくいい雰囲気の小奇麗な宿屋だった。

 豪華とか言うほどじゃないけど、清潔感が溢れるいいところだ。


「さすがフェンルウ、いいところを選んでくれたわね」

「すごくきれいなところですねー」


 アシュルもキョロキョロとこの宿を見回してるけど、そういうお上りさんみたいなことはやめなさいと言ってやりたい。

 どうも好奇心の強い子みたいだけど、やっぱり外の世界にあまりでてこなかったとかあるのかもだけど。


「早速お部屋の方に行きましょう!」

「その前にチェックインしなくちゃいけないでしょうが」


 ひとしきり周りを見て満足したのか、私の腕を引っ張って行こうとするアシュルをなだめながら案内してくれた兵士に礼をいい、早速カウンターの方に行く。

 そこには優しげな雰囲気の栗色の髪の女性が立っていた。

 ええっと、確か帰り際に『ティファ』の名前で予約しているっていってたけど……。


「いらっしゃいませ。

 あら、可愛らしいお客様がたですね」

「ありがとう。予約してるティファという者だけれど」

「ティファ様ですね……はい、お待ちしておりました。

 お部屋の方に案内させていただきますね」

「よろしくね」


 柔らかく微笑むその顔になんとなく癒やされながら受付を済ませると、アシュルが早く部屋に行きたそうな目をして待っていた。


「結構いい宿ですねー、これならどんな部屋か楽しみになってきますね!」

「そうね、でもあんまりはしゃいじゃだめよ?」


 わくわくしてるような感じのアシュルをなだめながら私達は従業員の案内で部屋の方に向かうと、そこはちょっとした広さの部屋だった。

 ベッドは二つに明るく落ち着く感じの色合いの部屋で、花が活けてあったり、窓が大きくて外の景色が見えやすかったりと悪くないところだった。


「ティファさまティファさま、せっかくですから一緒に寝ましょう!」

「……ベッドは二つあるんだから、一緒に寝なくてもいいでしょう」


 やたらと私にくっつきたがるけど、この子は甘えん坊なんだろうかな。

 一応同性だし、まさか私のこと好き……ってこともないだろうし、新しい命を与えた母親みたいな感じなのかな?

 


「お食事の方は、準備ができましたらお呼びいたします。

 外に出られる際や、お食事が不要の場合はカウンターの方にお願いいたします」

「ええ、ありがとう」


 ここまで案内してくれたこの人には、とりあえずチップとして銀貨二枚ほど握らせておいた。

 この世界の金銭は鉄貨・銅貨・銀貨・金貨・白金貨と順で金銭価値が高くなっていて、鉄貨20枚で銅貨1枚、銀貨20枚で金貨1枚といった感じで、普通の家庭はだいたい銀貨が約1枚ちょっとあれば一月は裕に生活できるそうだ。


 20枚という数字は結構微妙だけど、20枚ならそれなりでも20枚ならかなりかさばるから……だそう。

 ちなみにこの貨幣は上位魔王全員で取り決めたものらしく、一応この大陸では共通貨幣となっているらしい。




 ……あくまで教養として教えられただけだから、実際はどうかはわかんないけどね。

 結構いい宿の従業員だし、どんな反応を返してくれるかわからなかったけど、普通に喜んでくれてたから良かった。


「さてと、食事の時間まで待つのはいいけど、明日からどうしましょうかね」


 最初の予定では書類の作成に時間がかかるとは思ってなかった。

 そういうのがあるっていうのは知ってたけど、次の日には出来てるもんだとも考えてた。

 それが三日はかかるってことだし、その間なにをしようか……。


「それでしたら、この都市を見て回るのはどうでしょう?

 ここでじっとしているのも仕方ないですし、せっかくですから観光しましょう!」


 妙案が浮かんだ!とばかりの顔をしてるアシュルだけど、たしかに悪くはない。

 密偵を潜ませているであろうオーガルの方にバレる心配ももちろんあるけど、フードをかぶってれば案外わからないものだし、大丈夫だろうと思う。

 ……バレたらバレた時よ。この期に及んで三日もここに閉じこもるのには無理がある。

 ここに来て閉塞感に耐えろっていうのは私にはできない。



「そうね。二日も待ってるだけってのも退屈というか、絶対もたないし、二人で見て回るのもいいかもね」

「で、ですよね! ですよね!! 私がばっちりお守りいたしますよ!」

「はいはい、期待しておくわ」


 アシュルがえらくはしゃいでるけど、私も少なからずこの国にはなにがあるのか興味があるのも事実だ。

 楽しみにしてるみたいだし、出来れば誰かに案内してもらいたいけど……適当にあるき回るのも悪くない。


 よし、今日はゆっくり休んで、明日はしっかり遊ぶぞ!






