第31話 カフェテリアでの一時

 折角懐かしい顔と再会したのだから、ということもあるし、折角生の日本人ジャポネーザと話が出来る機会なのだから、ということで、私達三人はクリフォードさん達に、中央大学のカフェテリアに案内された。

 学生たちの憩いの場ということもあって、ガラス張りで開放的な、明るい室内だ。日本の大学の学食でよくある、長テーブルがずらっと並んでいる構造ではなく、大きな丸テーブルがたくさん置かれている。

 歴史のある大学だから設備も年季が入っているのかと思っていたが、古めかしいのは外観だけ。中身は全然そんなことがなくて圧倒されるばかりの私である。


「それジャア、ミノリサンは古本屋に立ち寄ってイタラ、いつの間にかマーに来てイタ、と」

「アーレント通りニある古本屋ですヨネ、湯島堂書店……マサカそんなコトが起こる店だったナンテ」

「ユウナガ先生もそのお店ヲ通ッテ、フーグラーに来ていたトハ……」


 そして私は、お茶を片手にクリフォードさん、スティーヴンさん、ペーターさんの三人に、フーグラーに転移してきたばかりのことを話していたというわけだ。

 まさか通りに普通に立ち並ぶ、一見何の変哲もない古本屋が、異世界と繋がっている出入り口になっているとは、まぁ普通の人なら思わないだろう。店頭にでかでかと店名が書かれている店でもないし、ベンさんはドルテ語もペラペラだし。

 なんとも信じがたい、という具合の三人に、私も困ったように目尻を下げつつ答えた。


「普通は気付かないと思います、入り口が切り替わるタイミングにお店の中・・・・にいないと、そもそも切り替わったことを認識できないですもの。

 いつ切り替わるのかも、切り替わった後どれだけ時間が経ったらまた切り替わるのかも、全然分からないですし。

 意図して向こうに行こうとするのも、向こうからこちらに来ようとするのも、そう簡単にはいかないと思います」

「Parintii mei au vizitat Japonia o data si apoi s-au intors aici. Asta pentru ca mama mea stia cand intrarea sa schimbat si a inteles ce a fost.」

「Oa……」


 私の言葉を補完するように言葉を続けるパーシー君の発言に、ペーターさんが圧倒されたかのように声を漏らした。目が大きく見開かれて、現実を受け止めるのに苦慮している様子が見て取れる。

 クリフォードさんもスティーヴンさんも同様だ。呆気に取られた様子で私とパーシー君の話を聞いている。

 そしてそこに、さらに情報を付け足すのはデュークさんだ。肩を竦めながら苦笑している。


「Si toti trei isi amintesc ca profesorul va cumpara suveniruri rare atunci cand se vor intoarce de la munca pe teren?」

「Da, da! Profesorul vorbea despre dulciuri japoneze! Dulciuri coapte ca Torta!」

「Este cu adevarat ceva la care te-ai dus si ai cumparat in Japonia!?」


 デュークさんの発言に、クリフォードさんが手を打った。一緒に頷くペーターさんの言葉にデュークさんが頷きを返すと、三人揃ってひっくり返らんばかりに驚いている。

 目を見開く私に、パーシー君がそっと耳打ちしてくる。


「デューク様ガ『三人とも、マーマが珍しいお土産をフィールドワークから戻った時にお土産で買ってくるのを覚えているだろう?』。

 クリフォードさんガ『はい、はい。先生は日本ジャポーニアで買ってきたお菓子と言っていました! 甘い、トルタのような焼き菓子を!』。

 ペーターが『あれは本当に日本ジャポーニアに行って買ってきたものなのですか!?』、と言っていマス」

「グロリアさん、大学にも日本のお菓子を持ち込んでいるんだ……ちなみにさっき、パーシー君が言ったのは?」

「『私の両親も一度日本ジャポーニアに行き、そしてこちらに戻ってきています。それも私のマーマが入り口が切り替わるタイミングを察知し、それがどういう意味を持つのか理解しているからこそ、出来たことです』というところデス」


 パーシー君の翻訳に私が頷いていると、クリフォードさんがパーシー君へと目を向けてきた。どうやら私に耳打ちしていた話をしっかり聞いていたらしく、こちらに身を乗り出してくる。


「Chiar si asa, Percy este foarte bun la japoneza. De unde ati invatat japonezii atat de serios?」

