転生者にお水をあげて栽培インフェルノ

ほねうまココノ

第1話 ことのはじまり

「ねえねえ、チート持ちの転生者てんせいしゃとスライムとゴブリン連れてきて」

 ラストダンジョンの終着駅とされる大空洞だいくうどうアラディアに、少女のなまけ声がひびいた。

 見上げれば、天の空はいずこへか。

 見下ろせば、青白くかがやく凍土とうどのド真んなかに巨城きよじようコキュートスがそびえる、あちらは地獄じごくの九丁目。

 そしてこちら八丁目には、遠景えんけいをたいまつが照らし出す断崖絶壁だんがいぜつぺきと、不毛の大地と、黒塗くろぬりされた大河ならぬ天然アスファルトをたたえたおほりが、蒸気じようきをうっすらと巻き上げていた。

 かような岸辺きしべにて、先のなまけ声に応える悪魔っ娘がいた。

「うーん、ゴブリンといえば子鬼……。子鬼といえばアタシも同族だよ?」

「ファルファたんは羽があるからゴブリンではない。別種の小悪魔に分類ぶんるいされる」

「うん。しってるー」

 楽しげに肩を揺らすことで体のラインがあらわになる、黒装束くろしようぞくぺら一枚をまとった小悪魔が、コウモリっぽいはねを背中の穴からパタつかせて、ふわふわ~、ふわふわ~、浮遊ふゆうしていた。

 まるでウツボをねらうダイバーのごとく、長物ながものをかまえて。

「アタシおしごと中だけど、ギャラが弾むなら三種まとめて連れてくるよー」

「え、っと……ギャラは、おいくら?」

「くれるの?」

「あげない、けど、あげたら何に使うつもりかは気になる」

「う~ん、お城でもたてよっかなー」

「びゃっ!」

 地獄の八丁目五番地には、マレブランケと呼ばれる小悪魔たちが住みついていた。なかでもファルファは、赤いリボンで銀髪ぎんぱつポニーテールを結んだ、井戸端会議いどばたかいぎがだいすきな子鬼であった。

 彼女らは仕事につかうかぎを手に持っており、あ、ちなみに、鉤というのは、おとぎ話のバイキンちゃんがよく持っているアレ、金属棒きんぞくぼうの先っちょが二叉ふたまたにまがりとんがった、長いアレのことだ。とかく彼女らマレブランケは、ほかの小悪魔らとは見分けが付きやすい、知的でチャームなユニーク種なのであった。

 おしゃべりファルファは語りやまず。

「しっかしゴブリンってば、人間と仲良しさんかとおもえば、強引にむしゃぶりつくチャラメンもいるし、ピカピカ大好きな幼女もいるし、もうゴブリンっていったい何なのさーって、このまえ話題になってたよ?」

「ほへー」

 なまけ声の主は、れた地べたに玉座をテレポートさせて、だらしな~く猫背から首をかしげ、あごをグーの手で支える、とってもえらそうなポーズでしていた。

 身なりは、黒くつやのあるワンピースなれど、つるつるではなく、つるぺたでもなく、薔薇色ばらいろフリルが美乳を守り、肩から重ねられた立ちえりマントは、極上の品格をかもしている。

 やや長い赤髪のすきまから、うねりあるつのをのぞかせた彼女は、この地獄を築き上げた悪魔大王あくまだいおうルシフェルであった。

「じゃあ、ゴブリンは戦車でおそってくるやつ連れてきて」

 はるか昔、天界で最も美しいとされていた大天使だいてんしルシフェルは、月の女神のおねだりを聞こえないフリして、ずっと聞こえないフリして、いよいよ聞こえないフリしていたところ脳天のうてん鈍器どんきをくらい、地中に、大空洞だいくうどうアラディアを生み出した。

 もう堕天使だてんしでいいや。

 ルシフェルは、地底でひそやかに暮らしはじめた。

 マグマがやたらめったら熱かったので、氷城ひようじようコキュートスをつくった。

 そしたらフラグが立った。

 地上から、チート能力持ちの転生者がひっきりなしにおそって来たのだ。しかも、だいたいハーレムパーティであり、転生者のまわりには、清楚系せいそけいおっぱいちゃんから無口系むくちけい美少女、メイドさん、怪力かいりきゴリラ女、けもの系亜人種あじんしゆ奴隷どれい)、そして知的なロリばばあ、妹、お姉さん、お母さん、ふられ系おさななじみ、おじようさま、第二だいに皇女こうじよ、第三皇女、なんやかんや第七皇女までカウントしていたが、第八皇女から先はもう、ご想像にお任せしたい。それでいて、ハーレムの中心人物は、ルシフェルを一目見ただけで魅了みりようされた。百パーセント魅了だ。

