ある魔法使いの苦悩31 ドラゴンとサラ
「しかし、ずいぶんと大きいですね」
アメリア君が私たちが掘り出そうとしているドラゴンの身体を見て、両手を広げた状態でそう言っている。彼女が精一杯伸ばした幅がドラゴンの丸まっている姿よりも短いのだ。
そう、このドラゴンは幼体と言っても人間よりも大きい。これを掘り出そうって言うんだから相当の困難を伴うことは必至だ。
私はストーク君がかち割った床のへりに、アメリア君に持って来てもらったカバンから取り出したハンマーを打ち当てて、その幅を拡張する作業を続けている。
ドラゴンの身体が大きいことがわかったので、まずは少なくとも引っ張り上げられるだけの大きさを確保することにした。仮にドラゴンの大きさまで床の穴が大きくなったとしても、ここが崩れ去るほどのインパクトはないと算段しての話だが。
「まさかドラゴンのこどもの保護がここまで大事になるとは思ってなかったよ」
「そもそも見つからなかったかもしれないですからね。運がいいほうかもしれないですね」
「たしかにね」
アメリア君の言う通り、ドラゴンのこどもを発見できたのは運が良かったと言える。場合によってはこの精神体に出会えず、池の中まで探すことはなかったかもしれないのだ。仮に池が怪しいと思っても、ノーヒントでこの水路を発見できたかどうか。
「ドラゴン、起きないのかな?」
サラが私が砕いた床の破片を運びながら、地面に半ば埋もれたままのドラゴンが動かないことを心配しているようだ。
「弱っているからね。まずは救出してからじゃないとなんとも言えない」
「わかった。わたしも手伝うね」
「ありがとう、サラ」
えへへ、とサラが笑う。手伝ってもらうつもりはなかったんだけど、見ているだけもイヤのようだ。率先して手伝ってくれるのは悪い気はしない。少しでも早く救出するなら、全員の協力があるに越したことはない。
「ファーレンさんより、サラちゃんのほうが役に立ってる感じじゃないですか?」
アメリア君がちゃちゃを入れてくる。
「はいはい。しっかり働きますよ」
「がんばってくださいね」
アメリア君はふふっといたずらっぽく笑ってみせた。
私とストーク君がほとんどふたりでドラゴンの救助作業を続けているのだが、サラが破片の除去を手伝ってくれ、アメリア君はなんと常時筋力強化の魔法を使ってくれている。
何もしていないように見えて、私たちの様子を上から観察し、重いものを運ぶ際や硬いものを割る際にだけちょっと強く魔法をかけるなんていう、繊細な魔力コントロールをしているとのこと。
たしかにアメリア君が来る前と来た後じゃ力仕事に向かう気力がぜんぜん違う。やっぱり、肉体作業をする上で基礎筋力を高めてもらうのは相当効果が大きい。想像以上に貢献度が高い魔法だ。
私でもこんなんだから、ストーク君は尋常じゃなくなっている。ドラゴンの身体を足場に――かなりしっかりしているのでためらいつつも足場として利用させてもらっている――土を掘りまくっていて、すごいスピードでドラゴンの本体が露わになっていく。
「ファーレン先輩。このあと、どうやって引き揚げましょうかね?」
「それは私も考えていたところだよ。幸いスペースはあるから引き揚げる場所はある。でも引き揚げる術がない」
「困りましたね」
喋っている間もストーク君の手は止まらない。作業開始からだいぶ経っているとはいえ、驚異的な速度で終了が見えてきた。
引き揚げる道具はなくもないのだが、さすがにこの大きさを想定した準備じゃない。おそらく役に立たないだろう。
……リスクは多少残るが、ドラゴンの精神体に本体を同化してもらうしかないかもしれない。動けるようになってさえいれば、ドラゴンの幼体が自分で穴から這い出てくればいいだけだ。
「サラちゃん……どうしたの?」
アメリア君の声の感じが何か違った。
「アメリア君、サラがどうかしたのか?」
「なんか、動きが止まっちゃってる……?」
どうやらアメリア君にも状況が掴めていないようだ。
私はストーク君に断りを入れて作業を中断して、穴から這い出た。
「サラ……?」
たしかにアメリア君の言う通りだ。さっきまでちゃんと私たちの手伝いをしていたはずのサラが、心あらずといった様子で立ち尽くしている。
「いつからこうなったのかわかるかい?」
「いえ……あたしもずっと見ていたわけじゃないので、気がついたら」
「そうか」
まさかとは思うが、ドラゴンの本体と精神体の影響でサラに異変が生じたというのか。気がつけばドラゴンのこどもの精神体が見当たらない。ずっと頭上に浮かんでいたから意識していなかったが、いつ消えた?
「サラ、しっかりしろ!」
私が声をかけるが反応はない。まるで抜け殻のようだ。
「いったい、どうなってる……」
さすがに異変に気がついたのか、ストーク君も作業を中断して私たちに近づいてきた。
「サラさんに何が起きたんですか?」
「わからない……」
私は唇をギッと噛む。サラをここに連れてきたのはマズかったのか?
「……! ファーレンさん、あっち見てください!」
急にアメリア君が私の袖を引っ張って、ドラゴンのいる穴の方へ向きを無理やり変えさせた。
「どうしたって言うん、だ……!?」
私もすぐにその意味を悟った。
ドラゴンの身体が動いている。正確に言えば、あきらかに呼吸をしている。
「良かった。生きていたようですね」
ストーク君はそう言うが――いや、たしかにそうなのだが。
私は一抹の不安が拭えなかった。
消えたドラゴンのこどもの精神体。動かなくなったサラ。呼吸を取り戻したドラゴン。
「サラ……」
私はドラゴンに向かってそう呼びかけていた。
アメリア君とストーク君がその声に合わせて私のほうを向いたような気がした。
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