ある魔法使いの苦悩70 王都への帰還
「ひさしぶりの王都だね」
サラが馬車から下りるや、外気を力いっぱい吸い込んだ。
私も真似をしてみた。ハッキリ言ってしまえば空気は大森林やエルフの森のほうが格別に美味い。でも、懐かしさという調味料で私の胸はなんだか熱くなった。
「……ここまで空気が違うのか。まぁ、慣れるしかないな」
空気を読まないシンクが深呼吸する私たちのそのすぐ横で呼吸数を落としていた。
「さぁ、まだ時間がある。まずは新魔法研究所に戻って所長に報告をしよう」
「ファーレン、わたし……お腹空いちゃった」
「そういえば私も少し食事を採りたい。馬車の時間がかなり長かったからな。ファーレン、その所長への報告とやらは即時に対応しなくてはいけない急務か?」
「そこまで急務ではないよ。所長に帰る日時を連絡しているわけでもないし、そもそも私たちがやっているのは期間未定のミッションだ。ちょっとくらい寄り道してもそこまで影響はない」
「じゃあ……」
「では、決まりだな」
今のやり取りの中でもシンクの気配りの良さが窺えた。サラが何かを言い淀んでいるときのフォローが絶妙だ。私としてもサラが望めばいつでもサラを優先する気はあるが、サラとシンクの多数の意見になればより乗りやすい。
エルフ特有の無意識なのか、それとも意識的にやっているのか。いずれにしても今後はサラが遠慮しているときもシンクがガンガン後押ししてくれそうだな。
「サラ、何が食べたい?」
「シンクお姉ちゃんは? せっかくならシンクお姉ちゃんの食べたいものがいいかも」
「私か? 私は人間の食事にはまったく明るくない。サラが食べたいものでいいぞ」
「えっ? ……うーん、どうしよっかな」
サラは腕を組んでうんうんと唸り始めた。森の近くの町ではジビエ料理を食べるというチャレンジを見せてくれたが、王都にはそんな挑戦を求めているような店はない。商業区にはたくさんお店があるが、至って普通の飲食店が並んでいる。
「今決めなくてもいい。商業区まではまだ距離がある。行く間に決めたらいいんじゃないか」
「うん! そうするね」
「サラが選ぶ料理か。楽しみだな」
「シンクお姉ちゃんも気に入ると嬉しいな」
「ああ。あまり味の濃いものは受け付けられないかもしれないが、せっかくサラが選んでくれるのだから美味しくいただくとしよう」
サラはシンクの手を取り、ぎゅっと握った。そのままシンクと手を繋いで王都の門を潜った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
結局サラが選んだのは魚料理だった。
そもそもサラが魚を好きというのもあるし、魚料理なら自然に近い調理も多い。シンクの好みに合わせて注文も変えられる。焼き魚でもいいし、蒸し料理でもいい。煮魚はさすがに味が濃すぎるかもしれないな
「ほぅ……これほど豊富に料理があるのか」
「シンクお姉ちゃんはどんなお魚料理が好きなの?」
「私か? 基本は焼き魚だな。なにより一番調理が簡単だ」
「そうなんだ。わたしは煮魚が好きなの」
「魚を似た物か……手が込んでいるな」
「食べてみる?」
「……ひと口くらいなら」
シンクはどシンプルな焼き魚以外はほとんど食べたことはないとのこと。せいぜいが大きな葉っぱにくるんで熱で焼く蒸し料理だが、どちらかと言うと肉を食べるときに蒸すそうだ。
「森で火を使ってもいいんだな」
「使える場所はもちろん限られている。水の精霊が近くにいる場所が基本だな」
「水の傍か。禁忌というほどではないんだな」
「悪意を持って火を使うなら論外だが、生きるためなら許されている」
「じゃあ、トレントを倒すのにサラの火属性の魔法を使っても平気だったかもな」
「トレントをか? 大森林で火を使うのはさすがに危険だったんじゃないか? あくまで私が話しているはエルフの森の話だぞ」
「あ、そうか。白虎のときは白虎が制御していたから火の魔法も使いやすかったけど、そうなるとやはりサラは森では魔法が使いづらいな」
「そうかもしれないな。本当は凄く相性がいいはずだが、森を殺さないためにはその力を使えないというのはもどかしいだろうな。私たちにとってはありがたい話だが」
私とシンクは同時にサラを見る。サラは私たちを交互に見上げ、ニコっと笑った。
「わたし、ちゃんと魔法を使えるように勉強するからね」
「メルティがいなくなったのは残念だが、アメリア君に教わるといいよ」
「やっぱりファーレンは教えてくれないの?」
「超基礎的なところは教えられるが、サラの能力を考えるとより高位な魔法使いに教わるほうがいい。それにはアメリア君のような天才が最適だ」
「……うん。そうだよね。じゃあ、ファーレンも一緒に勉強しようよ」
「私も!? ……その発想はなかった」
「やろうよ! ファーレンがわからないことあったらわたしが教えるから」
「すぐにそうなりそうだな……まぁ、基礎魔法だけじゃダメだと思っていたところだから、アメリア君が嫌がらなければ私も修行をお願いしてみるか」
「そうしよう! ねっ?」
サラは満面の笑顔で私の手を両手でぎゅっと掴んでブンブンと縦に振った。
こんなにテンションの高いサラの姿を見るのはなかなかない。これは、私もサラのついでに弟弟子としてアメリア君の世話になるしかないようだ。
「その、アメリア君とやらに頼めば、私も魔法が使えるようになるだろうか?」
シンクが羨ましそうなものを見るような目を向けて私に問いかける。
「シンク、とても残念なお知らせがある。魔力がない場合は、魔法を使えるようにはならない。魔導具が流通しているのはそのためだ。魔法が使えなくても魔法と同じようなことがしたい。そうやって作り出されたのが魔導具だよ。キミの矢筒もエルフが作った魔導具だろう?」
「確かに。これは親から譲られたものだが、矢が尽きぬからとても便利だ。……なるほど、魔法を使えなくても魔法のようなことはできる、か。なら、私は無理に魔法を学ぼうとはしないことにする」
シンクは自分の持つ矢筒を大切そうに撫でた。慈しむようにしているその姿は子をあやす母親のようでもあった。
「……あっ、料理来たよ!」
サラの目が欄と輝く。
それぞれの前に魚料理が提供された。結局サラが煮魚、シンクが焼き魚、私が魚のフライを注文した。
シンクはいつも食べている焼き魚と同じだろうと思いっ切り油断して頬張り、焼き加減のあまりの絶妙さに瞳孔がかなり開いていた。声にならない声を出して、あまりの美味しさに危うく喉を詰まらせかけた。
棒に刺して焚き火で焼いた焼き魚と、ちゃんと温度をコントロールして皮はパリッと身はふっくらとジューシーに焼き上げる技術を駆使した焼き魚が別物だなんて思いもよらなかったのだろうな。
私とサラはシンクに水を持たせてなんとか落ち着かせることに成功した。シンクが涙目でむせているのに、私たちはなんだかおかしくて笑ってしまった。
シンクが憮然として文句を言っていたが、焼き魚の続きを食べた途端にいい笑顔になった。ほとんど笑わないシンクが、サラとまるで姉妹のように楽しそうにしている姿を見て、私は知らずこんな幸せな日々が長く続くことを祈っていた。
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