第14話 sideマリアナ
「実は、先ほどカール様と婚約することが決まりまして」
「そう」
平然とされるお姉様に私は驚いた。
「あ、あの、驚かれないのですか?」
私の質問にお姉様は呆れたようにため息をつき、まるでバカな子でも見るような目で私を見る。お姉様が私をそんな目で見るはずがないのに。いけないわね。そんな目で人を見ては。お姉様は決して人を馬鹿にする方ではないわ。
お義母様の死で多少、人嫌いにはなっているみたいだけど。それでも私には変わらず、優し方だもの。
「あの流れで、それぐらい予想できるわよ。それに、だいぶ噂にはなっていたみだいし」
「噂?」
私が首を傾げるとお姉様は再度ため息をつかれた。
よほどお疲れなのか、眉間に寄った皴を揉む仕草をする、お姉様の姿はまるで疲れ切ったお父様と重なった。やはり、婚約破棄のことが堪えているのだろうか?
恋人同士が破局するのは平民ではよくあることだけど。お姉様は幼い頃からカール様と婚約されているし、その分ショックも大きいのかしら?
私はやはり、お姉様の為を思って身を引くべきなのかしら?
心にズキンと痛みが走る。でも、仕方がないのだ。お姉様の婚約者を愛してしまった私が悪い。やはり、ここは涙を呑んで諦めるべきなのだ。
愛し合う二人を別れさせるなんて非道、私にはできないもの。
そう決意をして私が口を開こうとした時、それよりも先にお姉様が口を開いた。
「噂になっていたのよ。あなたとカール様の仲が」
「私がカール様とお友達になったことがですか?」
私の言葉をお姉様は鼻で笑った。そんなに、おかしなことを言っただろうか。
「恋仲だと」
「え?」
予想外の言葉に私はお姉様を見つめる。そんな私にお姉様は気づいてはいないのか、話を続ける。
「平民上がりの妹が姉から婚約者を奪い取ろうとしているって社交界では噂になっていたの。知らなかったの?」
「そんなのでたらめです!誰がそんなことを」
酷い。酷すぎる。私とお姉様の仲を引き裂こうなんて。私たちは仲のいい姉妹なのに。それをそんな下世話な話をでっち上げて。
お姉様が信じるわけないわよね。
少し不安に思いながら私はお姉様を見た。お姉様は優雅な笑みを携えて私を見ていた。
良かった。お姉様はちゃんと私のことを信じてくれる。そうよ、聡明なお姉様のことだもの。あんな変な噂を信じるはずがないわ。
「事実何て、どうでもいいのよ。社交界とはそういうところ。本人の意志も、真実も関係ない。憶測が憶測を呼び、憶測が虚ろに形を形成させる。そして虚ろはやがて消えることのない事実として存在するのよ」
お姉様の言っているが私には分からなかった。
「でも、そんなの否定をすれば」
「あら。否定をするだけ、真実味を帯びることもあるわよ」
「誠意をもって接すれば分かってくださいます」
私の言葉にお姉様は思案する。そして、こてんと首を横に傾ける。
「だから、あなたは私に誠意をもってお知らせに来たのね。自分と殿下が婚約されると」
ああ、そうだった。いけない。忘れていたわ。あまりにも、お姉様の言葉が衝撃的だったから。
「はい」
「そう。私に嫌われるとは思わなかったのかしら?」
「少しは考えました。でも、お優しいお姉様のこと。誠意が伝わればお許しになったくださるかと」
私の言葉にみしりと音がした。一つはお姉様の後ろに控えている護衛から。もう一つは私の斜め前にいるアンナのポットを握っている手から。
いったい何の音だろう?
音に気を取られているとお姉様が急に大声を出して笑い出した。お姉様のそんな顔を見たことがないので私が驚いた。それはアンナやジルも同様で、あの何に対しても無反応な彼女が目を丸くしてお姉様を凝視していた。
「あ、あなた、最高ね。最高だわ。これほど笑ったのは人生で初めて。知らなかったわ、笑うって案外気持ちが良いのね」
目に溜まった涙を人差し指でこすりながらお姉様は尚もお腹を抱えて笑っていた。
よくは分からないが良かった。カール様との婚約破棄でショックを受けていると思っていたけど、思ったよりも元気そうで。それに、お姉様を笑わせることができたみたいだし。
これを機にお義母様の死を乗り越えて、元気で明るいお姉様になってくださると嬉しいのだけど。
「明日からの王妃教育、せいぜい頑張ることね」
「はい」
お姉様が応援をしてくれている。そう思うだけで嬉しくて、舞い上がっていた私はもうお姉様の言葉が耳に入っては来なかった。
「純粋無垢、真っすぐなだけでは王妃は務まらないわ。せいぜい、自分の甘さに苦しむことね」
だから、私は気づかなかったのだ。ここに入ってからずっと笑みを携えていたお姉様の目が決して笑ってはいなかったことに。お姉様に仕えている使用人たちの目が私を蔑んでいたことに。
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