ある魔法使いの苦悩71 やっかみ
先ほどから妙な視線を感じる。
私はサラとシンクを自室に置き、報告をするために所長の元へ向かっていた。その間、幾人から奇異の視線を寄せられていた。気のせいではない。あきらかに異質を見るような視線だ。
これはある程度予想していたことではあるが、サラに続いてシンクを研究所内の自室に住まわせることになったのだから、そういう目で見られても仕方がない。
私も万人から好かれようとも思っていないから、ある程度は意見や価値観が異なっていても構わないとは思っている。ただ、これはあくまで私個人の話だ。サラやシンクまで同じというわけではない。私に対して負の感情を持つのは構わないが、それをサラやシンクに向けられては困る。
こんなことで力を使わせるのは不本意だが、所長にも伝えておいたほうがいいだろう。
「所長、ファーレンです」
「ファーレン君か。入りたまえ」
私は所長室に入った。すると中にはアメリア君が控えていた。彼女はこちらを見るとニコッと笑った。
「ひさしぶりですね、ファーレンさん」
「こちらこそ。元気だったかい?」
「おかげさまで。あたしも四獣に関して調べたりして充実した毎日ですよ」
「アメリア君も協力してくれていたのか」
「四神をすべて救出するのは私の願いでもあるからな。優秀な部下数名には専属で当たってもらっている」
「アメリア君も専属に?」
「そうだ。君たちが白虎の救助に向かっている間に、玄武と朱雀の情報を集めてもらったり、いざというときに備えて新たな魔法を構築してもらっている」
なんでもないような、さも当然というような言い方だが、四獣レベルに対する備えというのは普通のことではない。攻撃魔法にしろ防御魔法にしろ、並レベルでは何の役にも立たない。もし白虎が余興でやったように四獣と戦いになった場合は上級魔法は必須だ。下級魔法で戦うには術者の魔力が桁違いに多い必要がある。前者がメルティで、後者がサラのパターンだ。
もっとも、アメリア君のような天才タイプなら新魔法の構築も容易だろう。どちらかといえば情報収集と魔法の研究を両立させていることのほうが高い能力が必要だ。
「あたしもサラちゃんに協力したいんですよ」
「それは本当に助かるよ。それに、アメリア君にはお願いしたいこともあったし」
「お願い……ですか?」
「ああ。それはまたあとで話すよ」
私はアメリア君の横に並び、共に所長に向き直る。
「さて、門番から話は流れてきているが、無事に白虎の保護に成功したようだな」
社長はふっと優しい笑顔を浮かべた。笑っていないときはやや怖い顔をしているが、こうしていると父親のような雰囲気が強くなる。研究所の所員を叱るときも認めるときも、父性バッチリなのだ。
「はい。途中エルフのシンクと精霊術師のメルティというふたりの女性の協力を得て、無事に白虎の救助に成功しました」
「エルフ……か。君の研究室にいるみたいだな」
「はい。彼女はエルフの森からサラの護衛と修行を兼ねて私に同行しています」
「私も長いことこういう仕事に就いているが、本物のエルフを見るのは初めてだ」
所長にはまだシンクのことを紹介していない。まずは報告を先に行い、その後に、と思っていたからだ。
「あたしもエルフには会ったことないんですよね。ほとんど森で暮らしているんですよね?」
「シンクの話だと外に出ているエルフもいるみたいですが、姿を消すのが得意な種族なので会っていても気づけないようです」
「そこは伝承通りか。ファーレン君はよくそんなエルフと知り合いになれたものだな。さすがだな」
「……白虎が導いてくれたんだと思います。サラはエルフの長に会ってから、すっかりやる気に満ち溢れるようになりましたから」
エルフの長はサラに良くしてくれた。サラにとってはとても重要な出会いだ。あのときもらった指輪は今はサラの指で真っ赤な輝きをもたらしている。相当な火属性の魔力が蓄積されているのは見ればわかる。
「シンクがついてきてくれたのは私にとってはとてもありがたいです。私は戦えませんから」
「エルフってことは、とんでもない魔力を持ってるってことですよね? あたしも何か教わろうかしら」
アメリア君がとても興味深そうな目で私のことを見ている。
「あはは。そう思うよね。でも、シンクは戦士なんだ。魔力はまったく持ってないんだよ」
「え!? ……エルフなのに?」
「そう、エルフなのに」
このやり取りは頻繁に発生しそうだな。やはりエルフと言えば豊富な魔力を持っていて、多彩な魔法を使いこなすのが共通のイメージだ。もちろん戦士としての能力が高い個体も多く、弓や鞭、ブーメランなどを使いこなすというのが一般的とされている。
シンクのように純度百パーセントの戦士は、エルフの中では異端なのかもしれない。姿を消すのも魔法じゃなくて気配を消すという特性のようなものだし。もっともサンプルが少ないので何も断定できないが。
「サラ君のときのようにシンク君のことも研究所内では興味本位で突き回さないように伝えておこう」
「そのことですが……」
私は研究所内で奇異の視線を向けられていた件を念のため所長に報告しておいた。サラのときは感じなかったが、やはりなにがしかお気に召さないことがある所員がいてもおかしくはない。シンクのときはそれが強く出ているだけなのだろう。
「なるほどな。それは確かに少し気になる話だ。この研究所内にサラ君やシンク君を置いておくことは私は問題視しない。私が問題視しないことに、他の所員が難癖をつけるのは気持ちのいい話ではない。しばらくかかるかもしれないが、この件に関しては私に任せておくといい」
「ありがとうございます」
「もし今後君の周りに連れ合いが増えるようであってもすべて同じと思ってくれていい。四神を助け出すことを優先し、君の判断で協力者を得るといい」
「本当に所長には感謝が尽きません。私も自分のやれることを精一杯やります」
「期待しているよ」
所長は私を安心させるためか、その大きな手で私の肩をがっしりと掴んだ。
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