姫魔王はややこしくしたくない。
「なぁ二人ともそろそろ機嫌直してくれよ」
あれから俺は二人に頭を下げつつなんとか部屋から脱出し、食堂へ向かっている所だった。
「部屋に連れ込むとか期待させるだけさせといてなんもせんとかチキンやんか乙女の純情返せっちゅうねん」
ろぴねぇがその大きな瞳を細めてじとーっと俺の目を見つめ、俺の左腕に絡めた腕に力を入れた。
単眼って、見慣れてくると結構可愛いんだよなぁ。目が大きくて綺麗でさ。
でもちょっと心配なのはそれだけ大きい目だと埃とか入りやすいんじゃないかって事。
「おいセスっち聞いとんの?」
「き、聞いてる聞いてる。……ってかそのセスっちってなんだよ」
「メアっちがセスティになったんやしセスっちでえぇやろ?」
……うーん。別に困るような事でもないしまぁいいか。
「人の旦那を変な名前で呼ぶでないぞ! それにじゃ、こいつは今この国を治める魔王じゃぞ? 少々馴れ馴れしいのではないか?」
ろぴねぇにぶーぶーと文句を言いながらめりにゃんが俺の右腕に絡ませた腕に力を入れる。
歩き辛いったらありゃしない。
しかし賢い俺はここで口を挟んだりはしないのだ。
こう言い争っている女子達に一つ何か言えば片方から十返ってくる。もう片方からも同じく、合計二十返って来る事になる。
つまりここは黙ってニコニコしているのが正解だ。
「のうセスティ。セスティもそう思うじゃろ?」
にこにこ。
「そんな事ないよなぁ? だってうちとセスっちの仲やもんな?」
にこにこ。
「聞いとるのか!?」
「聞いとんのか!?」
失敗だと……?
何が正解なのか分からん。俺はどうしたらいいんだ……。
結局のところ食堂に到着するまで俺の両腕はギリギリと締め付けられ、脇腹には何度も肘が突き刺さった。
「……はぁ、疲れた……。なぁアシュリー、俺この先上手くやっていけるのかな」
「あほらし。自分で蒔いた種でしょう? 自業自得じゃない。昨日浴びるように酒飲んでたあんたが悪い」
なんだかんだと未だにお互いを牽制しながらろぴねぇとめりにゃんはアレクの手料理をもっふもっふ食べている。
その間に少し席を離れて、隅っこに座ってたアシュリーに相談しに来たわけなのだが、こいつに相談した俺が間違ってた。
「そんな事より、あんたロザリアの事はどうする気なの? メリーと分離する方法を考えておかないといけないわ」
王国に居る方のロザリアの話かと思ったが、どうやらアシュリーの言っているのは襲撃者の方らしい。
「んっ、いや……あいつはロザリアじゃ……」
「私にそんな嘘が通用するとでも思ってるの? あんたはアレがメアだって言いたいんでしょうけど……メアはこの国に居るじゃない」
まいったな。
アシュリーは俺達の事情もほぼ理解している。
今この国にいるロザリアこそがメアリー・ルーナで、メリーの身体を乗っ取りメアと名乗った女こそがロザリアだと。
無駄に鋭いというか察しがいいというか。
こいつのこういう所に助けられたり追い詰められたりするわけだな。
「なぁアシュリー、この事は……」
「分ってる。誰にも言わないわよ……どうせ自分がメアだと知られたらここに居られなくなるとか思ってるんでしょあの女は」
図星だ。彼女は自分がメアだと知られる事を恐れている。
事実、それが知られたら彼女に敵意を向ける者も少なくはないだろう。
「俺としては複雑なんだけどな。あいつが他人として生きるって事は自分を否定するって事だからさ」
「馬鹿じゃないの? 自分なんか肯定しなくたって人は生きていけるわ。むしろ自分だからこそ否定したくなるんじゃない」
……驚いた。
アシュリーという女は自己顕示欲と自己肯定論の申し子だと思ってた。
偏見とは言えなんだか申し訳ない気持ちになる。
「……何よその顔。今とてつもなく失礼な事考えてるでしょ?」
「い、いや……そんな事は」
「あのねぇ、なんだかんだ付き合い長いんだからあんたの考える事くらい分かってるつもりよ? あんたが私の事をどういうふうに思ってるかってのもね」
そう言いながらアシュリーは顔を若干上に向けつつ視線だけで見下そうと頑張ってる。
この女のこういうところも変わってなくて安心させられた。
口は悪いがいつも影で支えてくれているのはこいつだし、アシュリーがいなかったら俺はとうの昔に死んでいた。
俺はこの女に返さなければいけない借りがある。それに報いる為には……やっぱりメリーをどうにかしてやらないといけないか。
「いつもありがとな」
「は、はぁ? 何よいきなり。今日は雪でも降るのかしら? それとも嵐? どちらにしてもろくな事にはならないわね」
眉間に皺を寄せながら悪態をつく。
俺も彼女とはそれなりに長い付き合いになるから知っていた。
この女が早口になって声がワントーン高くなっている時は、内容がどんな罵声だろうとただ照れているだけだと。
「照れんなよ」
「てててて照れてなんか無いわよ! 殺されたいの!?」
「はいはいすいませんでしたー俺が悪うございましたよ」
ムキーっ! とテーブルを叩きながら立ち上がるアシュリーに、俺は両手をあげて降参のポーズ。
本当にこういうとこだけ子供っぽくて可愛げがあるんだよなぁ。
普段は口は悪いが頼りになる大賢者だし、ずっとこの国にいてくれるとありがたいんだが……。
こいつが傍に居てくれれば何かと相談もしやすいし、一番解決に導いてくれそうな気がする。
『主、アシュリーは危険です。認識を改めた方がいいのでは?』
いきなり喋んなびっくりするだろうが。それと勝手に心読むな。
このやり取りも久しぶりな気がする。
「あんたの剣は相変わらず生意気ね! 解体して隅々まで調べてやろうかしら……」
『主、やはりこの女が可愛いという認識は改めるべきでは』
「なっ……、えっ? ……はぁっ!? い、今なんて……?」
「おい馬鹿メディファス黙れ」
『いえ黙りません。この女が一番だとかずっと傍に居てほしいなどという感情は間違いなく思考エラーです。異常が発生しています』
「お、おい! その言い方はおかしい! 絶対的におかしい!」
間違ってねぇけど間違いまくってる!
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