ある魔法使いの苦悩67 決着

 白虎は暴雷のしつこい追撃を結局避け回るしかなかった。


 魔法障壁は破られ、かといってそれで暴雷が落ち着くこともない。白虎に直撃して全魔力を発散しない限りふたりの精霊は満足しないのだろう。


「ファーレン、サラが戦いづらくしちゃってゴメン!」


 暴雷の威力は抜群に高いが、あまりにも高すぎて魔力の余波が大きい。近づいたらスパークの巻き添えを喰らいやすいし、そもそもあの塊自体が圧縮された風でできている。迂闊に触れればたちまちかまいたち以上の鋭さで切り傷を負わされてしまう。


「いや、しっかりと白虎には効果がある。行動制限にもなっている。むしろいい具合だ」


 ようやく咆哮のショックから立ち直ったシンクが、動き回りながら白虎に矢を射続けている。暴雷を捌くために動きが単調にならざるを得ない白虎は、いちいちシンクの矢を相手にしている余裕はない。想像以上の本数が白虎の背や腹に突き刺さっている。このダメージも馬鹿にならない量になっているはずだ。


「サラ、私たちも続くぞ!」


「うん!」


 私はナイフを拾えていないので徒手空拳で攻撃力は皆無だ。サラの援護に回るしかない。ポケットから閃光弾を取り出し、右手に握り込む。


 サラを先頭にして私は追走する。サラの動きに合わせて私が適切に援護しなければならない。


『この精霊魔法は実に厄介だ……使い手の顔が見てみたいものだ』


「ボク、ボク! わかって言ってるでしょ!?」


『……鬱陶しいのは術者も同じか』


「ちょっ! この神様ヒドくない!?」


 メルティが意図的かどうかは置いておいて白虎の気を引きつけてくれているので、暴雷とシンクの攻撃が途切れない内にサラと私は白虎に一気に近づいた。


 姿勢を低くして加速するサラに対し、私は少し離れて白虎の眼前に躍り出る。それ以上近付くと暴雷がウロチョロしているのでかなり危ない。私は握り込んでいた閃光弾を白虎に向けて放り投げた。


「顔を逸らしてくれ!」


 サラには移動中に伝えてあるが、シンクとメルティには閃光弾を使うことを言っていない。だが、事前に伝える術はない。今の言葉で理解してくれることを祈ろう。


 私はすぐに顔を反らして身を屈めた。


 白虎を中心として激しい閃光が炸裂する。私の声に反応して白虎にも有効的に効いたかはわからないが、少なくとも行動制限にはなる。白虎の近くには暴雷がある。


『!!』


 白虎から声にならない声が脳内に直接送り込まれてきた。暴雷がヒットしたのか!?


 すぐに光が収まってしまうので、私は立ち上がり状況を瞬時に確認する。


 見れば白虎の身体を電流が流れ、さらに烈風が身体に幾筋もの傷を負わせていた。さすがの白虎もかなりのダメージを受けている。しかも、暴雷はまとわりつくタイプだったようで継続的なスリップダメージが残っている。


「ハァーッ!」


 閃光弾を見ないように顔を伏せて疾駆していたサラが、拳から炎を立ち昇らせて一気に肉薄する。動きが完全に止まっている白虎の首目掛けて腰の入ったフックをお見舞いする。効果的な一撃が突き刺さる。


 暴雷で動きが取れなかった白虎はその攻撃をまともに喰らい、けどサラの攻撃力では吹っ飛ぶことはなく身体がグラっと揺れた。


「サラ、電撃に気をつけるんだ!」


「わかってる。精霊さんたちはちゃんとわたしを避けてくれてるから大丈夫」


「そうなのか……?」


 サラはさもあたりまえみたいに言ったが、私にはとても大丈夫な隙間とかがあるようには見えない。けど、確かに白虎は継続ダメージを受けているはずなのに、サラが攻撃を続けていても電撃も烈風もサラには何らのダメージも与えていないようだ。


 どこで覚えたのかサラの物理攻撃は見事なものだ。体重が軽いから威力は弱いのだが、腰が入っているので少なくとも私が殴るよりはよっぽどダメージが大きい。さらにヒートハンドをインパクトの瞬間に最大化しているので、物理攻撃に魔法攻撃が追撃されている。それを左右でワンツーと繰り出す。


 結局はただ殴っているだけなのだが、その一撃一撃は少女が出せる威力を超越している。


『器が最前線で戦うとは……わたしの生きた時代とはまるで違うな』


 サラの攻撃を受け続けている白虎の声は妙に落ち着いている。暴雷はすでに充分な魔力を発散したのか散り散りになってしまった。精霊がワッハッハッと言いながら去っていく姿を見る日がくるとは思わなかったが。


「もう、充分でしょ?」


『……そうだな』


 と言いながらサラは攻撃を止めない。白虎もそんなサラの攻撃を一部は避け、一部は避け切れずに受けている。電撃から解放されたので白虎も反撃を繰り出している。サラは白虎の爪による薙ぎ払いは避け、噛みつきはバックステップで躱す。


 それにしても白虎の攻撃が危険すぎる。いくら試練とはいえ、サラが避けられなかったらタダでは済まない。


「……サラっ!!」


 白虎の攻撃を避けた際に、サラが足元の木に引っかかってよろめいた。白虎の姿勢はすでに攻撃態勢だ。


 私は無我夢中でサラに駆け寄る。普段の自分からは信じられないほどの脚力で、最後はジャンプしてサラの身体を抱え込んでそのまま地面を転がった。数回転して止まり、すぐに起き上がる。


「サラ、大丈夫だったか?」


「わたしは大丈夫……でも、ファーレンが」


「私も大丈夫だ」


 サラを立たせ、私は悠然と立つ白虎に向き直る。


「白虎! これ以上はもう余興じゃない。まだ続ける気か!」


『……いや、ここまでとしよう』


 白虎は戦闘意思がもうないことを示すように、脚を折り地面に身体をつけた。


『器が思いのほか頑張るものだからわたしも夢中になってしまった。年寄りが年甲斐もなくはしゃいだものと思ってくれ』


「それならいい。私はサラに危険がないなら他に問題はない」


『守護者の役目も大変だな。器はわたしにとっても大切だ。今後もそうあってくれ』


「わかっている。まさか四獣が器に対して本気の攻撃を繰り出すとは思わなかったが」


『本気と言っても全盛期の百分の一にも満たない。現役にはもう遠く及ばない』


「白虎の力はどちらかと言うと広範囲の制圧に向いているように思ったが、違うか?」


『如何にも。神ともなれば戦ではかなり狙われる。自然と一対多数の戦い方だけが上手くなったわ』


 白虎の声には楽しそうな響きがある。実際楽しいのだろう。


 戦闘が終わったので、シンクとメルティも私たちの元へやってきた。私たち四人は、おとなしく寝そべっている白虎に近づいた。


『さて、それではわたしはそろそろ役目を終えるとしよう。器よ、こちらへ来るのだ』


 白虎に促されたサラは横たわる白虎に近付き、そのすぐ傍に屈んだ。

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