ある勇者の冒険譚㉒

 魔王との戦いは続く。



 僕たちは一旦ひとかたまりになり、ネーメウスの防御魔法をかけ直す。魔王はあくまで万全の僕たちと戦いたいようで、こちらの行動を特に気にした様子もない。


「あの魔王ちょっと不気味ね」


「……さっきまでより、ずっと安定してる」


 リリアとネーメウスが魔王の様子に警戒している。


 僕は右手に立つギウスと目配せをし、防御魔法がかかりきった時点でそれぞれ武器を構えた。


「準備はいいようだな。来るがいい!」


 魔王はまだ受け身のままだ。このスタイルはきっと一生崩れないんだろう。


 僕とギウスは今度は突撃をせず、武器を構えたままゆるりと魔王との距離を縮めていく。状態が変わった相手に無策に突っ込んで行ってもいいことは何もないからだ。


 一歩、一歩近づいていく。そのうちに、僕とギウスはお互いの距離を離していく。なるべく魔王の両サイドに陣取るように位置したい。


「来ぬなら行くぞ?」


 だが魔王は来ない。挑発だ。


 僕らが慎重さを崩さないことを見て、魔王が口元に大きな笑みを浮かべる。


 もう一歩、もう一歩。


 そして、僕とギウスは何の合図もなしに唐突に加速する。


「――行くぞっ!」


 ふたり同時に双方向から魔王に対して攻撃をしかけた。


「来いっ!」


 僕は上段に構えていた長剣を一気に振り降ろす。魔王はそれを掌底で弾いて軌道をそらした。


 間髪入れずにその背後からギウスの槍が魔王に迫る。魔王は振り向きもせずに紙一重で切っ先をかわすと、その柄をガシッと掴んだ。魔王がグイッと手をひねると、突進の勢いをそのままにギウスが僕の前に投げ飛ばされてくる。


 危うく激突しかけたが、ギウスは槍を空中で離すとまるで猫のように回転しながら着地した。あのまま槍を掴んでいればおそらくぶつかっていたはずだ。


 魔王は掴んでいた槍をギウスに放り返すと、再び超然と立つ。


「……あんた物理攻撃に強すぎだろう」


「体術が好きなものでな」


 この魔王は物理攻撃に対する回避率が高すぎる。あまりにもひらひら避けるものだから攻撃がなかなかヒットしない。


 せっかく挟撃の形を取ったのに、結局僕とギウスは魔王と正面から対峙する形になっている。


「もう一度やろう」


「ああ」


 僕はギウスに連携攻撃の意思を伝える。物理アタッカーのふたりには、結局直接攻撃で戦う以外の方法はない。なんとかして魔王の回避行動に制限をかけるしかない。


 まずはギウスが動いた。


 十数歩の魔王との距離を走って詰めながら、ちょうど僕と魔王の中間地点あたりで一気に跳躍する。魔王の背丈を超えるほどの大ジャンプから、落下の勢いを上乗せして斜め上方から槍を繰り出した。


 魔王が迎撃しようと体の向きを変える。


 ――今だ!


 僕は魔王が動くのとほぼ同時に駆け出した。強化魔法で高めておいた敏捷を活かし、一気に魔王との距離を詰める。僕の動きに気がついた魔王がどちらの攻撃を受け流すかを決める一瞬の間に、僕らの連携攻撃はもう一枚加わった。


 頭上と後方に気を取られていた魔王の足元にいきなり植物のツタのようなものが生じ、一気に成長すると魔王の全身に巻き付き動きを封じ込める。ネーメウスの神聖魔法のひとつによる効果だ。対象の動きを封じる簡単な魔法なのだが、予期していないときの効果は大きい。


「こいつを喰らいな!」


 まずギウスの槍が動けない魔王にヒットする。それでも致命打とはならず、上半身のゆらぎだけで肩口へと攻撃をいなしたのだ。


「まだまだ!」


 今度は僕の攻撃だ。低い姿勢から魔王の足に向かい長剣を一気に薙ぎ払う。


 ……浅い!


