ある魔法使いの苦悩68 お疲れ様
「わたしの身体に触れるといい」
サラは言われるまま白虎の身体に手を当てた。意図したかどうかはわからないが、そこはサラが散々攻撃していた白虎の首だ。
「これでいい?」
『ああ。そのままじっとしていてくれ』
「うん」
白虎の身体がうっすらとした黄色い光に包まれていく。その光はサラの手に集まっていく。
「白虎様の身体が消えていく……!」
その様子を見ていたシンクが、白虎の身体がだんだと薄くなっていくのを見て声をあげる。
「大丈夫だ。サラの中に収まろうとしているんだよ」
サラの手にどんどんと黄色い光が集約されていく。白虎の身体はもはやほとんど見えないくらいに薄くなっている。そして、その姿が完全に消えると、サラの手に集まっていた黄色い光が何度か明滅する。
「安心して。わたしがちゃんと守るから」
『……任せたぞ』
「うん」
それが白虎の最後の声だった。光はサラの手の中にスッと吸収された。
「ん……っ!」
サラが妙に色っぽい声を出した。身悶えするように自分の身体を抱き締めている。
「サラ、大丈夫か!?」
「うん……へ、平気」
ほんのり頬を染めたサラが潤んだ瞳で私を見つめていた。たまにあるが、サラが年齢通りに見えない瞬間がある。今も妙に大人びて感じる。白虎を吸収したことでサラに何か変化が起きているのかもしれない。
「うわっ! サラの存在感がまた増してるよ。……ねぇ、調べていい?」
メルティがよだれをジュルっとすする。サラを見る目付きがヤバい奴のそれだ。
「ダメだと言っているだろう、メルティ」
「そんなぁ! だって、凄いんだよ、ホントに!!」
「凄くてもダメだ。前もやっただろ、こんなくだり」
ダメだと言っているのにメルティがジリジリとサラににじり寄る。またか……。私は間に割って入り、メルティがサラに近付くのを妨害する。案の定、それでも前進を続けるものだからまた抱きつかれた形になる。緊張するから本当にやめて欲しい。
「サラの髪の毛がますます赤くなっているな」
私は背中を向けてしまっていたので見えないが、シンクがしみじみと呟いた。
「ホントだ! どうなってるのか調べたいなぁ」
「メルティ、本当に捕縛するぞ?」
「だから捕縛はやめてって! ボク、あんなに活躍したのにまだダメなの!?」
「活躍がどうこうじゃなくて、サラを調べようとするなと言うに」
「えー! ファーレンのケチ!」
「ケチで結構。わかったらさっさと離れてくれ」
「ぶぅーぶぅー」
超渋々といった様子でメルティが私から離れる。私に興味がないのはいいのだが、このやり取りはいい加減なんとかして欲しい。
「……確かに、かなり髪が赤くなっているな」
「……ホントだ」
サラが自分の髪の毛の毛先を手に取る。白虎を吸収する前は毛先がほんのり赤い程度だったが、今はサラが掴んだ部分が全部赤い。ちょうどサラの手のひらと同じくらいの長さだ。
「サラの身体には興味が尽きないなぁ」
「変態っぽいぞ」
「変態でもいーよーだ! ボクは精霊使いだから、精霊に関しては貪欲だからね」
「サラが精霊だという確証はない。いいから調べようとするんじゃないぞ?」
「ホント、ファーレンってモテないでしょ?」
「その話今関係あるか!?」
「あー、やっぱりモテないんだぁー!」
「子どもみたいなからかい方をするんじゃないよ、まったく……」
メルティは私に人差し指を向けて大笑いしている。どれだけ男の子みたいな性格なんだよ。私はメルティがとっても残念な女に見えてきてしまった。本当にもったいないと思う。磨けば光そうなのに。
ただ、そんな残念なメルティでも大魔法使いになる素質はある。研究者や実力者は変人か偏屈なほうがいいという説もあるほどだ。人と同じでは人並みにしかならない。人を超えた存在こそが大成する。そういう意味ではメルティはもってこいだ。あからさまな変人なので前提は満たしているし、ここに歪んだ勤勉さが加われば、きっと名を残す魔法使いになるに違いない。失敗したら汚名が残る可能性のほうが高そうだが。
「ファーレン、わたし大丈夫なのかな?」
メルティとわいのわいのとやっていたら、サラが少し不安そうな顔で私を見上げる。私は安心させるために優しく笑みを浮かべた。
「四獣を宿すということがどれほどの負荷になるかは私ではわからない。エルフの長はそれがサラの役割だと言っていた。そしてサラを護るのが私の使命だとも」
「怖くなったらファーレンが護ってくれるの?」
「そんな条件なんて必要ないよ。私はいつだってサラを護るさ」
「ありがとう! ……わたし、ちょっと安心した」
私の言葉で落ち着いたのか、サラが私にピトッと寄り添った。私はそんなサラの頭に手を乗せ、ぽんぽんとしてから優しく撫でた。
サラは気持ち良さそうに目をつぶった。こうして見るとやっぱりサラは年齢相応の少女なんだな。
「いいなぁー! ボクもサラをポンポンしたい!」
「メルティ……今はそんな野暮なことを言うときじゃないぞ」
「えー! シンク、なんでボクをズルズルと引きずってるの!? ねぇ! ねぇーってば!!」
私とサラを残し、シンクの足音とメルティの嘆きの声が遠ざかっていく。
私はサラの頭を自分の身体にギュッと抱き寄せた。
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