ある勇者の冒険譚⑥

 勇者に任命されてからの僕は、数々のクエストをこなし、やがて仲間がひとりふたりと増えていった。


 戦士のギウス、魔法使いのリリア、召喚士のネーメウスの三人を仲間にした僕は、魔王を討伐するために世界各地を巡ることになった。


「もうすぐメデューサの森の奥に着くわよ」


 リリアが順調に進行していた僕たちの足を止めた。


 メデューサ。国王が討伐を命じた厄介な魔物の親玉の一体だ。


 伝承では生きたままの蛇が髪の毛のように蠢き、人間の女性の上半身と蛇の下半身をしていて、ひとたび目が合うと石化してしまうという恐ろしい魔物だ。


「任せたからな」


 ギウスがネーメウスのほうを確認する。


「……」


 基本的にネーメウスはあまり話をしない。僕が一方的に話しかけて嫌がられる、というのは何回も経験済みだ。ちょっとくらい話を盛り上げてくれてもいいんじゃないか、とはよく思っていた。


「みんな……離れて」


 ネーメウスの小さな声を聞き逃さず、僕らは少し離れたところの木の陰に隠れた。


 彼のほとんど聞こえない呪文の詠唱とともに、彼を中心として白銀の渦が巻き上がる。ほとんど竜巻の中に閉じ込められたような状態のネーメウスは、しかし微動だにしない。呪文の詠唱は続いている。


「……メデューサよ」


 リリアが僕にそちらを視認しないようにジェスチャーをした。


 膨大などす黒い魔力が近づいてくる気配がした。魔物の親玉ともなると、まとっている魔力だけで小動物、下手したら人間の子供を殺すことができる。


 悪意の塊がそのまま形となっているようで、あまり気分は良くない。


 メデューサは異変に気がついたのか、シャー! と雄叫びをあげた。魔力の塊がネーメウスへと急接近する。


「……遅かったね」


 ボソリ。


 ネーメウスがまとっている膨大な魔力が、しんと収まる。


 その瞬間――


 シャーーー!! メデューサが苦悶の叫びをあげる。


「行くわよ!」


 リリアが木の陰から飛び出し、離れた場所で呪文の詠唱を始める。


 僕とギウスもすぐに続き、苦しみ悶えるメデューサへと肉薄する。



 これが僕たちの作戦だった。


 ネーメウスが召喚魔法で牽制とうまくいけば行動不能にする。僕とギウスが物理攻撃でメデューサを弱らせる。弱ったところに、リリアの魔法でドカンだ。


 ネーメウスが使ったのは光の召喚獣の力を借りた反射魔法。


 視界に入った者をまず石化しようとする、メデューサの特性を逆に利用してやる作戦だ。


 メデューサに対して石化がそのまま効くわけではないが、相手を石化させる能力にはかなりの魔力が使われている。


 反射魔法でその魔力の形を変え、閃光としてほぼゼロ距離で発動したものだから、メデューサの視界は一気に奪われて行動不能になる。視界が奪われているため、目を利用した石化もしばらく使えなくなるという計算だ。


「喰らいなっ!」


 ギウスがとんでもない重さのハンマーを全力で振り回し、容赦なくメデューサを叩き飛ばす。


 悲鳴をあげながら吹っ飛ぶメデューサは、うっそうと茂った木々をなぎ倒していく。


 僕は長剣を構えるとそのままメデューサを追撃する。


 五本目の木に半分めり込んだ形でようやく静止したメデューサは、しかしその大ダメージの中すぐに立ち上がろうとしている。


 まだ視界は封印されているよな。


 僕は念のため石化を防いでくれるというチャームが首にかかっていることを確認した。


 お守りのようなものよ、リリアがそういって渡してくれたお手製の装飾品だ。今まで石化にあったことがないから効果があるかどうかわからないが、使わないで済むのが一番だ。見た目が気に入っているから、効果を発動して壊れたりしたらちょっとショックかもしれないし。


 メデューサは僕が突っ込んでいることを察知し、迎撃する様子を見せている。


「雑魚だったら逃げてくれるんだけど、ねっ!」


 突っ込んだ勢いのまま構えていた長剣を押し出すように伸ばした。


 胴体に向けた切っ先がメデューサの脇腹をちょっとだけ抉った。予測よりも動きが速い。


「!」


 メデューサが避けた勢いを利用して、自身の大きな蛇の尾をムチのようにしならせて振るってきた。


 僕は突き伸ばしていた長剣を引き寄せると、尾の攻撃へ備えた。


 ガギン! 金属の打ち合うような音がした。


「お……重い」


 あわよくば長剣に自ら当たってそのまま切断してくれると見越していたので、予想外の展開に僕はその場で動けなくなった。


 まさか自分の尾を石化してくるとは!


 あとで知ったことだし、しなっていたのでわからなかったが、メデューサはどうやら自分の身体の一部を石化させることができるようだ。しかも、攻撃時には完全に石にして動けなくするくせに、自分に使うときは硬度が高くなるだけとかちょっと卑怯だ。


「ギウス! フォローよろしく!」


「あいかわらずあんまり活躍しないな、おまえは!」


「頼もしい仲間に囲まれてるから、ね」


 余裕な感じで返したけど、結構必死。メデューサは僕をターゲットに据えた上に、なぜか力勝負を挑まれてしまった。


 このまま僕をターゲットにしていると、ギウスにまたぶっ飛ばされるんだけどいいのか?


「!!」


 ギウスは残念ながらあんまり足が速くないので、正直なかなか来てくれない。


 そうこうしていたら、拮抗状態だったはずのメデューサの尾の先端がするりと動くと僕の腕に巻き付き、長剣ごとクルッと完全に包み込んでかなりの強さで締め付けてきた。


 両手を縛り上げられたまま持ち上げられ、僕は宙ぶらりんにさせられてしまう。


「おい、大丈夫か!」


 ギウスがようやく追いついてきてくれた。


「できれば助けてほしい」


 長剣を離すこともできないし、腕を掴まれてるから何もできない。かなりピンチだ。


「こいつを喰らいな!」


 ちょちょちょ、ちょっと待って!


 ガギーン!!


 僕の長剣とメデューサの尾がぶつかったときとは比較にならないほどの大音声が響いた。


 相当硬いぞ、このメデューサ!


「耳が……」


 そして、あまりの音の大きさにクラクラしてきてしまった。見ると、ギウスも左手で頭を押さえている。


 最初の一撃が相当気に入らなかったのか、どうだ! と言わんばかりにメデューサがニヤリと笑っているように見えた。


 妙な威圧感を出しているが、僕はこんなものに屈するわけにはいかない。


 しかし、耳はキーンとしてるし、腕も掴まれてるし、もうあとはリリアとネーメウスを頼るしかない。


 そんな僕の勝手な願望が届いたのか、


「あんたたちー、巻き込むけどゴメンねー!」


 妙にノンキな声音で、かなり遠くからリリアの声が聞こえてきた――ような気がする。あまりハッキリとは聞こえなかったけど、軽い絶望感に包まれているのは決して気のせいではない。


 あー、僕たち魔法耐性高くないからしばらく動けなくなるかもなぁ……




 メデューサの討伐報告をすると、国王は僕たちを表彰してくれた――という話だ。


 まぁ、僕もギウスも病院で火傷の治療を受けていたから、あとで聞いた話なんだけどね。

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