 魔王は動けないはずなのに、僕の攻撃も致命打にはならなかった。


「本当に……いい連携だ」


 攻撃のダメージによる影響が出ているであろう魔王は、それでもなお余裕な態度が崩れない。


 僕の攻撃が決まるやいなや、ギウスが再び突槍をお見舞いする。これもうまいことかわされて、脇腹を削るに留まった。


「真面目に回避率おかしいからっ!」


 言いつつ僕は右上から左横にかけて袈裟斬りする。


「離れて!」


 リリアの警告に僕とギウスは連携を解除して飛び退いた。


 動けない魔王の頭上に大きな魔法陣が出現する。リリアの儀式魔法だ。かなり前から準備してあった魔法を、ここにきてようやく発動したのだ。


 魔法陣からは光の剣が次々と生成されては魔王を斬りつけていく。


 軽く百を超える連撃が行われている間に、僕はネーメウスの元へ近づいていく。次からの作戦パターンを予めいくつか伝えておくためだ。


「……わかった」


 ネーメウスは僕に返事をしている間もずっと、魔王に杖を向けている。発動済みの魔法に継続して魔力を供給することで強化し、動けない魔王をそのまま抑え込んでいるのだ。


 だが、この束縛魔法も永続ではない。すぐに魔王に解除されてしまうだろう。


 リリアの儀式魔法も、魔法陣が小さくなるにつれて生成される光の剣がどんどんと少なくなっていく。そろそろ効果が切れる頃合いだ。


 魔王への蓄積ダメージが相当に高くなっているのは、ひと目でわかる状態になっている。


 全身ボロボロで、ツタによる拘束もそのままだ。さすがの魔王も荒く肩で息をしている。


「……やれば、できるではないか」


 魔王は不敵に笑う。だが、その顔にはさっきまでの余裕はなかった。


 自然回復を切っているので、魔王は自分の累積ダメージを受け入れるしかない。


 数では僕らが優位な状況だ。


「ここまでやれるようになるとは、な……」


「僕らも負け犬のままじゃいられないからな」


「負け犬のままなんて人間たちの間では普通のことだと思っておったぞ」


「人間を甘く見過ぎだよ、魔王」


 僕はそう言ったものの、負傷した魔王はどうにも本気を出していないような気がしていた。


 ただ、魔法による拘束も解除しないし、攻撃によるダメージは確実にその体力を奪っている。僕の杞憂でしかないのかもしれない。



 ほとんどの攻撃が効かなかった前回の戦い、そして次第に攻撃が効くようになっていった今回の戦いを通し、僕はたしかな手応えを感じていた。


 まるでのれんに腕押しのように攻撃が通じない状況では勝機を見出すのは困難だったが、今だったら勝つことは決して不可能ではない。いや、倒せる!


「……気をつけて、拘束が……切れる」


 ネーメウスの言葉とほぼ同時に、魔王を縛り付けていたツタのような植物が急速に力を失ってはらりと解け落ちた。


 僕たち四人と魔王は正面から向かい合っている。魔王に超然とした様子はなく、両腕をダラリと下げたまま特に構えを取ることもしない。


「……頃合いか」


 魔王がボソリとつぶやいた。


 怪訝な顔をしたであろう僕に気づいてか、魔王は僕のほうを見てふっと力を抜いたような口元だけの笑みを返してきた。


「勇者よ、おまえの力がここまでになったことを本当にうれしく思っている。よくやった」


「それはどうも……ここに来ても上から目線のままだな」


「はっはっはっ! こういう立場なのでな。意識せずとも口調がこうなってしまうというものよ」


「……そうなんだ」


 妙にテンションが高くなってきた魔王は、まるでダメージなんてまったく気にしていない様子で豪快に笑った。


 僕たちは魔王の様子にどう対処していいか困惑し、特に動けずに様子をうかがっていた。


 ひとしきり笑うと、魔王は僕たちひとりひとり順番に、しっかりと目線を合わせてきた。ネーメウスはビクッとした様子だし、リリアは露骨に嫌そうにしていた。ギウスは微動だにしない。


 魔王は一巡して僕へ視線を戻すと、


「それでは、ファイナルラウンドと行こうか」


 ニッカリと今日イチの笑顔を浮かべると、半身に構えて僕らに戦いの続きを促した。

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