ある勇者の冒険譚⑱

 燃え盛る火炎のブレスは僕たちの元いた場所をなぎ払い、戦線を一気に押し返した。


 まさか、竜族の長が復活していたとは……


「先の戦いは油断しておったわ! 次はそうはいかぬぞ」


「僕たちだって強くなっている。今度も負けない!」


 圧倒的な間合いの差に僕とギウスは今一歩踏み出せないでいた。


 竜族の長の体はかなり大きい。目線は高く、威圧感も相当なものだ。前回は先制攻撃をネーメウスの防御魔法で防げたためかなり優位に展開できた。向こうが言うように油断もあったのだろう。


 だが、今回はさすがに同じ轍を踏まないためか、竜族の長に油断はない。


 リーチの差を活かして適度な距離を保っている。基本的にはブレスで牽制して、近付こうとすると巨大な尻尾によるなぎ払い、または爪を振るってくる。


 横向きの攻撃が多いからと縦の攻撃を仕掛けようとすれば、たちまち前足を立てて頭上を遥か高くに持ち上げる。こうなると真正面からブレスか牙による攻撃に晒されるだけだ。


 強い……


「勇者といえど、対策をすればたいしたこともないのぉ。わしのような頭がないから、魔族の長も海神族の長もあっさりとやられおるのだ」


「あっさりと倒したつもりは……ないんだけど」


「ふんっ! あのような若造どもが魔王様の側近としてふさわしくなかった証拠よのぉ。わしだけで充分じゃな!」


 再度火炎のブレスが撒かれる。


 ――避けれれない!


「喰らうがいいっ!」


 業火が僕とギウスをまともに巻き込んだ。熱による攻撃はネーメウスが使う防魔障壁により効果は激減しているものの、ブレスそのものの攻撃圧がものすごい。


 押し負けないように両足で踏ん張ろうとするも、ずずっと足が滑っていく。


「加勢するわ!」


 リリアが詠唱を完了させた儀式魔法を発動する。魔力の渦が僕らを取り囲むように展開するやいなや、一気に収束した。


 バチッ! と弾けるような音とともに、竜族の長のブレスは火の粉を煌めかせながらかき消えた。


「なにっ!?」


「一気に行くわよ!」


 リリアは無詠唱魔法で氷のつららを十本同時に出現させた。ひとつひとつが大魔法を効率的に圧縮した純度の高い魔法なのだが、リリアが使うと初級魔法使いのそれと区別がつかない。見た目は同じでも、一発の破壊力は段違いだ。


 竜族の長は次に来る攻撃に備え、翼を大きく広げて自身を囲むように包み込んだ。


「私の魔法は当たると痛いわよっ!」


 リリアはまるで悪魔のような笑みを浮かべているに違いない。何度も何度も範囲魔法に巻き込まれてきた僕とギウスは、お互い同じようなタイミングでゾゾッと身震いをした。


 十本のつららはリリアの元から発射されると、竜族の長を好き勝手に取り囲む。尖った先端はすべて同じ一点を狙い定めている。


「いっけぇー!」


 リリアが魔力をさらに込めると、氷のつららは目で追うのがギリギリの速度で竜族の長の中心に向けて突き刺さった。


「……小癪、なっ!」


 八本のつららが翼を突き破って突き刺さる。一本が竜族の長の首に上から刺さっている。そして、最後の一本は一拍遅れて竜族の長が痛みで首を持ち上げた隙間にするりと入り込み、その喉元に深々と突き刺さった。


 竜族の長が呻き声をあげながら激しくのたうち回りだす。巻き込まれないように僕たちは距離を取る。


 体のあちこちから黒い血を吹き出しながら――それでも竜族の長は倒れなかった。


「頑丈ね……」


 リリアの魔法はすでに効果を失っている。火炎のブレスを使う竜族の長には氷属性の攻撃はよく効くが、同時に相反する属性のためすぐに相殺されてしまう。


 つららは溶け消え、竜族の長の怒りによるものか、まるで蒸気が吹き出したかのように湯気がもうもうと立ち込める。


「今度は、こっちの番じゃな!」


 視界が悪くなったところに、竜族の長の尾による攻撃が真上から叩き込まれた。なぎ払いが多かったため、急な縦の攻撃に一瞬反応が遅れた。


「ギウス!」


「大丈夫だっ!」


 竜族の長も怒りに身を任せた攻撃だったのか、照準を定めていない攻撃はギウスのほうへ向かった。直撃に見えたが、ギウスは頑強度を相当に高めてあった槍で尾の軌道を巧みに逸らし、その攻撃を地面に直撃させていた。回転の軌道を活かして、一撃繰り出してそのまま飛び退る。


