第16話 sideマリアナ
始まった、王妃教育。
正直、かなりきつかった。毎日何十時間もぶっ続け。当然、王妃様にも王妃様としての仕事があるのでそういう時は課題を与えられたり、ミリー様が代わりを務めてくださったり、後は他の令嬢を交えた実践をしたりした。
一日の王妃教育が終わると大量の本を渡されて、明日までに読むように言われる。
頭にいろいろ詰め込み過ぎてパンク寸前だ。
「あら、あなた。ちゃんと本を読んで来なかったの?」
今日は、昨日読むように言われた本の内容を覚えているか、ペーパーテストをさせられた。結果は半分できた。
「読みました」
「でも、この点数なのね」
「困ったわね」と言って王妃様は首を横に傾げる。
「しっかりと読んでいたらできるはずよ」
「ですが、一晩で五冊も。こんな分厚い本の内容を全て覚えるのは無理です」
「あら、王妃になるんだもの。国の成り立ちから王族の歴史。全て頭に叩き込むのは当然のことよ。エマは覚えられたわよ」
また、お姉様だ。王妃様は何かにつけてお姉様のことを持ち出してくる。よっぽど、お姉様のことを気に入っていたんだろう。
「私はお姉様とは違います。お姉様は優秀な方ですが、私は」
「優秀じゃない」と言おうとしたら、その先は言わせないとばかりに無言の圧力をかけてくる。
「あらあらあら。何を言っているのかしら?その優秀なお姉様からうちのバカ息子を奪ったんだから、それぐらいできてもらわないと困るのよ」
「奪っただなんて!?」
酷い言い方だ。お姉様とカール様の間には愛がなかった。それは本人たちからしっかりと聞いている。だから、決して奪ったわけじゃない。もちろん、二人が恋人同士だったのなら私だって涙を呑んで自分の気持ちに蓋をした。
「二人の間に愛情がなくて結構。毛嫌いしていても構わないわ」
王妃様はまるで私の考えが分かっているようだ。言葉にしなくても、私が言おうとしたことを先回りして封じていく。
「政略結婚とはそういうもの。貴族にとって大事なのは血を繋ぐこと。国の為、民の為、より優秀な血を残すこと」
「そんなの空しいだけです。誰も幸せに何てなりません」
王妃様は一体何を言っているのだろう。愛のない結婚なんてあり得ない。
「平民の考えではそうかもしれませんね。でも、貴族は違います」
「平民も貴族にもみな、平等です。考え方に違い何てありません」
ひゅっ。
「っ」
風を切る音がした。それに気づくよりも早く王妃様のドレスと同じ赤い派手な色をした扇子の先が私の喉元をついていた。まるで、いつでもその首を取れるのだと言っているみたいに。
「多くの貴族と王族が国の為、民の為に自分の人生を捧げてきました。時には不幸になると分かっていても貴族の義務を果たしたものもいます。過去にも現在にも。そういった犠牲を払う必要のない平民と我らを同じにするでない」
低い声でそう王妃は言った。
そこには、さっきまでにこやかにしていた王妃の面影などまるでない。声を荒げているわけでもないのに、むしろそれが余計に怖かった。
「王族も貴族も国と民の奴隷。故に、特権が与えられる。故に、貴ばれる。忘れるでない。お前は確かに元は平民だった。平民として暮らしていた。お前の血には確かに半分は母の、平民の血が流れている。だが、お前は。お前たち母娘は公爵の手を取った。貴族になることを選んだ。ならば、いつまでも平民気分でいられては困る。忘れるでない。我ら王族にとって必要なのは国と民を守ることのできる優秀な王妃と王、その跡継ぎだ。その条件が満たされるのならバカ息子の相手など、お前でも姉でもどっちもでいい」
どっちでもいい。そんな残酷なことってあるだろうか。そんなひどい言葉があるだろうか。私に対しても、お姉様に対しても失礼である。幾ら王族だからってここまで軽んじられないといけないの。
私はただ、カール様が好きで、カール様も私を好きで、だから一緒に居たいと思っただけなのに。
「今日はここまでにしましょう。今やったところで身が入らないでしょうし、時間の無駄」
いつの間にかいつもの優しい王妃様に戻っていた。その変わり身の早さについていけない。
戸惑う私に王妃様は立ち上がり、近づく。座ったままの私に目線を合わせるために腰を下ろし、ぷっくりと赤い口紅で彩られた口を耳元に持ってきて、囁く。
「いいのよ、逃げても」
まるで悪魔の囁きのようだ。
全身を巡り、蝕む毒のようにその言葉が私の体に停滞していた。
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