 ――






 ――ヘイドリセン・商区――



 アールガルムの首都・ヘイドリセンは三つの区画に分かれてる。

 城のある中央区。様々な人種が商売をしてたり、宿屋などの国外の人間が泊まれる施設がある商区。ヘイドリセンの人々が暮らしている住民区。


 住民区の方にも地域密着型の店があったりするらしいけど、そんなところを私達がうろちょろしてるところを見られたら普通に見つかるより面倒なことになりそうだ。

 かといって中央区の方は国の公的機関が固まっているところだから特に面白みのかけらもない。兵士たちの訓練なんぞみても面白くもなんともない。


 ということで私達は自然と宿屋があるところと同じ商区を見て回ることにした。

 さすがにここにきたときと同じ服なのはちょっとまずいかもと思った私はアシュルのも合わせて着替える。

 今回の私は水色と白を基調としていて、スカートの方にちょっとしたひらひらがついたワンピースに、前と違う灰色のフードコート。


 アシュルの方はメイド服以外の……少々前に買っておいた薄い緑色を中心にした服装で街中を歩いていた。



「すごいですねー。

 リーティアスよりずっと色んなものがありますよ!」

「そりゃ私達の国は落ち目だからねぇ……。

 今はそうだけど、リーティアスはこれからよこれから」


 さすが商区というだけあって様々な店がならんでる。

 ここらへんは比較的安全だけど、旅をする時は凶暴な魔物が出てくる地域もあるし、武器屋や防具屋なんかもある程度の賑わいを見せてる。


「あ、あそこの道具屋、魔法ペン売ってますよ!」


 魔法ペンは普通に市販されてるけど、そこそこ値が張るんだよな。

 でも契約や重要な書類、誰が書いたかはっきりさせたいときに非常に便利な道具だ。


 ただ、魔筆跡ルーペとセットじゃないと使えないのが難点なんだよね。

 そのルーペも組み込む途中で魔法式が少し狂っただけでも機能しなくなる代物らしいし、細工するのは非常に難しい。


 詳しい加工方法とかは伝統方法ということで秘匿にされている。そういうこともあって、魔法ペンでの取引はすごく信頼性が高い。

 だからか決闘の他にも商人や安全性の高い宿の台帳なんかにも使ってたりする。私の寝泊まりしてる宿屋の受付のときもそれでサインしている。


「だけど魔筆跡ルーペ合わせて金貨12枚ってのがねぇ」

「えぇー、そんなに高いんですか……」

「安全をお金で買ってるって言ってるようなものだから、その分高くなっても仕方ないんだけどね」


 確実に誰が書いたかわかる上、細工をすることが非常に困難。

 魔法ペンで作成した書類には信頼性も高いし、そういうことを考えると高くなるのも仕方ない。


「それに魔力で書くわけだし、一回買えばずっと使えるってことを考えたら余計に、ね」

「へー……」

「あれは後回しにすればいいでしょ。

 ほら、あっちの方も行ってみましょう」


 魔法ペンも欲しいっちゃほしいけど、こういうのは後でまた買いに来ればいい。

 次に私達が見たのはアクセサリー屋で、可愛らしいものから、実用的なものまでいっぱい揃ってる。


「わぁ、こういうのどうですか?

 ティファさまに似合うと思いますよ」


 アシュルが私に見せてくれたのは夜の闇のような深い青色のリボンだった。

 結構私好みの色だし、すごくきれいなリボンだけど……まだ男の時の感覚が抜けきれないせいか、こういうのを付けるのはちょっと恥ずかしい。


「うーん、私に似合うかしら?」

「すっごく似合いますよ! リボンがティファさまの黒髪のいいアクセントになると思いますよ!」


 ふーむ、こういうので着飾ってみたいという気持ちもあるし、なにより最初から女性? であったアシュルがそういうなら、買ってみてもいいかな

 ついでに選んでくれたアシュルにもなにかいいものを探してあげよう。さて、どれがいいか……。


「アシュルにはこういうリボンが似合うんじゃないかしら?」


 私が手にとったのは真珠のように美しい白色のリボン。

 アシュルの氷のような青色の髪にはさぞかし似合うだろうと、しばらくの間彼女に見えるようにした後、身につけたらどんな感じになるか確かめるように彼女の髪にかざす。


「あー、すっごくきれいです!」

「気に入ったなら買ってあげるわ。

 私のリボンを選んでくれたお礼よ」


「え! ほ、本当ですか!?」


 私は二つのリボンの会計を済ませると、アシュルにリボンを渡してあげると、顔を真赤にしてすごく嬉しそうにしてくれていた。


「ありがとうございます! ティファさまから戴いたこのリボン、一生の宝ものにします!!」

「い、いや、そんな大げさにしなくていいから」


 泣いて喜びそうな勢いで私に迫ってくるアシュルを宥めるのにしばらく時間はかかったけど、喜んでくれてよかった。


 アシュルにはああ言ったけど、こういう風に親しい人と買い物を楽しむことすらはじめての体験だったし、私もこのリボンは大切に身に着けておこう。


 リボンを買ったあともブローチやら指輪やらをじっくり眺めながら一通り楽しんでたらいつの間にかお昼になっていた。

 そろそろお腹も減ってきたし、どこかゆっくりご飯でも食べるとしようか。

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