 ルシフェルを守る転生者 VSバーサス 現地出身ヒロインズ。

 ただし、ふられ系ヒロインだけは別枠べつわくだった。地獄にやってくる高レベルパーティであれば、すでに絶対にふられているポジションであり、中には、愛人枠すらごめんなさいされて、なおも一途いちずに転生者をサポートする熱心な幼なじみもいた。

 血みどろのたたかいは、星の命すらうばいかけた。寝取ねとられるくらいなら、いっしょに転生しよっ? ヒロインズの、かた決意けついが感じられた。月を落下させる呪文が完成秒読みまで行った。

 ルシフェルは、秘密ひみつの部屋にひきこもった。

 よくある水晶玉すいしようだまをとおして、悪夢の元凶を調べつくした。

 だいたいさつしはついていたが、あれら転生者は、異世界で死んだ者たちを月の女神がよみがえらせた刺客しかくだった。であれば、より早く、死者たちのたましいをかき集めて、転生できないよう拘束こうそくすべし。この大空洞アラディアは、転生者のチート能力や、怪力ヒロインや、爆裂魔ばくれつまのおかげで、恐るべきオープンワールドと化していた。

 地獄の誕生たんじようである。

「あれだけ転生者に追い回されて、えっちぃ視線しせんぶつけられて、あびゃびゃーって泣いてたルッチーが、どうしてまた転生者をつれてきて? なんて御所望ごしよもうするかなー。あとスライムも」

「うん、それね。水晶玉で異世界をしらべてたら面白おもしろくて面白くて」

「アタシにも、その水晶玉かしてよー」

「ごめん、リビッコにかしたら粉末ふんまつになって返ってきた」

 リビッコとは、十二匹いるマレブランケのうち一匹であり、ぼさぼさ頭がワイルドなお姉さん鬼だ。彼女は、水晶玉に映る異世界のなかでボーイズラブなる作品群さくひんぐんと出会い、目覚めた。

 すぐさま愛好者あいこうしやのプライベートに張り付いたが、水晶玉からでは小説のページがめくれず、お好みのムービーはループ再生できず、やがて愛好者の二次創作にじそうさくから「受け」と「攻め」のシンパシーに亀裂きれつが生じて、いかりのあまり水晶玉をたたっちまった。やっちまった。それでも癇癪かんしやくはおさまらず、かつて玉だったソレは、砂漠さばくすなと見分けがつかぬほど粉々こなごなりつぶされちまった。

「そっかー、リビッコは怒りんぼうだもんねー。で、転生者とゴブリン戦車とスライムつれてきたら、あとはどうするの? 村でもつくる?」

「それね。この地獄が軌道きどうに乗ってから、あんまり転生者が来なくなったでしょ?」

「うん」

「そしたら、ひまで、ひまで、ひまがすぎると死ぬって本当ほんとう?」

「ルッチーが死ぬとアタシこまるよ! 泣いちゃうよ?」

「ありがとう。でも、ひまで死んだ魔王まおうって、私の情報網じようほうもうには引っかからなかった」

「ほっほー」

「せっかくだし開拓かいたくしよう。魔王、ここにねむる。ぐふっ」

「えーっ! ちょ、ちょっとルッチー!?」

 前のめりにおしりを玉座からもち上げたルシフェルは、右胸みぎむねさえて、左手は、何かを、つかもうとしている……。ちゆうを、およがせている……。ぽてちん、たおれた。表情ひようじようがない横顔よこがお。もとから表情はなかったが、代わりに、熱演の途中でたれてしまったよだれが光った。

 ルシフェルは、まばたきひとつせず、口は半開きのまま。

「いま、この地獄は、生前せいぜんつみおかしたたましいをことごとく収容しゆうようしている。異世界でも、こっちでも、生きとし生ける物、大なり小なり罪を背負せおっている。死んだら全員地獄行きだし、転生者は打ち止めになるはずだった。ところが、あいかわらず転生者は、ふえてる」

「うんうん、ふえてる。ふえるペースは落ちたけど、そのせいでぎやくに見つけにくいし。ほんと材料はどこからよーっておもうよね? しぶとい」

「たぶん、ディアナのお気に入り賢者けんじやたちが、ちょと黒い方法で転生させられてる。ディアナにとって、可愛かわいくて、可愛くて、しかたがない子供たちだから、こっちでうまく栽培さいばいして、ディアナに送り返したい。ほら、たとえばその転生者が、ゴブリン戦車でががーって迫ってきて、ディアナをロープでしばりあげて、まぶたをピン止めする」

