5. エピローグ

私は飛行機に乗りたいです。 (1.エピローグ )

 千歳の空港に行くと、搭乗手続きカウンターの前で見覚えのある二人が立っていた。

「ねー、リナの隣がいいー! リナの席どこ?」

 カウンターに身を乗り出しそうになるサリー姉さんと、姉さんを抱え上げる真っ白悪竜:ヒウナ。

「落ち着きなさいバカ妹。お姉さん困ってるでしょ」

「だって教えてくんないんだもんー!」

 個人情報にうるさい今では、座席位置を勝手にバラすなど出来ないだろう。

「……姉さん?」

「…………! リナっ」

 ぱああっと煌びやかな笑みを見せて、俺に飛びついてくる。

 ヒウナの腹をジャンプ台にして。

「おぐふっ」

「だ、大丈夫か、ヒウナ……?」

 姉さんを受け止めつつ、悪友に声をかける。

「うん。それより、リナの席ってどこ? 良ければ近くに座りたいんだけど」

「いいよ。……お前ら死ぬほど目立つからそっちで待ってろ」

 ベンチコーナーに悪竜二人を追いやり、係員に向き直る。



「ほら、二枚」

 手続きを終えてゲットしたチケットをヒウナに手渡す。姉さんに渡すと失くすか千切られるかの二択だからな。

「ありがと」

「俺の座席の前。隣は空いてなかった」

「お金は口座経由で支払うね」

「いいよ。チケットなんてタダみたいなもんだろ」

 5桁なんて安い。

「……金銭感覚がおかしいよね、リナは」

 ため息をつくヒウナの腕の中で姉さんがはしゃいだ声を上げる。

「リナ。鹿のお肉、お前の弟子にひーちゃんが渡してくれた! 冷凍庫に入れてくれたから、食べていいぞ」

「ん。帰ったら食うわ」

 ご機嫌な姉さんが可愛い。

「メリザさんに連れられて帰ってったって、父さんから言われたんだけど」

「帰るつもりだったけど。お前が東京行くって聞いて、メリザに先帰ってもらった。俺はリナに会いたかった」

「……ありがと」

「俺はお姉さんだから、弟の顔を見るのは当然」

 むふーっとする。

 あー可愛い。

「で、ヒウナはなんだってそんな青い顔して怯えてるんだ?」

 俺の方を見て滝汗だ。

「あのね。前に、ワサビ入れたシュークリーム食べさせたじゃない?」

「ああ、あれか」

 言われて思い出した。

 料理からお菓子までなんでもござれな料理上手であるヒウナは、前の里帰りで『手作りだよー』と言って、複数の友人相手にシュークリームを振る舞ったことがあった。

 ロシアンルーレット式だったせいで、俺が見事にワサビ入りを引き当てたわけだ。

「あのときはぶち殺そうと思ったけど今はそうでもないよ」

「そ、そうでもない? そうでもないって……あは、あははは……殺意残ってるう……」

 ヒウナは変な笑いを見せながら、俺にしずしずとロールケーキの箱を差し出してきた。

「!」

 空港限定のレアものだ!

「……その。これ、あげるね。東京着いたら、一緒に食べよう?」

「うん。ありがと」



 飛行機で散々はしゃいだ姉さんは、ヒウナの隣ですやすやと眠っていた。

「……ヒウナ、北海道くんだりまで何しに来たんだ?」

「んー? アリスお姉ちゃんの付き添い。オレの出番ぱっぱと終わっちゃったから、他の兄弟誘ってロザリーのとこ行ったりして遊んでたよ」

「佳奈子と紫織もさぞや迷惑だったろうな……」

 ヒウナが声をかければ、大勢の悪竜が動く。

「憐れみを込めた目でオレを見ないで。オレは常識人しか呼んでなかったはずなのに、ネズミ講のように人数が膨れ上がっただけなんだ」

「何でお前らは基本が性善説なんだよ」

 ヒウナ基準の常識人なんてろくでもない。

「キミみたいにね」

「張り倒すぞ」

 こいつと話していると定期的に殺意が湧く。

 でもまあ――友人と姉との空の旅も、案外悪くない。

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