「Desigur, el este fiul doamna Yunaga. Vorbeste japonez in casa.」

「Atunci sunt convins. Poti atinge japonezii brute mai mult decat noi. Sunt invidios.」


 クリフォードさんの言葉に、返答を先に返したのはペーターさんだ。やはりというか、古くからの友人だから分かっていることもあるのだろう。スティーヴンさんも納得したように頷きながら腕を組んでいる。

 対して水を向けられたパーシー君は苦笑しながら頬をかいていた。


「Familia mea vorbeste japoneza in casa si locuieste in Castelul Fugler si lucreaza pentru a-si ajuta munca. Multumesc, pot sa obtin un post de interpret la breslele municipale.」

「Minunat. Este o cale de cariera ideala. Nu exista nici o modalitate de a salva fiului.」


 心の底から感心したようなクリフォードさんの言葉に、言葉を向けられたパーシー君も、隣で聞いていたデュークさんも、ペーターさんも、一瞬だけ複雑そうな表情を見せた。対してスティーヴンさんは、同意するように頷いている。私だけが置いてけぼりだ。


「デュークさん、今のって、どういうことですか?」

「アー……そうですネ、チョット説明が難しいのデスガ」


 困惑したように視線を逸らすデュークさんが、どうしたものかと頭をひねっていると、口を開いたのはスティーヴンさんだった。


「言葉通りデスヨ。『獣人族フィーウルにしておくには惜しい』。

 マーよりも西の国々、大陸の西側地域デハ、褒め言葉とシテよく使われる表現デス。

 逆ニ、立場はあるノニ不甲斐ない者に対シテ、『長耳族ルングにしておくのが勿体ない』トイウ表現も使われマス」

「ボクは、自分が獣人族フィーウルであることに誇りを持っているノデ、アンマリ好きな表現ではないですけれどネ」

「へー……そういう表現が出てくるってことは、クリフォードさんやスティーヴンさんは、そっちの方の出身なんですか?」


 首を傾げながら二人に視線を向けると、スティーヴンさんは口元に手を持って行って考え込むような姿勢を取った。グロリアさんが、「この世界は国外に出ていく人はあんまりいない」と言っていたが、実際こうしてクリフォードさんは他の国の表現を使っている。

 しばし考え込んだ後、スティーヴンさんが小さく咳払いをしてから口を開いた。


「私ハ、シャンクリー領内ニある小村の出身なんデス、アップルトンという……デスガ、パーパがウィートストン連合国の出身なんデス。それで覚えたのデス。

 タダ、クリフォードは生粋の西側諸国の人間デスネ。ウィートストン連合国カラ留学しに来てイマス。マート=ニューウェル家ハ、ウィートストンの元老院の一員ですカラ」

「へー……ところで、元老院って?」

「ウィートストン連合国を統治スル、議会の中核ヲ担う集団デスヨ。ウィートストンという国家ノ意思決定機関、と言えばいいでショウカ」


 感心しながらも浮上した新たな疑問に、答えてくれたのはクリフォードさんだ。聞くに、彼の父親が十数年前から元老院の一員で、連合国内でも地位のある家なんだとか。すごい。


「クリフォードさんも、後々は議員さんになるんですか? あ、でもそれなら文学部にいるのは……」

「イエイエ、私は議員になるツモリは無いデスヨ、これっぽっちモ。父もソレを望んではいませんカラ。お前ノやりたいことをヤレ、と、私をマーに送り出シテくれましタ。

 外交官になりたいんデス。連合国と地球パーマントゥルノ間を取り持ッテ、ソシテいつかは日本ジャポーニアに行きタイ」

「私ハ、ギルドで通訳トシテ働きたいデス。パーシーさんと同じヨウニ。故郷ニ近いシャンクリーの市営ギルドで働けレバ、理想なんですケレド」

「私ハ……ユウナガ先生のようナ日本語ジャポネーザの研究者になりたいデス。先生は私ノ憧れナノデ」


 口々に、自分の夢を話してくれる三人。

 そのキラキラした雰囲気が、なんだかすごく眩しく見えて、私はちょっとだけ嬉しくなって。目を細めながら、将来の展望の話に熱が入る三人の話に聞き入って、頻りに頷いていた。

 そしてそんな私と、友人の三人を、デュークさんがなんとも言えない表情で、じっと見つめているのだった。

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