第4話
そして来てしまったお茶会当日。
別に待っていない。そう思ったところで夜は明けてしまうもの。
重たい体を起こして私は久しぶりに一人の食事を楽しむ。
あんないるだけで不快な人たちと食事するのは疲れる。一人の方が気楽だ。できれば、義母と義妹がくだらない優しさ精神?偽善精神?から一緒に食事することを提案しないで欲しいものだ。
父は母と似ている私をできるだけ視界に入れないようにしているのであの二人が余計なことさえしなければ私の平和は保たれるのだ。
食事を終えてすぐにお茶会の準備。私は家族とは違う馬車で行った。父は何も言わなかった。義母と義妹は不満そうではあったけど無視した。
◇◇◇
嫌でも向かっているのだから馬車は私の気持ちを裏切るように順調に進み、お茶会の会場についてしまった。
「ここがお茶会。とても素敵だわ」
白をベースにしたドレスにピンクのフリル。胸元にはピンクのリボン。リボンの真ん中にはルビーがつけられていた。
この日の為に父がマリアナ用に仕立てたドレスだ。子供らしさがにじみ出る可愛らしいドレスじゃないと私は朝、感想を求めてきたマリアナに言ってあげた。
嫌味のつもりで言ったのにマリアナは嬉しそうに頬を染めていた。
当然だけど父と使用人は私の嫌味に気づいている。父は額に青筋を立てて私を睨みつけていた。怒鳴らなかったのはルルシアもマリアナも気づいていなかったから。わざわざ怒って気づかれる必要はないと判断したのだろう。
私のドレスは青をベースにしたマーメイドドレス。ふんわりと裾が膨らんだマリアナとは対照的に体のラインがしっかりと出るドレスになっている。
父は壇上に上がり、集まった貴族たちにルルシアとマリアナを紹介した。
笑顔で必死に覚えた淑女の礼を取るマリアナと若干、緊張しているせいか顔を強張らせながら礼をするルルシアを私は父の隣で観察していた。
もちろん、紹介をしている時の貴族たちの反応も。
「あれが、平民の?」
「よくやったわよね。彼女たちも」
「貴族のお茶会に平民が出るなんて。いつから貴族のお茶会はゴミのたまり場になったのかしら」
などと嘲りの声が聞こえる。
扇子で口元を隠し、小声で話しているけれどルルシアの表情を見る限りばっちり聞こえているようだ。対して、愛想を振りまくのに忙しいのかマリアナには聞こえていない。
私の隣にいる父の耳にも入らなかったようだ。
簡単なお披露目を終えた後は父が二人を連れて貴族に挨拶周りを始めた。私は同行する必要がないので適当にお茶会を楽しむことにする。
「エマ様」
赤い髪と目をした大人しそうな子が私の所に来た。彼女は私の友人、アフネス・ボルソワ。ボルソワ男爵の令嬢だ。
夜会などでは下の者から上の者に話しかけてはいけないけれど、お茶会などはそういったルールが緩めになるのでアフネスが私に話しかけて問題はない。
「お久しぶりですわね、アフネス」
「はい。またお会いできて嬉しいですわ。お母様のこと、お悔やみ申し上げます」
「ご丁寧にありがとうございます」
喪に服している間は夜会やお茶会の参加は自粛されるし、わざわざ招待状を送る馬鹿もいないので会うのは一年ぶりになる。
「お久しぶりです」と、アフネスに引き続き私の元にたくさんの令嬢を集まった。みんな私の取り巻きだ。
私は公爵令嬢でカール殿下の婚約者なので群がるアリは多い。
「あ、あの、お姉様」
一年ぶりに会った知り合いに挨拶をしていると恐る恐る近づく影が。私の周囲にいた人たちは一斉に話すのを止め、声をした方を見る。
一度に多くの視線を集めてしまったことにビックリしたマリアナだけど、それでも彼女はにっこりと笑って私に近づいた。大物だ。この空気の中割って入ろうだなんて。
それても馬鹿すぎて空気が読めなかったのだろうか。やはり、平民と貴族では読む空気の種類すら違うようだ。
「お姉様のお友達ですか?」
「ええ」
何か期待をするような目で義妹は私を見てくる。ああそう言えば、友人を紹介しろと言われていたんだっけ。
「皆様。私の妹、マリアナです」
「あ、あの、マリアナです。お姉様共々、仲良くしてくださると嬉しいです」
そう言ってドレスの裾を持ち上げて軽く礼をするマリアナ。礼をしているため低くなっているマリアナの頭に取り巻きの一人、カルラ・クリスティアーノ伯約令嬢がお茶をかける。
「えっ」
冷えているお茶なのでマリアナが火傷することはなかった。ただ。白いドレスにお茶の染みは目立つ。着替えなければお茶会の続行は無理だろう。
