ある勇者の冒険譚④

「それじゃあ、今までお世話になりました」


 僕は見送りに出ている男性にひとつ大きなお辞儀をすると、右手を挙げて出発の挨拶を交わした。


 この村に飛ばされてきたときに装備品はズタボロ状態になっていたので、僕は恐ろしく軽装になってしまった。幸い武器の長剣は何ともなかったので、男性が僕が旅立ちの準備をするまで保管してくれていたものを受け取っている。


「千里の道も一歩から、か」


 僕が飛ばされてきたのは、僕が魔王に挑むまでにクリアしてきた道程のかなり最初のほうにある村だ。


 この村は僕たちは寄ることはなかったんだけど、勇者としての顔は知られていた。でなければ、そのへんにぶっ倒れていた大怪我の怪しい成人をすんなりと保護してくれたかどうかはわからない。


 怪我人をただ放っておくことができなかったのかもしれないけど、いずれにせよ助けられた事実は変わらない。


 勇者であっても死ぬときは死ぬ。これも一期一会、感謝しないとね。



 僕たち勇者はこの世界にひと組しかいないらしい。


 産まれたときから勇者と言われて育ち、特に何も疑問に思うこともなかった。


 子供のころは世界に魔物なんてあまりいなくて、いてもそれほど凶暴でもなかった。仮に魔物が町や村に現れても、大人が対処すれば充分なんとかなっていた。


 僕は勇者として産まれたが、本当に勇者らしいことなんて何もしなかったし、周りも何も求めていなかった。


 これが平和だったのかもしれない。



 でも、僕が大きくなってから、世界は一変した。


 魔王と呼ばれる存在が突如現れ、それまで大の大人がかかれば何とかなっていた魔物が凶暴になり、うまく退治できずに怪我をしてしまうことも増えた。ときにはかなりの大怪我になってしまう人すらいた。


 冒険者と呼ばれる戦士たちが世界に現れ始めたのも同じ頃。


 僕が住んでいた町だけじゃなく、世界のあちこちで同時多発的に魔物が凶暴化して、さらに数を増やしていったんだ。



「魔王を退治できるのは勇者だけだ!」



 あとで知ったんだけど、どこかの国の国王が突如そんなことを言い始めた。


 世界で勇者は僕だけだ。つまり、僕が魔王を退治することにいつの間にか決められてしまっていた。


 戦いだってロクにしてこなかったけど、さすがに町に現れる魔物を放置するわけにもいかないから、大人たちに混じって追い返すことはしていた。でも、危険になると逃げるように言われ、僕は言われるまま避難していた。


 今思えば勇者とは名ばかりの、ただの普通のこどもとしての僕がいただけだ。



 あるとき、僕の町に冒険者がやってきた。


 屈曲な体つきの武闘家と、やたらと暗い表情をしていた魔女。それから、なぜか他のふたりからは距離を置いていた弓使いだ。


 三人パーティーだという彼らは、弓使いが後方から牽制し、相手が怯んでいる内に武闘家が距離を詰めてダメージを与えて弱らせ、最後に魔女が大技でドカン、という戦い方をしていると言う。


 実際、町のハズレに現れた魔物の集団に、彼らの言うとおりの戦術を披露し、無事にこれを撃退していたときにはとても感動したのを覚えている。


 弓使いの技術はすごく、狙った獲物は外さないという感じだ。


 武闘家は大きな体に似合わない俊敏さで、複数の魔物と同時に立ち回り、相手の攻撃は最小の動きで避けて、生じたスキを逃さずに瞬時に攻勢に出て技を叩き込みまくっていた。


 魔女はその際ほとんど戦闘には加わらずにずっと呪文を詠唱し続け、魔力の奔流が最高潮に高まった時点で仲間を戦場から退避させると同時に局地魔法を炸裂させた。


 相当な距離があっても彼女の魔法はおかまいなく、最大限に魔物の軍団を巻き込むように炸裂する。


 あとで聞いたら範囲魔法を主軸とした儀式スペルの使い手だそうだ。当時は儀式スペルというのがよくわからなかったけど。



 そんな風に僕の町は冒険者に守られていた。


 これもあとで知ったことけど、魔物退治は結構な報酬を支払わなくちゃいけなかったみたい。


 魔物はいつ現れるかわからないし、その都度冒険者が都合よく来てくれるとも限らない。お金もかかるし、ということで、次第に僕たちにも自衛団としての戦闘訓練が行われるようになってきたんだ。


 今思えばこのときの町長の判断は適切だったと思う。


 僕は勇者としての才能をメキメキと発揮し出したし、大人や友達もある程度の魔物なら簡単に退治できるようにレベルアップしていた。



 魔物の襲来やそれを退治するのが普通の生活の一部になりつつある頃、僕の町に僕宛に、僕を招集するための通知が国王から届いたという話を聞かされた。


「いよいよか」


 僕は、勇者としての自覚が芽生えていたため、誇らしい気持ちを胸に、その報せを受け取りに町長のところに向かった。

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