「ほっほー、で、どうするの?」

腹芸はらげいを、見せつける」

「……ん、ん? その心は」

「推しメンが、おバカに改造されて帰ってきたら、絶望するでしょ」

「ルッチー、表情ないのに悪どいこと考えてたのねー」

「だって、悪魔大王だもの」

「そうねー。ひまで死んじゃった大王さまだけど」

 地面に横たわった大王を放置ほうちして、金属製きんぞくせいの長いアレを天然アスファルトにつっこんだファルファ。

 ぐ~るぐる、ドーム状のどろんこメロンみたいな物体が三玉さんたま、四玉、浮かび上がる。

 中から一玉みつくろって、二叉なトゲで水面下をじゅぼっとした。じぶんの頭より高いところまで吊り上げる。

 にょい~ん。どろ~り。

 メロンあらため、罪人ざいにんの頭だとわかったそれは、胴体どうたいまでひとつなぎになっていて、新鮮しんせんな魚のごとくピチピチうねった。

 右へ、左へ、罪人をふりまわす。

 いったん動きを止めて、ちらり……、大王は、しかばねのままだ。

 こんどは、罪人を岩場にこすりつける。

 じょりじょり、ゴリゴリ。

 二叉から首がぬけた。つんいでふるえる罪人。そして、長い棒の、やや面積めんせきが広いところを使って、ぺちーんっ! ぺちーんっ! 罪人のしりをたたいた。

 ふぅ……、おでこの汗をぬぐうファルファ。

「死んだ罪人には、今みたいなばつがあたえられるよ?」

「ぐ、ぐぬ……」

 死んでいるはずの、大王のまゆが動いた。そして、

「罪人とは、神に禁止きんしされた行為こういを犯した者。私は、くさっても神。なまけても神。地に落ちても神なので、私の行いは罪にはならない。たとえ女神が禁止しても、神、ルシフェルが許せば罪は消える」

「神はさっき死んだよー」

「あびゃっ……」

 追いめられたルシフェル。ファルファの進撃しんげき

「で、スライムはどうするの? 焼けたほっぺに冷え冷えぴったんこする?」

 このあたりは、天然アスファルトが蒸気をあげている高熱こうねつ地帯ちたいだ。ルシフェルのほっぺはジュージュー音を立てながら焼けつつあった。でも我慢がまんしていた。

「スライムは、腹芸でつかわせる、水」

「ルッチー、それ水芸みずげいっしょ。いきおいまかせな腹芸とは対局たいきよくにある高等テクニックだよ?」

「……ハッ!」

 終戦。ファルファは、地面に放置ほうちしてあった罪人をもういちど吊り上げて、お堀のアスファルトにどぼんと沈めた。

 ルシフェルは、話をそらした。

「ファルファたん、今日もいいしごとっぷり。おつかれ」

「えっへへ~、これがアタシのお役目だからねー。って、ルッチー、そろそろ本気で起きなよ。ほっぺが黒コゲだよ?」

「……いま、死んでる」

「わかったし、もう、コゲくさいから生き返って」

「生き返ったら、私も転生者だよ?」

「うざっ! っていやいやいや、死んで生き返るのはただの蘇生そせいっしょ。生まれ変わってチート能力もらって、人生イージーモードでひっきょーっとか、ルッチー自分で言ってたよね? ルッチーは、生まれつきチート能力もそうなめだし、今も、昔も、いついかなるときも、おかわりなく卑怯ひきようだから、転生できない体質だから、さあ、はやくおきて」

「ファルファたん、ごはん食べたから元気いっぱいね」

 地獄に住まう悪魔たちは、罪人をしばくことにより、不徳ふとく痛恨つうこんねんをしぼり出しておなかを満たす。先ほどの罪人は、あああ、もっと~、あ、ああ、ぼ、ぼうでなく、あ、あしで、もっと~、などと口走っていたが、あれらも、小悪魔にとっては美味びみな念であって、おなかの足しになるのだという。

「き、き、き、きんきゅうじたいだぞぉぉぉぉー!!」

 たいまつがらす絶壁より、はるか上方から、また新たな悪魔あくまさけんだ。

 ファルファが声紋せいもんを聞き分ける。

「あの声は、ケルビっちかなー?」

「ふむ。だとすると、現れたのかも、ネギしょった転生者カモが」

「地獄の耳はうわさ好きね~。アタシは子鬼だし、おにごっこはチョー得意とくいだし? さくっとつかまえちゃう?」

「うん。や、まって、念のために、ほかのマレブランケも呼んできて」

「よっしゃー、まかせといてっ」

 栽培用のなえを得るチャンス。

 転生者おにごっこは突如とつじよとしてはじまった。

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