こういうことを想定して普通は替えのドレスを持ってくるものだけど、こんなこと想定もしていなかったのだからら当然マリアナは替えのドレスを持ってきてはいない。
驚くマリアナにカルラは微笑む。
「嫌だわ。平民のくせに私たちと仲良くできると思っていたの?」
「厚かましいですわね」
「あ、あの、私、その」
困惑し、どうしていいか分からないマリアナは助けを求めるように私を見る。
これぐらい自分で対処しろよ。
「皆さん、平民とはいえ公爵家の。私の身内です。これ以上はご遠慮ください」
私の言葉にやり足りなさを残しながら「残念ね」と言って去って行った。私以外にもご機嫌伺いや欲しい情報があるのだろう。彼女たちは次に話すべき相手のところへ行ってしまった。
残されたマリアナは呆然と私を見る。
「あ、あの、お姉様。ありがとうございます」
「別に助けたわけじゃないわ。それよりも、こういうこを想定して替えのドレスぐらい持って来なさい」
「お姉様は想定していらしたんですか?」
「意図的にしろ、そうでないにしろ。そうなる可能性も視野に入れて準備をするのが貴族よ」
「マリアナっ!」
面倒なのが来た。親しい友人との他愛無い話にひと段落して可愛い娘の様子が気になり探していたのか。父がマリアナの惨状を見て駆け付けた。
「これはどうした?」
「あ、いえ、これは、その」
ちらりとマリアナが私を見る。それだけで全てを察したかのように父が私を睨みつける。
「なんて姉だ!妹のドレスにお茶をかけるなど!」
はぁっ!私じゃないけど。しかも、大声で怒鳴ったものだから注目されてるじゃない。何この状況。最悪。
「あ、あの、違うんです。お父様。お姉様は悪くないんです」
「いいんだよ、マリアナ。こんな奴を庇わなくても」
「いえ、庇っているのではなくて」
不思議ね。マリアナは間違ったことを言っているわけじゃない。
実際に私は何もしていない。でもマリアナが私を庇えば庇う程、私は妹に意地悪をする姉。そんな姉を庇う健気な妹という印象をみんなに植え付けさせる。
現に、マリアナが私を庇う度にお父様の私を見る目は険しくなる。
これほどの注目度だ。お茶をかけた張本人は足が竦んで出られなくなっている。視界の隅に移っているその張本人は顔を青ざめ、今にも倒れそうだ。
「彼女が躓き、自らお茶を零した。それが真相ですわ。確かめもせずにそのような決めつけは止めて下さい」
「白々しい。妹が気に入らないからとこのような悪行に及んだんだろう」
「まぁ。心外ですわね。でも、私が彼女を気に入らないと思っていることに心当たりでもあるんですか?」
「そ、それは」
言葉に詰まった父は視線を彷徨わせる。そこで漸く自分たちが注目されていることに気づいたようだ。
そんな中で言えるわけがない。マリアナが愛人の子だから私が気に入らないのだと。自分の不貞を堂々と言うバカはいない。
「マリアナ、来なさい。新しいドレスを用意させよう。エマ、お前は罰として邸に帰れ。これは当主命令だ」
「畏まりました」
逃げるように父はマリアナを連れて一旦お茶会の会場から退出した。こういうことを想定してお茶会の主催者がドレスを何着か用意しているものだ。
今回のお茶会の主催者は父の古くからの友人だ。彼が快く受け入れてくれた。
何せ、大切なお披露目会。私が主催者では不満があり、平民の義母は当然、主催などできない。父は喪に服している間に溜まってしまった仕事を片付けるので手一杯。お茶会の主催者としていろいろ手配する時間がなかった。でも、早く貴族社会に溶け込めるようにお披露目をしたい。
そんな父の馬鹿な悩みに馬鹿な友人が答えた結果、開催られたお茶会。馬鹿な人間のせいで成功したとは言い難いな。
「あ、あの、エマ様。私」
みんな何事もなかったかのようにお茶会を再開したことでようやく金縛りが溶けたのかカルラが震えながら私の所へ来た。
「ブーメランのように悪行が返ってくることがある。もし次もやる気なら、それを理解したうえで実行することね」
「は、はい」
カルラは深々と頭を下げてお茶会を退出した。
私もそれに続くように会場を出る。
ドレスを着替え終わった後はまた両親はお茶会を再開するのだろう。そう考えると早めにこの怠い役割から解任されたことは不幸中の幸いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます