第8話

マリアナも義母も、いつも私のことを気に掛けてくれる。

別館に住む私を心配して毎日顔を見に来てくれる。恃んだ覚えはないけど。

誰かの為に実質的に動ける人を良い人だと言うのなら義母と義妹はまさに良い人なんだろう。

ならば、それを受け入れられない私は悪い人なんだろうか。


義妹のように素直ないい子になれれば良かった。


◇◇◇


なんて干渉に浸っていられたのはほんの僅か。

私は目の前の出来事を前に顔を引き攣らせていた。

「・・・・最悪」

私は今、学園に来ている。私の義妹と婚約者の通っている学園だ。

心優しき義妹が父に「お姉様にも学園の素晴らしさを知って欲しいわ」とほざいたので私は今日から学園に通うことになったのだ。

滅多に社交界に出ることなく、お茶会を開くこともない。学園にも入学していない私は社交界では様々な憶測が飛び交っている。

曰く「不細工すぎて表に出れない」

曰く「病弱で外に出ることができない」

曰く「既に死んでいる」

などなど。なぜ、そんなことを知っているのかと言うとたまに出るお茶会で知り合いになった親切な友人が教えてくれるからだ。

極めつけがマリアナの存在。

私は途中転入という形で二年生の教室に入った。勉強は家庭教師がついていたし、ここは勉強よりも交流が目的の場なので問題はない。

決められた席はないので開いている席に適当に座る。向けられる好奇の視線に早くもため息が出る。

マリアナが貴族しか通えないこの学園に通えているということは、公爵家は彼女を貴族として認めているということ。しかも滅多に社交界に出ない私よりも全面的に表に出しているということだけで様々な憶測を呼ぶ。

彼女を公爵家の跡取りとしているのではないかと。もちろん、女が公爵位を継ぐことは基本的にはない。よっぽどの事情がない限りは。

なので夫となる者が公爵位を継ぐことになる。つまりはマリアナの夫だ。

父はそのことを明言してはいないけど、その可能性はなくはない。私はカール殿下の婚約者としていずれ家を出る身だから。

それでも周囲にはこう見えているだろう。私がぽっと出の平民に公爵家を追われたと。

「学園生活の素晴らしさ、ね」

笑顔で私のそう言ってきた義妹の顔が頭に浮かぶ。

彼女がいなければ少しは理解できたかもと皮肉ってみたところで意味はない。

「お姉様」

ざわりと教室の空気が揺れた。原因は私の義妹だ。教室を見渡して、私を見つけたかと思う嬉しそうに私のところに駆け寄ってきた。先輩の教室によくずかずかと入って来れるなと感心していると、彼女の後ろにいる人物を見て思考が停止した。

・・・・カール殿下

なぜ、彼女と私の婚約者が一緒にいるのだろう。

「お姉様、学園生活はどうですか?」

「どうって。別にまだ来たばかりだから」

「あ、そうでしたわね。申し訳ありません」

なぜ、そこで落ち込む。そしてなぜカール殿下は私を睨みつける。別に何もおかしな対応はしていなかったと思うけど。

「あ、そうだ。カール様とお話してたんですけど。まだ不慣れなお姉様に学園を案内してはどうかと」

「あなたとカール様が私を?」

「はい」

嬉しそうに言うマリアナ。その隣にいるカール殿下は不機嫌そうで、とても心から私に学園の案内をしたいとは思っていなさそうだ。

「マリアナからお前についていろいろ聞いている」

いったい何を話しているのかカール殿下の態度からとても気になる。

「カール様には勉強を見ていただいたり、相談にのってもらったりといろいろお世話になっていますの。カール様はとてもお優しいのですね、お姉様。そんなカール様を婚約者に持てるお姉様がとても羨ましいですわ」

“カール様”。殿下をつけずに、名前で呼ぶなんて本来なら不敬罪ものだ。しかも婚約者ではない彼女がそれを許されているということは様々な憶測を呼ぶ。

たとえば、二人は既に男女の関係にあること。私が義妹に婚約者を寝取られているのではないかなど。

周囲を見渡すと不快気に眉を潜めるものもいれば私に哀れみや嘲笑の笑みを向けるものがいた。

「・・・・殿下と随分と親しくなったのね(私を差し置いて)」

「はい。カール様に良くしてもらっていますわ」

「婚約者である私よりも親しいのね。(立場を弁えなさい)」

「まさか。お姉様とカール様が相思相愛なのは知っていますわ。私なんかお姉様の足元にも及びませんもの」

嫌味かしら。

マリアナは満面の笑みで本当にそう思っているようだった。

平民として育った彼女は鈍いところがある。貴族風に遠回しに嫌みを言っても全く通じない。後でしっかりと言っておいた方がいいかもしれない。

「学園の案内だけど。殿下のお手を煩わせるわけにはいかないわ。クラスの子に頼んで、追々覚えていきます。顔見知りもいますし」

「でも、お姉様は今日が初めて。まだ親しい人はいらっしゃらないでしょう」

遠回しに私も友達がいないと言っているのかしら。確かに滅多に表にはでないけどそれでも貴族の付き合いでお茶会に出席することはあるし、それなりに親しくしている人もいる。

「貴族には貴族の付き合いというものがありますの」

「それはつまり、マリアナの出自を馬鹿にしているのか」

不機嫌そうにカール殿下が言う。

「なぜそうなるのかしら。私はお茶会などで知り合った人もいるという意味で言ったんです。決して馬鹿にしはわけではありませんわ」

「ふん。家ではこれ見ようがしに別館に住んでいるそうだな。元平民である公爵夫人とアリアナと同じ空気も吸うのも嫌だと態度で示しているのだろ」

「何を仰っているのか意味が分かりませんわ」

「そうです。違いますわ、カール様。お姉様はそのような方では」

マリアナはカール殿下の袖を引いて弁明する。そんなマリアナにカール殿下は優しく微笑む。決して私に見せたことのない笑みだ。

「姉を庇いたい気持ちは分かるが、無理をすることはない」

「無理何て。私はただ、お姉様は優しい方だと言いたくて」

どうしてだろう。こういう時に、そんな庇われたかたをすれば、私の評価は下がり逆にマリアナの評価を上がる。まるで負の連鎖のように。

今の二人の会話でマリアナがカール殿下に何を話し、そしてカール殿下がどのような解釈をしたのかが私には分かった。それに気づきもせずにマリアナは必死に私を庇う。とても滑稽なこの光景はまるで三文芝居を見ているようだった。

「学園の案内は必要ありません。マリアナ、あなたに心配されたくもありません」

「お姉様」

「エマっ!」

傷つき顔を俯かせるマリアナ。そんな彼女を見て私に憤るカール殿下。全てが煩わしかった。

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