ある魔法使いの苦悩84 玄武の情報
「ファーレン君、少しいいかな?」
アメリア君が私たちに魔法指導をしていたところ、所長が演習室に入ってきた。私たちは修行を中断した。
「どうしました?」
「君たちを長らく待たせてしまっていたが、いよいよ動いてもらえるようになった。まずはそのことを伝えておきたくてね」
「ということは……玄武か朱雀の情報が手に入ったんですか?」
「ああ、その通りだ」
所長は厳かに頷いた。威厳のある態度が本当によく似合う。
「精査していた玄武の情報に動きがあった」
ストーク君は朱雀の情報の調査に当たっていると言っていた。そしてそれが芳しくないとも。玄武の情報収集チームのほうはうまくいったみたいだな。
「王都から遥かに南に位置する港町に玄武に関する情報があるということで調査チームを派遣していたのだが、玄武そのものを見つけることはできなかったが興味深い話を持ち帰ってきた」
「興味深い話……とは?」
「うむ――」
所長はひとつ大きく頷いた。
「この港町は十年ほど前に大きな津波に襲われた。かなりの被害が予測されたが、騎士団や魔法兵団が向かったところ――被害は皆無だった」
「その話は聞いたことがあります。あきらかに津波が来ていた形跡があるのに、町だけが何かに守られたように無事だったという件ですよね?」
「その話の通りだ」
十年前に港町を襲った津波は町を避けるように周辺被害だけが観測された。陸地には津波の爪痕が残っていたので津波があった事実は間違いない。町に停泊していた漁船や離れにあった物置小屋などは損害を受けてしまったが、人的被害だけがなく、当時は神の奇跡だと言われていた覚えがある。
「ファーレン君はどう思ったかね」
「当時は奇跡みたいなことが起こったと思っていましたが……所長が今この話をしたということは、もしかして、これは玄武が町を守ったという可能性があるということですか?」
「私もその可能性が高いと思っている。南の港町では玄武が守り神として祀られている。玄武が守ってくれたと感じてくれた者もいたようだ。主に子どもだったと聞く」
玄武を守り神としている町が、津波の影響を避けて助かった。はたしてこれはただの偶然なのか。最低でもなんらかの力が働かないとそうはならない。であれば、私も玄武に守られたという説を推したい。
「南の港町に行けば玄武に会えるということですかね?」
私が問うと、所長の表情に影が差した。
「そこが問題だ、ファーレン君」
「問題……?」
真剣な表情に私も思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「ああ。調査チームが持ち帰った情報は津波の件ではない。君も知っていたように昔の話だ。今回調査チームが持ち帰ってきたのは――」
所長は言葉を溜める。言葉にするのをためらっている様子が感じ取れた。
しばし逡巡し、やがて意を決したようにグッと拳に力が入った。
「……調査チームが持ち帰った情報というのは、港町に玄武の生まれ変わりだという少女がいるという話だ」
「玄武の……生まれ変わり?」
私は所長の言葉に自分の耳を疑った。生まれ変わり……そんなことがあるのか。
「私はこの情報を聞いたとき、ふたつの感情に支配された」
所長は顎に手を添える。気持ち、表情が硬くなった。
「ひとつは玄武の存在が港町に未だにあることを喜んだものだ。だが、もうひとつは――」
所長は言葉に詰まる。
生まれ変わり……ということはそのまま文字通りに捉えると既に玄武は死んでしまっていることになる。それは四獣の救助という使命を遂行する私たちにとっても良くない情報だ。保護や救助をしたくてももう玄武はいない。ならば、その少女を保護するというのか。
「……いずれにしても、私とサラは南の港町に行ってみるしかありません。玄武の生まれ変わりだという少女の真偽も確認しないといけないでしょう」
「そうしてくれるか」
「もちろん。元よりそのつもりですから」
私は自分の胸を拳でドンと叩いた。
所長の依頼で始まった四獣を救助する旅も、今ではは私やサラにとっても他人事ではない。
エルフの長からも言われている。これはサラにとっての使命であり、私はそんなサラを守護すると決めている。今はシンクも仲間に加わった。少なくとも玄武と朱雀の今の状態を確かめなくてはいけない。
サラには四獣の声を聞く力がある。他の誰よりも四獣に近付けるのは私たちだ。
「わたしも行く」
私たちの話をじっと聞いていたサラが近づいてきた。決意を秘めた強い目で私を見上げている。
「無論私も共に行くぞ」
シンクもさも当然のように言う。腕を組み、壁を背にしている姿はキザなイケメンのようだ。
所長はうなずき。ふっと表情を緩めた。
「君たちは頼りになるな。……いかんな、私も少し弱っていたようだ。調査チームの持ち帰った情報を頼りに、玄武の救助を始めてくれたまえ」
「わかりました。すぐに出発したほうが良さそうですね」
「いや、今さら一日二日急ぐことでもあるまい。こちらでも君たちの旅立ちの準備を行う。用意ができたらまた連絡する。それまでは通常通りに過ごしていてくれたまえ」
所長はそれだけ言うと「邪魔をして悪かったな」と言い、演習室をあとにした。
「……また旅に出るんですね」
アメリア君が所長の出て行った扉を見たままそっと呟くように言った。
「港町は遠いからね。またかなりの間ここを離れることになりそうだ」
「あたしの指導もここまでですね」
「アメリア君の指導は優秀だ。少しでも長い間やってもらいたい。ギリギリまで頼むよ」
「わかりました。そういうことでしたら、ファーレンさんにはひとつでも多く魔法を覚えてもらいますからね」
アメリア君は少し寂しそうな笑顔を浮かべた。
「しつこいようだけど……お手柔らかに頼むよ」
私が言うとアメリア君はぷっと吹き出した。今回は意図して私からこの言葉を引き出したようだ。
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