悲しみの慰め方

「はい。これでフリーとコール、二人は正式にバディとして登録されたわ……って、随分とお疲れみたいね? どうしたの?」


 ベルから見てフリーは明らかに昨日のエネルギッシュさが欠けていた。笑顔でこそあるが、そこに力は感じられない。

 どうしてそうなっているのか大方察しはついていたが、ベルという女性は目の前で気を落としている相手を気に掛けずにはいられないのだ。


「はは……それがですね――」


 やや俯いた表情でフリーはかつてコールがキャシーという名前だった頃の友達であったこと、そして、今は別人のようであったことを話した。


「なるほどね……割り切れって言うのは難しい話よね。アナタの思い出の中のコール、いえキャシーは本当に大切な友達だったんだったら」

「はい、大好きでした……けど、コールにとっては全部、演技で。私との時間なんて茶番だったのかな、って思うと……」


 笑顔を保つことすら辛くなってきたのか、フリーの瞳にはうっすら涙が浮かんでいた。


「『今までの自分を捨てろ』なんて、偉そうなことを昨日言っちゃったけど。それって、別に今までの自分のことを全部忘れてしまえって。意味じゃないの」


 うずくまりそうになっているフリーに、そっとベルは話し始めた。


「それまで積み重ねてきたもの、それが何者でもない私達が唯一、自分の中に残せるもの。だから、どんな時間を過ごしたって、それは私達を作る要因になる。たとえ名前や経歴を捨てたって。決して空っぽにはならない。それは絶対」

「けどコールは。キャシーは死んだって……」

「外に身に着けていたものが無くなったところで、すぐに変わってしまうほど本質って柔軟じゃないのよ」


 ベルはそれ以上、コールのことについて触れることはなかった。

 解答をベルは持っていた。けれども、解答を写しただけの答案に、なんの価値も無いことをベルは知っていたのだ。


「さて、ここからはお仕事のお話。早速だけど明日から研修任務に付いてもらいます。バディのコール、そして、先発してこの任務に付いていた『A』と共に遂行してもらうわ。詳しいことは『A』が用意した資料に書いてある、これをしっかり読み込んで明日に備えることが今日のお仕事っていったところかしらね」

「『A』……機関のナンバー2……」


 それも気になるところではあるが、やはりフリーの中に引っ掛かるのはコールとの今後だ。しかも、また明日、任務で一緒になる。


「気持ちの整理も明日の備えの一環よ。せっかくだから気分転換にデイのとこにでも寄っておきなさい。きっと力になってくれるわ」


 去り際にベルがそう言ったのを、フリーは聞き届け。陰鬱な気持ちを抱えたまま部屋を後にした。





「気持ちが乗らない? なら、筋肉だ」


 開口一番、浮かない顔をしてやってきたフリーにデイが告げた。

 昨日と同じ様にデイはトレーニングルームにいた。


「はぁ……」


 普段のフリーなら脊髄反射で「そうですね!」と返事をしていただろうが、どうにも反射神経が鈍っているらしく、「何言ってんだ、この人?」と頭で考えてしまった。


「何があったかは聞かん、嫌なことは思い出すより、紛らわせたほうがいい。とは言ってもだ、一人でトレーニングをしていたところで余計考え込んでしまうだろう。そこで、タイマンだ!」


 またなんか変なこと言い始めたぞ。と思いつつも、自分より年の功を重ねているであろうデイの話を遮らず、一応最後まで話を聞こうとフリーは姿勢を正した。


「対戦形式の訓練は否応なしに、勝負のことしか考えざるをえなくなる。自分が考えなくても相手は待ってくれないからな。脳は一度に複数のことを考えながら行動をするとPCみたいにパフォーマンスが低下する。PCと違って人間の良いとこは、それをある程度自動的に防ぐことができる点だ。より優先的な考え事の方に集中して優先度の低いものに蓋をしてくれる、無意識のうちにな。これが気を紛らわすってことだ」

「…………」

「どうした、フリー? 目を丸くして」

「先輩って頭よっかったんですか?」

「失礼な奴だな……筋肉は計算で出来ているといっても過言ではない。人体の構造を数字に直して、いかに効率よく且つ美しい筋肉を体に入れるかの研究をしていれば、自然と身につく知識だ」


 後に聞くことになるがデイは人体科学に関してかなり博識であるらしく、肉体と精神が相互に及ぼす影響についても詳しいのだ。


「というわけでだ、付いて来い」

「了解です」


 フリーは良く分からなかったけど論理的なことを言っていたデイについていった。

 つれてこられたのは訓練所。


「特にルールはない、どっちかが音を上げるまで殴り合う。無論、武器、魔術アリだ」

「あのー先輩、一ついいですか?」


 少し持ち直したフリーが申し訳なさそうにしていた。


「私、結構強いですよ……魔術学校主席でしたし」

 その発言は完全にデイを挑発していた。暗にフリーはデイを自分より弱いと思っている、と言ったのだ。


「はは、お前な。――あんま調子に乗ってんじゃねぇぞ」

 デイの額に血管が浮かび、ビキりという音さえ聞こえてくる。


「お前がどんだけ強いのかなんか知らねぇよ、けどな、第三機関はボスが直接指名したエリート集団だ。入った時点での実力の差なんてのはほぼねぇ、とどのつまり――」


 フリーの身の程知らずな発言などベルなら笑って流しただろう。しかし、年上の先輩にしては、デイ=アフターデイという男の沸点は――


「経験の差がモノを言うんだよ! 目的変更だ、ぶっ潰してやる、てめぇの下らねえ自信をよぉ」


 ――あまりにも低い。

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