ある魔法使いの苦悩86 移動馬車の中で

 港町への旅は順調に進んでいた。


 王都からの距離は陸路で五日ほどかかる。ゴードンさんの芦毛の馬たちは本気を出せば足が速いと言うが、わりとのんびりとしたテンポで進んでいた。あまり早く移動をすると馬が疲れてしまい、機嫌が悪くなったり道草が増えたりかえって遅くなってしまう。それに無理が祟れば怪我の可能性も増してしまう。


 馬車が街道を走るガタガタとした揺れは比較的小さく、ゴードンさんの操縦技術の高さはすぐにわかった。


 移動馬車の幌の内部は広く、私たち四人が入っても充分な余裕があった。大きな窓が左右両面に設けられており、外を眺めることもできる。御者台との間は仕切りがないので、私たちとゴードンさんは話し放題だ。


 さすがに五日間ぶっ通しというわけではないので、途中途中に休憩を挟む旅路となった。王都から離れれば離れるほど人の数は減っていく。港町とを結び街道の近くにいくつか休憩できる小さな宿場があるのだが、そこを逃すと何もない平原に取り残されるように夜を明かさないといけなくなる。


 ゴードンさんは移動馬車歴が長いため、休憩ポイントの把握が的確だった。こちらにはサラがいるため、あまり一気に無理して進むのもいただけない。ちょっと予想外だったのはシンクも夜に弱いことだ。森での生活で育ったからか、日が昇る頃には起きて何もなければ早く寝てしまう。この間まではアメリア君の修行で疲れているのもあると思っていたが、単純に早寝早起きの生活習慣が付いていただけのようだ。


 私やアメリア君は逆に夜には強い。研究職の性分なのか一度没頭すると日が変わっても起きているし、場合によっては夜が明ける。特にアメリア君が関わる大規模な魔法の研究開発は途中で中断することにもリスクがそれなりにある。そのため、落ち着くまで交代制でぶっ通しというのもザラだと言うのだ。


 ちょうどいい宿場に辿り着くのが夜遅くという場合には、サラとシンクは眠ってしまっているので、私とアメリア君、それにゴードンさんで世間話をしながらキレイな夜景を堪能した。


 開けた土地では王都で見るよりも夜の星が明るく輝いていた。いつもこんなに星が広がっていたんだなぁ、と今さらながらに思った。それに心に余裕がないと景色を楽しむなんてこともなかなかできない。


 アメリア君の魔法修行のおかげで私も研究以外でも魔法が使えるようになった。これが少なからず私に自信を持たせる結果となった。今までの劣等感が嘘のように私の心は充実していた。


 この歳でようやく初級の魔法の一部が使えるようになったくらいで浮かれているのもおかしな話だが、実際私は浮かれているのだ。このまま修行を繰り返せばもっとたくさんの魔法を使えるようになるだろう。サラと一緒にあちこちへ冒険に行くなら自衛の手段は多いに越したことはない。サラだけが強くなってはバランスが悪い。やはり私も私で力を付けるのは必然だったのだ。


「ファーレンさん、なんだかいい顔していますね」


「そうかい?」


「ええ。少し前まではもっと自信がない様子がほとんどでしたが、今はそうじゃなくなってますよ」


「……そうだね。今、私もちょうどそんなことを考えていたんだよ」


 アメリア君が私を見る目はとても優しさに満ち溢れていた。サラと出会い、アメリア君とも交流を深めることができたが、それまでの私は相当暗かったと思う。自信はないし、失敗ばかりだし、新魔法研究所にいる間の劣等感はそれはもう酷いものだった。


 あまり知り合いとは言えない中、研究所内でアメリア君とすれ違うことは多々あった。方や天才、方や凡人と思っていただけに、彼女から見た私はそれはもう酷いものだったに違いない。


 そんなアメリア君からいい顔になったと言われた。これほど嬉しいことはない。私に自信を付けさせてくれたのはサラであることは間違いないが、アメリア君も大きく影響していることもまた間違いない。ストーク君だって妙に私を慕ってくれる。私の周りに集まる人が私を引き上げてくれた。


 人との繋がりを避けてぼっちを続けていた私は間違っていたのだ。人と繋がることで何歳になっても人は成長できる。あの頃の私にもっと積極的に人と関わるように伝えてあげたいものだ。


 ……でも、もし社交的な私がいる世界ならきっとそこにはサラがいなかったはずだ。


 あの頃の私がいて、今の私がいる。すべては繋がっている。そう思うとぼっちの私も悪くなかったのかもしれないな。


「私は幸せ者なのかもしれないな」


「急にどうしたんですか?」


「いや、魔法が使えることも、サラに出会えたことも、アメリア君、キミに会えたことも」


 私はスヤスヤと寝息を立てるサラとシンクを見つめた。


「それにシンクやメルティ、ストーク君とも繋がれて充実した毎日を送れている。所長も私に期待を寄せてくれている。それに答えようとしている自分もいる」


 私は今とてもいい顔をしているんだと思う。


「こうやって今があることが一番幸せなんだろうな」


「ファーレンさん……」


 見上げた空に瞬く星たちは今もこれから先もそこにある。私の視線に合わせ、アメリア君も空を見上げた。


「本当にキレイですね」


「忙しい毎日だと気付かないもんだね」


「あたしも今とても充実しています」


 アメリア君が私のほうを向いたことがわかった。


「魔法の研究開発は楽しいです。でも、毎日それの繰り返しで、仕事をしていないときは友達と出かけたり、ごはんを食べに行ったり、家に帰ってゆっくりとして、朝が来ればまた同じ仕事です」


 私は空からアメリア君に視線を移した。伏し目がちで語るアメリア君は、頼りない星の光の下にあってもとても美しく見えた。本来は接点のない私とアメリア君がこうして同じ夜を過ごしているのはとても不思議な感じだ。


「サラちゃんが大きな使命を帯びていて、あたしもそれに関わっている。毎日が同じことの繰り返しじゃないことがこんなにも楽しいとは思わなかったです」


「それは私も同じだよ」


「あたしもあたしにできることでファーレンさんたちに協力します。魔法の指導だけじゃなく、他にももっと」


「ありがとう。私もサラも魔法使いとしてはまだまだヒヨッコだ。アメリア君に頼ることも多いだろう。情けないかもしれないが、キミの好意に甘えようと思う。私にできてキミにできることであれば、遠慮なく力を貸してもらいたいと思っている」


「こちらこそ、そんなに頼りにしてくれてありがとう。あたしだって言うほど優秀なわけじゃないです。でも、優秀って思ってもらえるようにがんばりますね」


 アメリア君は見ているこちらがそれだけで気持ちが良くなるような笑顔を浮かべた。


 私とアメリア君は見つめ合うような形になっていた、すると、ゴードンさんが「若いねぇ……」と零したのが聞こえた。


 アメリア君の頬が朱に染まるのはそれとほとんど同時だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る