2. 見習いが頑張る日

おにっこ

 家で書類を書いていると姉の気配を感じた。

 異なる世界と世界の、距離ならぬ距離をものともせずに、容易くこちらの世界に渡ってくる強大な魔王の気配。

「…………」

「父上?」

 首を傾げる娘に伝えてみる。

「……姉が来た」

「どの伯母上でしょうか」

 俺の姉に当たる人は軽く2万人を超える。

「魔王だ」

「…………。なぜ? この時期は繁忙期では?」

 確かに、姉の異界は決算で繁忙期だろう。

 普段なら俺か他のきょうだいに泣きの連絡の一本でも入っているところだ。

「さあ」

 異界の神である姉は行動力が桁外れだ。向こうとこちらを繋ぐパスを開くや否や、力業でこちらに移ってきている。

 使うアーカイブも桁外れだから、何もなしに感知が出来るほどで――要はあれこれと面倒くさい。機嫌が良かろうが悪かろうがその剛力は揺らがない。

 ……できれば機嫌が良くあってほしいが。

「動機は何でしょうね」

「息抜きをしたいとでも思われたのだろう」

「迎えに出ましょうか?」

「いや……」

 姉は手土産に野生動物を仕留める癖がある。それ自体は魔獣の国の流儀に従っているそうなので、俺が関知するところではない。

 姉は、肉が苦手な俺に気を使って、俺のところに先に来るのは避ける。

 他の線として。義理の弟であるリーネアか、姉と互いを親友と認め合う翰川夫妻。

 リーネアから京のことは聞いているはずだから、いきなりの訪問は避けるだろう。その程度の気遣いはある。

 ということで、姉はミズリとひぞれの部屋に突入する。

 だが。

 もし、光太の周囲で起こる事態が偶然でないのなら――姉は光太の家に突入することになる。魔獣の国の流儀に従って残した動物の首を抱えて。

 『王が仕留めた獲物は首を残し、臣下がそれを頂く』という風習もあって、姉は必ず首を残す。そして、周囲を取り巻く魔獣たちに首、または食べきれなかった分の肉を与える。

 なまじそんな風習があるものだから、姉は『首はみんなが大好きなご馳走』だと思っており、たまに周りに施しを与えようとして……

 顛末は言うまでもない。

 姉が光太の家に突入するにせよ、しないにせよ。どうだろうと面倒なことになるのは間違いない。

 ……姉を回収しに行くべきか?

「父上?」

 心配そうにこちらを見る娘に、当たり障りのない答えを返す。

「迎えは要らないと思う。オウキやルピナスもこちらに来ていることだから、何とかするはずだ」

 小樽旅行の帰り道からついてきたレプラコーンの親子は、現在札幌に滞在している。

 いざとなれば、育ての娘で義理の妹である魔王を優しく宥めることだろう。

「そうだったな」

「……」

 ルピナスはルピネに会いに来ると思われる。あのレプラコーン娘はルピネのことが大好きなので、やって来ればルピネは仕事に手がつかなくなる。

 そのタイミングがいつになるかを予測しながら、俺はルピネの書き上げる書類の確認作業を続けた。

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