ある女商人の苦労話10 取材

「あなたが元勇者?」


「うん、そうだけど。キミは?」


 私の目の前には優しそうな眼差しをした、年齢は重ねたもののまだまだ若い様子の勇者然とした男が席に座ってお酒を飲んでいた。


「私はジェリカ。元商人よ」


「へぇー、商人か。ここじゃあ、珍しいんじゃないか?」


「確かに商人はあんまりいないかもな。どっちかってーと力自慢な奴か頭でっかちな奴か、そのどっちかじゃねーか? なぁ!」


 戦士風の男は大声で笑った。ちょっと笑いのポイントが変わっているわね。


「ところで、ここの彼女はキミの連れかい?」


 元勇者は指先でちょこちょこ動かしてある場所を指し示した。そこにいるのはミユ。


「ミユ、あなた何しているの?」


「何って? 勇者様のお側にお近付きになっただけよ」


「近すぎない?」


「そう?」


 いや、近いから。ミユはなぜか元勇者の左腕にしっかりと腕を回して、しなだれかかるようにしていつの間に頼んだのかわからないお酒を飲んでいる。あの色からしてレモンサワーかしらね。


「その……迷惑じゃない?」


 私はさすがにこれはないだろうと思い、おずおずと元勇者に問いかける。やっぱり勇者はちょっと風格が違うから話しかけるのにちょっと緊張するわ。


「まぁ、よくあることだから」


「よくある……?」


「おお、商人の姉ちゃん。こいつ、元勇者だからモテんのよ。何も喋らなくても優男。喋っても優男。どうあってもモテる定めってやつだ」


 ガハハ、と笑って戦士風の男は元勇者の背中をバンバンと叩く。元勇者はとっても痛そうにしているし、ミユに絡まれているよりも嫌そうな顔をしている。迷惑なのはあなたのほうじゃない?


「僕はそんなにモテるわけじゃないよ。たまたまさ」


「自慢か? まぁ、別に俺もガッツリモテようとか思ってない。ほどほどでいいんだよ、ほどほどで」


「あんたは別に全然モテないじゃない。どこで張り合ってるのよ」


「うるせーなー。いーんだよ、こういうのは気持ち! 気持ちなんだよ」


「意味わかんないわ」


 戦士風の男の謎の主張に妖艶な美女はやれやれといった様子で肩を竦めている。その気持ちわかるわかる。


「ねぇ、ちょっと話を聞いてもいいかしら?」


「僕? うん、いいよ。答えられる範囲なら」


「じゃあ、隣いいかしら?」


「どうぞ」


 元勇者の右隣が空いていたので、私はそこに腰掛けさせてもらうことにした。期せずして、後から現れた女ふたりが元勇者の両隣を陣取った形になっちゃったけど、大丈夫かしら?


「商人の姉ちゃん、酒が切れているようだけど、どうだ一杯?」


「ええ、ありがたく頂戴するわ」


 戦士風の男が店員にジョッキを頼み、まだ量が豊富なピッチャーからビールをそのグラスに注ぎ入れた。適当に注いだよに見えて絶妙な泡加減のビールが私に手渡された。


「ありがとう…………美味しいわ!」


「だろ? なんか、俺、いつの間にかビール入れるの超上手くなっててよ! すげーだろ!?」


「うん、凄い凄い」


 ちょっと適当なあしらい方になっちゃった気がするけど、あまり戦士風の男に振り回されたくない。今は元勇者に今後のヒントが得られるかのほうが大事よ。私の将来がこれで変わるかもしれないんだから。


「賑やかだろう?」


「そうね。私、今日初めて来たんだけど、いつもこうなのかしら?」


「どうだろう? 僕もそんなに頻繁に来ているわけじゃないし、回数も多くはないから」


「いっつもこんな感じよ。まぁ、勇者様が来るときは決まって賑やかさ五割増しくらいになっちゃうんだけどね」


 妖艶な美女が私に怪しい微笑みを向けながら解説してくれた。思わず見惚れてしまう。胸元が大胆に開いているのがちょっと気になるけど。そういえば、私もあんな大きな胸に憧れていた時期もあったわね。でも、今はそうじゃなくてもそれはそれでありって思うことにしたから特に気にならない。


「私、このお店気に入っちゃったわ。料理は美味しいし、あなたみたいなレアな人に逢うこともできるみたいだし、ね」


「そう言ってくれると、なんだか僕も嬉しくなってくるよ」


 元勇者はとてもいい笑顔を浮かべてくれた。あらやだ、これ、ミユじゃないけど持って行かれるわ。ダメダメ、今はそんな場合じゃないの。まずは彼に話を聞くことが大事よ。しっかりするのよ、ジェリカ!

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