マーチ

 カノンさんが消えると、今度はアネモネさんと似た髪色の女性が現れた。

「こんにちは」

 マグマのような髪は、光を浴びると銀に艶めく。

「? あれれ。おーい」

 呆けた俺の前で手を振る女性。

「あ……すみません。いや、なんか、『また銀髪なのかな』って予想してたんで……」

「むう。……あたしみたいな凡人が母さんと同じ髪だなんて、見苦しいのはわかってるけど……」

「見苦しいとか凡人とかマジありえないです。そこらに居ないレベルの美人ですし」

「…………。噂通り、心根が真っ直ぐだ」

 優美に一礼する。

 気品は一家共通のようだ。

「あたしはマーチ。ローザライマ家の3番」

「音楽の名前なんですね」

 となると、ルピネさんは?

「ルピネとその弟は、異世界での楽曲の名前」

「……心読むのデフォルト……」

 うなだれていると、『あのねえ』と俺の肩をつついた。

「光太が今まで出会ってるの、ルピネしかいないのでしょ? なら、『ルピネなんて曲あるのかな』って思うの自然なこと。ただの推察」

「そ、そうですよね。……異種族皆が心読めるわけじゃないんだ……」

 胸をなでおろす。

「うちの父さん、順調にやらかしてる……」

 彼女の顔は苦笑で緩んでいたが、どこかほっとしているようにも見えた。

「自己紹介に戻るね。あたしは少し特殊な仕事をしています。判定は竜」

「……竜の姿にもなれるんですか?」

「なれるけど……ここじゃ狭いよ。今回はごめんね」

「あ……そうですよね。こちらこそすみません」

 言ってみればそうだ。家族向けアパートの広さしかない俺の部屋では、横幅はともかく高さが足りまい。

「いえいえ。あたしたち悪竜はそこそこな大きさの竜種なので。知らないのだから気にしないよ」

「サイズに違いがあるんですか」

「違うよー」

 マーチさんが興味を持ってくれて嬉しいといった表情で微笑む。

「一番ちっちゃいのは火のトカゲ竜。大きくなってもバスケットボールくらい」

「可愛いサイズですね」

「小さくてもこのアパート丸焼きにできるよ」

 えげつない。

「大きいのは海の大蛇竜かなー」

「リヴァイアサンみたいな」

「それだね。最大級のは地球を2周半できる大きさだよ」

「とんでもなくでかい……!」

 ファンタジー感があって、俺にとっては非常に胸熱な話題である。

「マーチさんの故郷には、そんな竜がいるんですね」

「いんや。むしろこっちにいる大蛇竜一匹が最大なの。元の世界では地球一巻き弱だもの」

「……どこに、そんな竜が……?」

 大騒ぎになってもおかしくはない。

「世界の海を縄張りとみなしてるから、海の中では姿が見えないようにできるの」

「な、なるほど」

「でも、特別な目を持った人には透過の魔法が通じない。それが数々の海龍伝説に繋がっているのかも」

 ロマンに溢れているんだなあ。

「マーチさんは見えるんですか?」

「相当に目を凝らせばね」

 お父さんと同じ、抜けるような青の両目を指差す。

「そもそも、ひーちゃんのメル友なんだ。詳しく知りたいならひーちゃんに聞いて?」

 翰川先生ってすごい。

 俺は改めてそう思った。

「2周半って地球の海に収まるんです?」

 物理的に。

「海は平面じゃない。水深は最大でおよそ1万メートル。そのほか海溝じゃないところでも海底8千メートルあったりするし。蛇竜だって真っ直ぐじゃないし」

「ですね」

「人間の腸は7〜9メートル。極論で9メートルのロープがキミのお腹の中にあると考えると? 意外と不自然じゃないんだなー、これが」

「……たしかに……」

 海は平面ではなく、地球で最も巨大な立体だ。

 彼または彼女は、姿を消しながら暗い海の中生きているのだろう。

「あっ、そうそう。サラマンダーと違って人型を取れるリヴァイアサンは、たまに東京に遊びに来てるよ」

「…………」

 メル友になるのは巨大な竜の姿では難しかろう。

 つくづくすごい。



「お話ばっかりしちゃった」

「……まだ5人来るってことですよね」

「うん。あたしたち全員が動けるのは滅多にない状況だから、父さんが迷惑をかけて恐怖を与えたであろう光太にお詫びをね」

「……ノーコメントで」

「賢い選択」

「マーチさんは……」

「……あたしは案内人だから……どうしたらいいのか」

 彼女は少し考え込んでからふんわりと微笑んだ。

「じゃあ、あなたがここから去る時にまた会いましょう」

「? はい」


「弟妹たちをよろしく」


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