私の弟は鬼畜です。
カトレアさんは、ルピナスさんに現代的な洋服やリュックをあつらえてもらっていた。お姉さんに構ってもらえて嬉しいのが丸わかりだ。
何でも、カトレアさんは、女王として治める異世界に在る国から直行してきたのだそうで……まるでゲームから飛び出してきたような格好をしていたのだ。詳しくないので上手く言えないが、聖職者の服を華美にして、黒を基調としたような不思議な質感の服である。
さすがにそのまま動物園は目立つということで、ルピナスさんは虚空からあれこれと服を出しては妹さんに似合うものを選んでいた。
服が決定したらしく、スカートとブラウスを残して虚空にしまい始める。
「ミズリ、部屋を借りていいかな?」
「もちろん。突き当りの左側が空いているから、そこで」
「ありがと」
「姉ちゃん、俺スカート嫌い……」
「たまに会う時くらい、オシャレしてよ」
からかうように笑う。
カトレアさんはむすっとしながらも、お姉さんに手を引かれて奥の部屋に消えていった。
「可愛い人だなあ」
「でしょう。可愛いよね」
オウキさんが、娘さんを褒められて嬉しそうにする。
何気ない呟きを拾われているとは思わず、少しお恥ずかしい。
「なんか、シュレミアさんとそっくりなはずなのに、安心感が。癒し枠ですね……」
「キミって結構可哀そうだねえ」
「その言葉で傷つけられる俺、自分でも可哀そうだなって思います」
異種族の皆さんは、さくさくと心を読んだ挙句にざくざくと心を抉ってくる。
「ひひひ……ちょっと、やめてよ。爆笑しそう」
「……もういいです……」
「キミの、返しが……華麗なるツッコミ……」
これは褒められているんだろうか。
やってられないので、褒められているということにして平穏のための落としどころとする。
「でも、シェルもけっこう可愛いよ。遠目に眺めていれば癒し枠」
「オウキさんでさえ『遠目に』って言っちゃってんじゃないすか……」
オウキさん自身がかなりの人なのに。
「あの子アグレッシブだから、傍観してるつもりでもいつの間にか当事者の範囲まで引きずり出して来るんだよね」
『老体にはキツいや』と笑うオウキさんに、ミズリさんが苦言を呈する。
「……俺より若いくせに何言ってるんだ」
「ミズリはヤングだよー? まだまだいけるって」
「どこからの評価だ、それ。紅茶、ミルクとシュガー要る?」
なんだか良い香りがすると思ったら、ミズリさんはポットで紅茶を淹れてくれていた。
「あ、欲しいな」
「光太は?」
「あ……じゃあ、ミルクで。すみません、ありがとうございます」
「いや……知り合いのわがままで、結局動物園行きが決定したし……」
「…………」
俺は受験生ということで遠慮したのだが、遠慮した瞬間にカトレアさんが大泣きして抱き着いてきたので、動物園に行くことが決定してしまった。
……胸が当たって潰れる感覚の衝撃は凄まじく、どぎまぎして了承してしまった。非常に恥ずかしく、誠に申し訳ない。
「大丈夫っす」
「娘がごめんね。お詫びに、キミの勉強の面倒見るよ」
ミルクティーを味わうオウキさんが申し出てくれる。
「えっ……いやあ、そこまでは」
「大丈夫だよ。俺、寛光の理数満点取れるし」
この人魔術学部じゃなかったっけ?
