ある魔法使いの苦悩30 ドラゴンの本体
どれくらい時間がかかっただろうか。外に残してきたサラやアメリア君が心配だが、途中でやめて戻っても成果は上がらない。
私とストーク君はかなりの量の土を素手で掘っては脇へと避けていく作業を繰り返した。
少しずつ深くなっていく穴が人ひとり分くらいになった頃だろうか、あきらかな違和感に遭遇する。
「……光ってますね」
ストーク君もそれに気がついたようだ。
私たちが掘り進めていた地面が、ある一定量を迎えたところで淡い光を発し始めていた。シュワシュワと光が漏れてくる感じだ。
「もう少しだな。がんばろう」
さすがに疲れが出てきたが、ここまで来たらもうひと息だ。やってやろうじゃないか!
私とストーク君は顔を見合わせ、うん、と頷きあった。お互い額にはたくさんの汗が浮かんでいたが、今や心地良いものに変わりつつある。
もうすぐだ、もうすぐ。
すくい上げた土を遠くへ放り投げるようにしてどんどんとかき分ける。
いよいよそれが現出する。
「これは……」
それは、丸まったドラゴンだった。
「死んでる……んでしょうか?」
「いや、わからない」
冬眠とか何らかの絶対防御的な状態という可能性は残る。その丸まったドラゴンは淡い光を放っていたのだが、それも今や微弱なものとなっている。
遅かったのか……?
「精神体は……まだいるようだね」
「はい。こちらの様子を見ているようです」
「であれば、このドラゴンはまだ生きている可能性が高い。なぜしっかりとした地中に埋まっていたのかはわからないが、閉じ込められていただろうことは間違いない」
「救出しましょう!」
ドラゴンのこどもの精神体がサラの頭ほどの大きさがないから油断していたが、地中のドラゴンの大きさはそれどころじゃない。かなり大きい。とはいえ、成体ではなさそうだ。
いくら成体じゃないとは言え、これほどの大きさのドラゴンが埋もれることになるほどの何かが起こったことは間違いない。それもかなり昔の話なんじゃないか?
私が生まれるよりももっと前の話。じゃなきゃ、人工的にこのドラゴンを埋めた者がいることになる。目的はあるのか? まるで想定ができない。
「こいつは難産になりそうですね」ストーク君はそう言うと私に提案する。
「一度アメリアとサラさんもここへ連れて来たほうがいいかもしれないです。幸いここなら魔物の出現もなさそうだし、空気も充分あります。一夜を明かすなら、露天よりもここのほうがマシでしょう」
「一理あるな。たしかに時間が読めない。……悪いが、私よりキミのほうが早そうだ。頼めるかい?」
「任せてください。すぐに連れてきます」
そう言うと、ストーク君はここまで来た水路へ手早くダイブする。彼なら本当にすぐにここまでサラたちを連れて来てくれるだろう。サラはわからないが、アメリア君も私のように水浸しにならないことだろう。
しかし――
「なんだかサラのときに重なるな」
サラも宝箱に身体が入っていた。しかも、いつからそうだったかもわからない。人間ではありえない状況だ。
今回のドラゴンも本体と精神体の大きさの差こそあれ、状況は似ている。
「ん、待てよ?」
そこでハタと気づく。
ドラゴンのこどもとは異なり、サラは精神体の状態で私と触れ合うことができていた。そこから本体に同化することで本来の姿を取り戻したような形だ。瞳の色の変化やちょっとした成長だが、精神と肉体はバラバラでは本来の状態とは言えない。
ではドラゴンのこどもはどうだろうか?
私たちに触れることはできず、意思表示も曖昧だ。半透明というのも弱さの現れだろう。本体は相当弱っていると見て間違いない。
サラと同じように本体に触れることで同化が始まるかもしれない。それによって本来の力を取り戻す可能性はある。
ただ今回はリスクがある。それは本体の衰弱がどれほどかわからないことだ。
サラの場合は肉体の衰えという部分はきっとなかったのだろう。あのときはまさかサラと同じ姿が宝箱の中にいるとは思わず、サラが宝箱を開け自分の身体に触れて同化が始まってしまった。結果として問題なかったが、もし本体が死の直前であった場合、精神体が戻ったところでそのまま死んでしまうかもしれない。
今回のドラゴンの場合はそれが起こる可能性が否定しきれない。
本来の大きさよりもかなり小さな精神体が半透明でゆらゆらと漂うように存在し、私たちが近づいたことで――もしかしたらサラが近くにいたからかもしれない――救いを求めるように姿を現したのかもしれない。
騎士団が噂に聞いたというドラゴンのこどももこの子のことだろう。この大きさだ。どう見ても大きな爬虫類かドラゴンのこどもにしか見えない。
すぐに姿を消してしまったのかもしれない。それで騎士団は結局噂以上の収穫がなく、今回新魔法研究所に持ち帰った案件になったのだ。
私たちの行動次第では、ドラゴンの保護は失敗してしまう可能性がある。ここは慎重にことを進めないといけないぞ。
幸いドラゴンのこどもは自分の本体であろう身体には興味を持っているのかいないのか特に近付こうとはしていない。私のほうを見ているのか見ていないのか、顔はこちらを向いているがイマイチ判然としないままだ。
「ファーレン!」
私がどうしたものかと思案していると、不意にサラが私を呼ぶ声がした。
振り返るとサラがそこにいた。どんな魔法を使ったのか、まるで濡れていない。私はしっかりと濡れたのに、アメリア君かストーク君かはわからないが――いやきっとアメリア君だな。彼女が保護魔法を使ってくれたのだろう。
サラが私の元に駆け寄り、ガシッと抱きついてきた。
「甘えん坊じゃないか」
「ずっと戻って来ないから……ちょっと心配してた」
「よくガマンしてたね」
「うん。お姉ちゃんと、おしゃべりしてた」
アメリア君が遠くからヒラヒラと手を振っている。本当にありがたいな。
「遅くなりました、ファーレン先輩。さぁ、続けましょう」
「これで遅いとか……キミは本当に器量が大きいね」
「そんなこと、ないですよ」
謙遜するところが彼らしい。しかし、本当になんでもできるなこの男は。
私も負けてられないな。今回はサラも見ているし、私だってやればできるところを見せてあげないと。
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