第5話
思ったよりも早く帰ってきた私にアンナもジルも驚いた顔をしていたけど、勘の良い二人だ。何かあったのだろうと察して深く聞いては来なかった。
◇◇◇
お茶会から数日。何かにつけてルルシアもマリアナも私がいる別館へ訪れる。彼女たちは一人、別館にいる私を気遣っているつもりなのだろう。
いい迷惑だ。相手をする度に心がすり減っていく。
彼女たちは良い人なんだと思う。純粋に私のことを気遣い、心配してくれる。でも彼女たちのせいで母は死んだ。その現実に私の心は荒む。
彼女たちのせいで母は死んだ。なのに家族面して。能天気に笑うマリアナを見て何度縊り殺したいと思ったことか。
「君の妹に会った」
久しぶりに私の婚約者であるカールが家を訪ねて来た。長めの金色の髪を黒いリボンで括り、横に垂らしている。エメラルドの瞳は意思の強さを表すように鋭い。
端正な顔立ちに細く、長い手足。貴族令嬢に絶大な人気を誇り、正義感に満ちた私の婚約者であり、バラーシュ王国の王太子だ。
「なかなか素直でいい子じゃないか」
ソファーに腰かけ、長い足を組みながらカールはアンナの淹れた紅茶の匂いを楽しむ。
「どこでお会いになったんですか?」
「学園だ。下見に来ていた」
貴族の令嬢や子息が通う学園は十五歳から入学が可能だ。強制ではない。家の為に有力貴族と親しくなるため殆どの貴族が通う場所。
『学園』と謳っているので一応勉強もする。諸外国についてや自国の歴史についてなど。けれど貴族の子供たちは幼い頃に家庭教師をつけて習うので学園での勉強は復習に近い。
そもそも勉強することが目的ではなく社交が目的なのだ。領地に籠りがちな貴族に協調性やコミュニケーション能力を身に着けさせることも目的の一つだ。
私は別館から出してもらえず、軟禁されるように今日まで来たため当然だが学園に通ったことはない。
だが、義妹は通えるようだ。父におねだりでもしたのか、あるいは父の計らいか。
「そうですか」
「君も通ったらいいのに。一緒に学園生活を送ることでマリアナ嬢と仲良くなれるかもしれないよ」
別に仲良くなりたいとは思わない。寧ろ無関係でいたいぐらいだ。
「彼女は確かに愛人の子だし、平民だ。でも、身分で差別するべきじゃない。義理とはいえ自分の妹にお茶会で恥をかかせる行為は褒められたものじゃない」
カールの目が鋭くなり、私を睨みつける。いつでもお茶のおかわりができるように準備をしていたアンナの手に握られたポットがみしりと音を立てた。
「恥をかかせた?何を言っているのか分かりませんわ。妹のドレスが汚れたことを言っているのであれば、それをしたのは私ではありません」
私の言葉にカールの目は更に厳しくなる。
私は今まで両親の気を引こうと我儘放題。私の我儘についていけなくなった使用人が何人も辞めて行ったため、私の悪評はまぁまぁ社交界に広まっている。カールもそれを知っているから色眼鏡で私を見ている節がある。
大方、今回も私がわざとしたとでも思っているのだろう。
優しく、正義感にあふれた立派な殿下は平民というだけで虐げられるマリアナが哀れで、守ってあげなければという庇護欲をかきたてらているのかもしれない。
まぁ、何をしても無駄だと悟った時から我儘を言うこともなく、使用人が辞めていくことも減った。心を壊した母の言動についでいけずに辞めていく人もいたけど。
「エマ。俺は差別も虐め嫌いだけど。嘘をつかれるのはもっと嫌いだ。エマ。俺たちはいずれ結婚して夫婦になるんだ。そんな相手に嘘をつくのはどうかと思うが」
「いつかは夫婦になる相手の言葉も信じられないことに私は不満です」
私とカールは暫く無言でにらみ合った。やがて私には何を言っても無駄だと悟ったのかカールは深いため息をついた。気持ちを落ち着かせるように冷めてしまったお茶を飲む。
「いい機会だ。君も学園に通い、人としての付き合い方を学んだ方が良い。邸に籠ってばかりでは分からないことも多い。俺から公爵に進言しておこう」
「必要ありませんわ」
いい迷惑だ。けれど、カールは首を縦には振らない。
「そうやって全てを拒んではダメだ、エマ」
善意での申し出なのだろう。学園に興味がないわけではないけど。それでも今更のような気がする。
それにマリアナを貴族の通う学園に通わせるということは誰かを婿入りさせて公爵家を継がせるという父の意思表示でもある。
私は愛人とその子供に公爵家を奪われた令嬢として社交界に認知される。表立って噂されることはないだろうけどそういう視線にさらされるのだ。そんなの御免だ。
でもカールは分かってはくれない。彼はいつもそうだ。勝手に決めて勝手に行動する。私の意思を聞きはしても聞き入れてはくれない。
今回だってまるで全てを拒絶している私が悪だと決めつけ、そんな婚約者を諭すいい男に徹しているつもりなんだろうけど。本当に良い迷惑だ。そんな演目は他所でやってほしいものだ。
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