ある勇者の冒険譚⑰
元勇者は当時を思い出したのか、感慨深げな顔をしている。
魔王に敗れ、散り散りになった仲間を集め、武器防具魔法を強化して再び魔王に立ち向かう。勇者の復活劇もいよいよ佳境を迎えていた。
「こうして僕らは魔王と戦うための準備を終えることができたんだ」
元勇者は、幼い見た目のあどけない女の子が勝手に注いでいたロゼスパークリングワインを片手に、まるで当時の仲間たちを見るような目で元戦士風の男たちと目線を合わせていく。
元遊び人と思しき女性のみ、妙にうっとりとした顔をしていたのはお酒のせいだけではなさそうだ。
「大きく話が進んだな。いよいよか」
「うん。いよいよだね」
元勇者は元戦士風の男とグラスを合わせる。カチン、というグラス同士のぶつかる音が心地良い。
昔から馴染みだったように自然な動きで、ふたりは同じ色のアルコールを同時に傾ける。炭酸が乾いた喉に刺激を与えながら通り抜ける。ぶどうの芳醇な香りが強く感じられた。
「魔王は動きを見せることはなかったけど、道中はだんだんと厳しくなっていたんだ」
元勇者たちがレベルアップするのに合わせ、魔物のほうも着実にレベルアップが進んでいた。同じ場所でも敵のグレードは高くなり、楽勝だった場所も苦戦を余儀なくされることもあった。
ただ、戦いをこなすほど強くなっていくので、道中の連戦も決して無駄にはならない。元冒険者たちが集まっているこの居酒屋『冒険者ギルド』の面々には当然の話であり、自分たちもそうであったことを思い出す者もいた。
「ねぇねぇ、勇者さん。あたしの世界の魔王ってめっちゃくちゃクレイジーなやつだったんだけど、勇者さんのところの魔王はだいぶおとなしい感じよね?」
「うん、そうだね。戦闘狂だって話をしているけど、実際戦闘狂であって世界を滅ぼそうとはしていなかったからね。……まぁ、魔王に限った話だけど」
「魔王の配下は人間の世界を蹂躙するほどの力があったけど、魔王がそれをさせなかったという感じなのかなぁ?」
「たぶん、ね」
「ふーん。やっぱり魔物もいろいろあるのねぁ」
「少なくとも、僕たちもいろいろな人がそれぞれの考えを持っているから、それと同じことだと思うよ」
「そういうものなのかなぁ?」
「たぶん、ね」
空いているグラスにロゼスパークリングワインを再度注ぎながら、幼い見た目のあどけない女の子は自分のグラスにも同じように注ぐ。そして、元戦士風の男との乾杯がうらやましかったのか、カチン、と自分から元勇者のグラスにグラスを合わせた。なんだか上機嫌な顔をしている。
「このチーズもらってもいい?」
元勇者は誰がオーダーしたのかわからないチーズの盛り合わせを指差す。かなり遠くに座っている、頭の薄くなった元新婦だったんじゃないかと思われる中年男性が「いいよいいよ」と返事をしてきた。
「ありがとう!」
三、四種類あるチーズの中から、オレンジ色の柔らかそうなチーズをひと切れフォークに刺し、ゆっくりと味わうように口に運んだ。
見た目よりも濃厚な旨味と、噛めば噛むほど弾けてくる香りがロゼスパークリングワインにとてもよく合った。
「あたしも、もーらいっ!」
幼い見た目のあどけない女の子も元勇者と同じチーズを親指と人差し指でヒョイッとつまみ上げると、パクっと咥えた。「おいひ〜!」両手をほっぺたに当てて幸せそうに食べている女の子を見て、周りの面々の視線は自ずとチーズの盛り合わせに向かうことになった。
次々と手が伸びて、またたく間になくなっていくチーズたちは元冒険者たちに幸せを運んでくれたようだ。
「こうやって仲間と食事をたのしむっていうのも、やっぱりいいもんだよね」
元勇者は、二十人にもなった大きなパーティーを見渡し、うんうんと強くうなずいた。
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