 地に叩き込まれた尾は、しかしすぐに横に払われた。


「なっ!!」


 ギウスが槍を縦に構え、急襲する尾による攻撃を真っ向から受け止める。だが、避けたものとは違い、体躯の差による重い攻撃にさすがのギウスも弾き飛ばされてしまった。


 かなりの勢いでふっ飛ばされたギウスは、壁に激突してそれを大きく凹ませた。


「まずは一匹じゃな」


 竜族の長の目は血走っている。リリアの魔法が相当応えているようだが、興奮状態になってダメージが行動制限として機能していない。むしろ、痛みを感じない状態になってさえいるようだ。


「ボクに、考えがある……」


「ネーメウス?」


 いつのまにか僕の真横に来ていたネーメウスが魔導書を片手に詠唱を始めた。


 ……魔導書?


 ネーメウスは召喚魔法を使うときは、精霊の属性に紐付いた色のネックレスを媒体として使っていた。神聖魔法を使うようになってからは丈夫で壊れづらい木製の杖を使っていたはずだ。武器を強化したときも杖だったはず。


「……」


 ネーメウスの詠唱はなおも続く。


 興奮していた竜族の長は、こちらの動きに気づくと、ギロリ――ネーメウスを睨め付ける。


「危ないから……すぐに、離れてね」


 呪文の詠唱が終わり、ネーメウスの魔導書のページがまるで強風にでもあったかのように、勝手にバラバラとめくれていく。やがて淡い光に包まれると、空色の光が竜族の長に命中し、その全身をオーラのように包み込んだ。


「貴様……何をした」


「加速魔法だよ……キミの時間を速くしてあげたんだ」


「……何だと?」


 竜族の長が試すように尾のなぎ払いを繰り出した。


「ネーメウス、どういうつもりだ!?」


「だから……早くもっと離れて、よ」


 凄まじいスピードで尻尾をブンブンと振り回されて、さすがに僕も近づけない。ネーメウスとふたりで、上機嫌になった竜族の長から距離を置く。


「おい、ネーメウス、これは――」


「あいつの傷は自己修復しない……」


「そういうことね」


「そういう……こと?」


 試し打ちが終わったのか、竜族の長はニタリと不気味な笑みを器用に浮かべて、僕らに狙いを定めた。


「防御障壁はまだ生きているから……がんばって」


「だから、何を!?」


 遠慮なく火炎のブレスが真正面から凄まじい速さで飛んできた。


「あぶなっ!」


 気づけばネーメウスとリリアは僕からかなり離れて、何となく安全そうな位置に陣取っている。ギウスが気絶させられてしまった今、竜族の長の攻撃対象は僕ひとりに絞られている。


 この攻撃をひとりで捌けと……?



 避ける。受け流す。食らう。受け止める。避ける。避ける。食らう。受け流す。食らう。避ける。避ける。避ける――


 勇者の特性もあるのかもしれないが、竜族の長の攻撃がどんどんと見えるようになってきた。見えればかわせる。


 だいぶダメージを負ってしまったが、いつもどおりほぼ魔力消費なしの回復魔法と強化魔法を使いながらなのでなんとかなっている。


「ん? 様子がおかしいぞ」


 竜族の長は圧倒的に優位に攻撃を進めていたが、いつのまにかその攻撃は散漫になっている。尾による攻撃もどこか適当だし、口元にチロチロと熱源が見え隠れするが、しばらくブレスも使われていない。


 爪による攻撃も思い出したようにただ振り降ろすだけだし、攻撃に精彩が欠けていた。


「ネーメウスの狙いはこれか!」


 得心が行ったという手応えで僕が言うと、「今ごろ?」という冷たいリリアの声が聞こえてきた。


 まさか僕が囮になって攻撃を避け続けている内に、竜族の長がリリアから受けた傷を倍速で悪化させて弱らせる作戦だったなんて。囮の僕だけがわかっていなかったなんて。


「そこまで弱れば、あんたの敵じゃないでしょ!」


「……言われなくても!」


 ものすごく悔しい気持ちが溢れているが、この好機を見逃して無駄に戦闘を長引かせる理由はまったくない。


 僕は長剣を構えると、あきらめに似た表情を浮かべている竜族の長を一瞥し――容赦なくそれを振り降ろした。

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