ある勇者の冒険譚③

「……おいおい兄ちゃん、そこで終わりかよ!?」


 元勇者は空になったジョッキをテーブルに置くとひと息ついた。


「いや、ちょっと何か食べたいなって」


「復活劇の勇者様からオーダーだぞ!」


「……茶化すなよ」


 と言いつつ、元勇者は駆け寄ってきた店員に対し、旬の魚の塩焼きと、温野菜のグリルのチーズがけ、それからレモンサワーを頼んだ。


「おしゃれなオーダーね」


 元遊び人と思しき女性が妖艶な笑みを浮かべて、露出の多い胸元を惜しみもなく見せて元勇者に流し目を送る。


「変わってる、ってよく言われる」


「あら、私はキライじゃないわ」


「……ありがとう」


 元勇者は照れたのか、女性からかなり視線を外している。


 元遊び人と思しき女性は両肘をテーブルについて、両手で頬を支えて勇者に視線を送り続けている。


「おまえは誰でも見境ないな」


「あらっ? 私、あなたにそんなことしたかしら?」


「……ないな」


「私、勇者様って好きなのよ。だって、強くて優しくて、カッコいいじゃない」


「カッコいい、だけ強調したな」


 元戦士風の男の言葉に元遊び人と思しき女性は「ふふっ」と怪しげな笑みを返す。


 これが常連同士の、居酒屋『冒険者ギルド』で毎日のように見かけるやり取りのひとつで、もはやあたりまえの光景だ。


「仲がいいんだね?」


「そんなことないわよ」


 即座に元遊び人と思しき女性が否定する。元戦士風の男は、特に声には出さなかったが同じ意見のようだ。


 この軽口の叩き合いもお馴染みの光景だ。



「温野菜グリルのチーズがけとレモンサワーお待たせしました!」


 若い男性店員が元気な挨拶とともに元勇者の前にカラフルな野菜にドロリとしたよく伸びるチーズをたっぷり掛けた料理と、炭酸が強烈に弾けて柑橘のシャキッとした香り漂うサワーをリズムよく並べていった。


「おいしそうだね」


「私、それ食べたことなーい」


「たかるなよ」


「……うっさいわね!」


「良かったら、食べてみる?」


「あら、いいの?」


「……ったく、遠慮しろよ」


「何か言ったかしら?」


「なにも?」


「……」


 なぜ料理が運ばれただけで喧嘩が起こるのだろうか。元勇者は食べていいのか待ったほうがいいのかちょっと困惑していた。


「勇者の兄ちゃん、こいつの言うことは気にするな。あんたが頼んだんだから、あんたが食べろよ」


「少しくらいなら別にいいんだけどね」


「やっぱり勇者様はやさしいわね。誰かさんと違って、ね!」


 元遊び人と思しき女性は持っていたフォークをヒョイッと伸ばし、オレンジ色の野菜にチーズをひと巻きするとパクっと口に入れた。


「ん〜〜! これ、おいしい!」


「ホント? 俄然楽しみになったなぁ」


 元勇者は小ぶりな芋のグリルにとろりとしたチーズを絡ませてから口に運んだ。


「……これは、チーズが絶品だね」


「でしょ!?」


 元勇者と元遊び人と思しき女性が盛り上がる。



 居酒屋『冒険者ギルド』に集まる冒険者たちは、どちらかと言うとお酒を飲みつつワイワイ騒ぐことが中心で、食べ物も揚げ物や肉料理などワイルドなものが好まれる。


 元勇者が頼んだ焼き魚や焼き野菜はどちらかというとマイナーだ。


 特に『温野菜のグリルのチーズがけ』なんていう小洒落た料理があったことすら知らなかったんじゃないかというくらい、ふたりの反応を多くの冒険者たちが興味深く観察していた。


「サワーもおいしいし、ここ気に入ったよ」


「それじゃあ、勇者様ももうギルドのメンバーね!」


「おまえはいつもそれだな、ガハハ」


 元戦士の男が豪快に笑う。



 居酒屋『冒険者ギルド』はその名もあって、常連のことをギルドメンバーと呼ぶようにしている。


 店長がギルドマスターで、店員が幹部という”設定”だ。


 ただ、接客業なので幹部といえど上から目線ではなく、日頃のギルドメンバーの活躍に感謝してみんなをもてなしているという――これも”設定”だ。


「さて、おいしい料理とお酒も楽しめたので、そろそろ続きでも話そうかな?」


「よっ! 待ってました! なぁ、みんな!」


 元戦士風の男の「なぁ、みんな!」は決まり文句なのかもしれない。この声に呼応してあちこちから「おー!!」という雄叫びみたいな声があがりまくっている。


 これだけ盛り上げられると、話さずにはいられない。これが、居酒屋『冒険者ギルド』が流行る理由のひとつなのだろう。



 元勇者はなんとなく居住まいを正すと、さっきまで話していた続きを話し始めた。

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