そう思っていると、ミズリさんが呟いた。
「オウキはその気になれば科学分野でも研究者が出来るよ」
「集中力がもたないから出来ないけどねえ」
けらけらと笑う。
「…………。じゃあ、お願いしてもいいですか」
「おお。意外と早く提案飲んだね」
「今の心境、藁にも縋り付く感じなんすよ」
翰川先生やそのご友人たちのお陰で、理数科目が一気に伸びてきたが、それでも過去問の点数は合格圏には届かない。
問題文の癖が強いのもあると思うけど。
「そっか。じゃあ、藁として頑張るよ」
話しているうちに、カトレアさんとルピナスさんがリビングに戻ってきた。
……洋服に変わると、胸のボリュームが猶更凄い。
「これ、似合ってるかな……」
「似合ってるよ。サリーの臣下に一枚5000で売りつけられるよ」
その褒め言葉はどうなんだ。
「ん……あいつらバカだから、三桁以上の数字わかんないと思う」
「たとえだよ、たとえ。それくらい可愛い」
もじもじとするカトレアさんは、お父さんに褒められて嬉しそうだ。
ルピナスさんは『見立ては間違っていない』とばかりに、妹さんを誇らしげに見守っている。
実際、非常に可愛らしい。
オウキさん、ルピナスさん、カトレアさん、俺の面子でリビングに待機中。ミズリさんはタクシーの手配で席を外している。
「……ちなみに、シュレミアさんの種族は結局なんなんですかね……」
前に翰川先生に聞いたら『本人に聞け』と言われたし、シュレミアさんの娘であるルピネさんにはどことなくはぐらかされたような感じで終わった。
「何かヒント出されたろ」
お姉さんに一粒チョコを『あーんして♡』されているカトレアさんが、口をもぐもぐさせながら言う。
「っつーか、それそのまま種族名くらい、口に出してるんじゃねえかな。あいつが言ってないとは思えないし」
「……」
シュレミアさんとの初対面を思い出す。
紫織ちゃんの居る病室までの道中、彼は『森山光太が知りたいであろう情報』を、何も聞かずに全て正確に投下した。
だが、肝心の本人の種族については――
「……シュレミアさんの種族は」
「? 鬼畜です」
――というような感じだ。
「はぐらかされたんすけど……」
呟くと、オウキさんが口をはさんだ。
「シェルは病的に誠実だ。リナリアの種族名に繋がるヒントを出しておきながら、自分の情報はシャットアウトして伝えない……なんてことは絶対にしないよ」
「ってことは、シェルはキミに何か伝えているはずだね。思い出してごらんよ」
この妖精さん親子、言っていることは至極真っ当な推察なのだが、未だに『あーんしてね』とやっている。
シュールな空気に負けぬよう気合を入れつつ、口に出す。
「鬼畜って言ってました」
シュレミアさんからの自己申告だ。
にんまりしたルピナスさんが、何かをもぎりとるようなジェスチャーをする。
「?」
「そこから2文字目とってみて?」
「2文字目?」
鬼畜。
2文字目は畜の方だから、取れば――
「…………鬼?」
「だいせいか――いっ☆」
思えば、ルピネさんが『私たちが鬼畜であるというのは間違っていない』みたいなことを言っていた気がする。
……マジでその通りだったとは。
「でも、角とか牙とか生えてないですよね」
「魔獣族と同じだよ。当てはまる言葉がそれしかなかったからその名前なだけで、キミがイメージするものとは違う姿なの」
ルピナスさんは未だに嬉しそうにカトレアさんを構っている。
オウキさんが静かに補足した。
「災厄という概念が形を成した特殊な種族。人型の災害だ。近接戦最強の、生ける魔術兵器だね」
「えっ」
いや確かに、ある意味荒ぶる災害のような性質だと思っているが、そこまでではないと思う。
一応優しいところとかあるし、翰川先生とリーネアさんを諫められるほど成熟した人格の持ち主だろうし……!
「……って言っても、内実は感情を豊かに映し出す可愛い子ばかりだよ。シェルって最高に頭おかしくて可愛いよね!」
戻ってきたミズリさんが嘆息と共に言葉を吐き出す。
「オウキのポジティブシンキングやばいな」
「あ、予約出来た?」
「うん」
「ありがとー!」
皆さんが口々にお礼を言う中、俺は思わず呟いていた。
「2秒も躊躇わない右ストレートとかが鬼なんですかね……」
キレとスピードを兼ね備えた鋭い一撃だった。
「いやあ……それはシェル自身の性格かなあー……あの子のお母さんは鬼でもまともだしい……」
言葉を濁すオウキさんと、弟のフォローをするカトレアさん。
「可愛いぞ。人格が破綻気味で気に喰わないことにはすぐにブチギレる上、自分と他人の差異が一切理解できなくて『なんでわからないんですか』って泣きわめいて暴れる萌えキャラだ」
萌えキャラはみぞおちに拳を打ち込んだりしない……‼
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