ある魔法使いの苦悩79 魔法の修行

 サラと私に加え、シンクまで動きやすい格好で演習場に待機していた。昨日王都を案内しているときに、シンクのこれからの服を一式揃えた際に運動着や運動靴も併せて購入した。ついでの私とサラの分も新調しておいた。魔法の訓練の際に傷んでしまった場合のスペアの意味もある。


 魔法抵抗の処置が施されている服はそこそこ値段が高くなるので、今回は運動着だけ奮発しておいた。


「……遅れてごめんなさい! ちょっと緊急対応しなくちゃいけない案件が出てきちゃって」


「いいよいいよ。私たちも準備運動をしていただけだから」


「結局あたしじゃなくてもできる話だったから任せてきちゃいました」


「そんなに急がなくても良かったのに」


 アメリア君は肩で息をしていた。慌てて走ってきたのだろう。ゆっくりと準備運動をしていた私たちよりも額に汗をかいている。


「それじゃあ、さっそく始めましょう」


 アメリア君は腰に手を当ててうんとひとつ大きく頷いた。


「あたしはシンクさんの診断をしますので、ファーレンさんとサラちゃんはちょっと待っていてください」


「わかった。サラ、魔力の練り上げでもやっていようか」


「うん!」


 私とサラはシンクとアメリア君と少し離れた場所に移動し、ふたりで向かい合うように座った。


 両手の手のひらを少し離して向かい合わせ、手のひら同士の間に意識を集中する。自分に魔法効果を行き渡らせる附与系ではなく、魔法を顕在化させる放出系の練習の一環である。


 私でもこの程度であれば造作もない。一部の魔法をカスタムする際や終わったあとに確認するときにこの手順がどうしても必要だからだ。


 意識を集中して曖昧な魔力を形あるものに変える。人によって差があるが、それは球体だったり立方体だったりバチバチと弾けるスパークだったりといろいろだ。私の場合は特定の魔法を生成しようとしなければ白い立方体ができあがる。


「これで合ってる?」


 サラの手のひらの間には小さな種火が生まれていた。やっぱり火属性が強く出ているな。


「上手いもんだな。これができればヒートハンドだけじゃなくて、ファイアボールやフレイムウォールなんかも使えるようになるぞ」


「ファイアボール! ……カッコいい」


 サラは必殺技っぽい名前がお気に入りのようだ。やはり隙は生じてしまうが、魔法を使う際に技名を叫んで威力を増強するタイプになりそうだな、サラは。


「ファイアボールは火で作られた球体を前方に飛ばす魔法だ。何もしなければアホみたいにまっすぐ飛ぶ。水を蒸発させるほどの火力は出ないけど、命中した先の物も燃やせるし、質量を増せば物理的にダメージを与えることもできる。威力を落とすカスタマイズをかければ、ちょっとくらい曲げたりもできる」


「大きくすることはできるの?」


「もちろんできる。その場合は消費魔力が上がって速度が落ちる傾向が強い。大きく重く速くというカスタマイズもできなくもないと思うけど、今度は遠くに飛ばすことができなくなるな。もちろん消費魔力も尋常じゃないほどになる」


「大っきいのがいいなぁ」


 サラの考えているファイアボール改はただ単に大きな火球のようだ。それであれば構造式の見えるようになったサラなら簡単にカスタム可能だろう。どこで使うんだろうかという疑問が残るが、魔力量の豊富なサラならそんなカスタムでもきっと問題はないだろう。


「そうか。じゃあ、サラの使うファイアボールをあとでちゃんと考えないとな」


「うん!」


 こうして私とサラは魔力の練り上げをしながら、今後サラが使う魔法の方向性を一緒に検討した。



 私たちが地味な基礎連を繰り返していたら、満面の笑みを浮かべているアメリア君と、口元と眉毛が「どうだ!」と言わんばかりに満足そうな形を描いているシンクがこちらにやってきた。


「ファーレンさん! シンクさん魔法の素養がありましたよ!」


「本当かい!?」


「ええ。ただ、総魔力量があまりにも少ないので、ここを伸ばし切れないとほとんどの魔法を使うことはできないと思うんですよ」


「どうだ、ファーレン。私にもちゃんと魔力があったぞ」


「私はてっきりシンクの魔力はゼロだと思っていたよ。少ないとはいえ魔法が使えるようになるのか」


「どうせあれこれと複雑なことはできない。魔力が少ないなら、シンプルにひとつだけ使えるようになればそれで構わない」


 普通は魔力値が低いというのは劣等に繋がる情報だ。でも、シンクにとっては魔法がまったく使えないことが基準だっただけに、少しでも使える時点で優等なのだ。ここまで自信たっぷりになるのも頷ける。


「シンクさんは戦士なので、身体強化の附与魔法を覚えるのが最適だと思います」


「私もそう思う。あとは少しでも魔力量を引き上げられるかが肝心だな。シンクはエルフだから、もしかしたら思いのほか底上げされるかもしれないし」


「そうですよね。……これは指導のしがいがあるわね」


 アメリア君から気合いのオーラが立ち昇る様子が見えたように感じた。サラは優秀だから別として、まったくの無知のシンクに教えるとなればかなりの力量が必要だ。アメリア君が本気になるんだとしたら、私もうかうかしていられないな。


「ファーレンさんも覚悟していてくださいね。あたし、ますますやる気が出てきましたから」


「……お手柔らかに頼むよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る