第14話誘拐事件⁉︎【中編】
森へ行く道は馬で駆け、森の入り口に馬を繋ぎ、いよいよ『スフレアの森』に足を踏み入れた。
精霊獣は人に幸福を与え存在だが、野生ともなると普通の獣よりも危険だ。
危害を加えれば、反対に人を呪って不幸にすると言われている。
まあ、それでも南側の国々に出ると言われる魔獣よりはマシだろうか。
なんでも魔獣は、人を襲って食べてしまうというもの……。
南側には神獣の森……『スフレの森』や『スフレアの森』に面していない国々がある。
そういうところには、魔獣が出るんですって。
魔獣が出るのは神獣や精霊獣のご加護が届かないから。
と、言われている。
メルヴィン様が騎士を二人連れ、先陣を切って森へと入っていく。
私たちはその後ろ。
「あの騎士たちは……」
「我が国の精鋭、第一騎士団と第二騎士団の団長」
「お若いですね」
「ん?」
「……は、はい?」
二十代くらいだろうか。
我が国の騎士団団長はもっと年老いている。
だから、何気なく言ったのだが、エルスティー様の笑顔が急に怖くなった。
「僕の方が若いよ」
「は? はあ。見れば分かりますが?」
「剣技に関してはまあ、プロである彼らには敵わないかもしれないが……」
「なんのお話ですか?」
「彼らのような屈強な男が好みなのかと」
「そ、そういう意味は一切含んでおりません」
なんなのこの人本当にもう!
急に真顔で色々言い出したと思ったら!
……し、嫉妬したというの?
あんな、私の些細な言葉で?
ん、んもぉ〜……どう反応していいのか、分からない!
とりあえず今の自分の、多分緩んでしまった顔は見せられないわ。
そう思って、拗ねたふりをして顔を背ける。
平常心、平常心。
大体、お断りしなければいけないんだから、嫉妬などされても困るのよ。
どうして少しだけ嬉しいと思ってしまうのだろう。
エルスティー様の事は別に、殿方としては、まあ、魅力的な方だとは思うけれど……、恋情的なものは抱いていないはずなのに。
「まあ、確かにあの筋肉は良いよね」
「……ど、同意を求めないでください……」
困る。
そんな、じっくり殿方の体を見た事などないのです!
エルスティー様って異性、じゃない同性のそういうところを見ていたのか……。
ん?
じゃあまさか……。
「エ、エルスティー様は、まさか私のこの身もそのような目で⁉︎」
「え? 見てるよ。当たり前じゃない。好いた者の顔体、表情仕草は勝手に見てしまうものだもの」
「っ!」
「エルスティー! セイドリック殿、ここは神域だぞ! もう少し気を張ってもらってもいいだろうか!」
「す、すみませんメルヴィン様!」
そうだった、ここは神域……『スフレアの森』!
咳払いでごまかして、前を向き直る。
少し拓けたところを通っているが、木の根や草木、落ち葉などで歩きにくい。
こんなところで戦闘になれば足下には十分気を付けないと……。
草や落ち葉で、地面に出ている根に躓いて転びかねない。
こういうところを歩くと、普段通る道がいかにありがたいか実感する。
耳を澄ませ、辺りの気配を探りながら前方の三人に遅れないように歩く。
エルスティー様も、メルヴィン様に注意を受けてからは黙り込んで周囲を警戒しており、さすがに先程のようなふざけた表情は消えていた。
「止まれ!」
突如聞こえた声に足を止め、全員が腰の剣に手を掛ける。
しかし、引き抜く前に「動くな!」と野太い声が響く。
……姿は見えない。どこだ?
それに、自作自演ではなかったのか?
男の声……これは一体……?
「へへっ、どこかで見たガキだと思えば!」
「む?」
「ジルの森ではよくもやってくれたな⁉︎」
「……ジルの森?」
別な男の声。
他にも何人かの気配。
しかし、上手く森に溶け込まれ隠れられている。
というか、ジルの森?
ザグレとロンディニアを隔てる森の事か?
んん?
あの森で?
んー……?
「僕らジルの森に行った経験はないけどな。セイドリック、なにか覚えはあるかい?」
「えーと……」
「忘れてんじゃねぇ! こちとらあの日以来、テメェの顔を忘れた事はねぇぞ!」
「そーだそーだ!」
「こいつぁツいてる! 俺たちにも運が回ってきたなァ! えーと、王子じゃねぇ、ガキ! テメェだテメェ! テメェが身代金を持ってこい! いいか、夕方までに用意しろ! 金はテメェが持ってくるんだ!」
「身代金だと?」
どういう事だ?
辺りを見回すと、木の上から男が落ちてきた。
華麗に着地して、剣をこちらに向ける。
「ふはーははははは! ここであったが百年目だなぁ! ガキィ!」
「誰だ貴様」
「はあ⁉︎」
その剣先は私に向けられているし、男が見ているのは私のようだ。
それに、この中でガキ……子どもに見えるのは私だけだろう。
メルヴィン様もエルスティー様も成人にはやや届かない容姿だが、私に比べれば大人に見える。
ふむ?
「テメェが俺様の太腿を刺し、縄で縛って森に放置しやがった恨み! あの日以来、一日たりとても忘れた事ぁねぇ!」
「…………。…………?」
「いい加減思い出せぇぇぇぇ!」
ダメだ、思い出せない。
いつの賊かしら?
「まあ、いいです」
「よくねーよ!」
「身代金と言いましたね。まさかミーシャ嬢を誘拐したのは……」
「はははは! その通り! なんか知らねーが誘拐依頼されたから誘拐してやっただけだ!」
「…………」
エルスティー様とメルヴィン様に目配せする。
これは、厄介な事になっているわ。
ミーシャ様、よりにもよってならず者を雇って自分を誘拐させたの?
でも、最初に届いた手紙の事を思うと……。
「……なるほど、計画をならず者たちが勝手に変更したと見える」
「要求に応じましょう。ミーシャ様の御身を最優先に。よろしいですね?」
「もちろん」
小声でエルスティー様とメルヴィン様に同意を頂く。
森の特性を……まさかこのならず者たちは知らないのだろうか?
貴族なら当然知っているし、平民たちも王族貴族の振る舞いを見て、森は穢してはならない場所と心得ている。
しかしこのならず者は、装備を見るからに冒険者崩れだわ。
渡り歩いているのなら、知識としては知っているのかもしれないけれど本来の意味で理解していないのかも。
まずい。危険すぎる……。
今はこいつらを刺激して、森を騒がせるわけにはいかない。
一度退いて、状況の整理と態勢の立て直しが必要。
声が複数聞こえた事を考えると、当然この男には仲間がいるはず。
我々五人では、戦力的、状況的にも不利。
強行してはミーシャ様に危害が及ぶ可能性も高い。
だが、退く前にいくつか聞かねばならない事があるな。
「身代金の額は? 額によっては私一人で運べなかったり、準備に時間がかかる事もあるぞ! それと、ミーシャ嬢の無事を確認させよ! 身柄が無事でないのなら、こちらに金を支払う義務はない! 金とミーシャ嬢の身柄の引き渡し方法と場所はどうする!」
「い、いっぺんに色々言うんじゃねぇ!」
…………そうか、アホなのか。
困ったな。
「ではまずミーシャ嬢の無事を確認させろ」
「し、仕方ねぇな……アニキ!」
「仕方ねぇな」
なにやら似たような事を言いながら、別な男が木の陰から縄で縛られ、轡をされた少女を連れてくる。
二人は確実……。
だが、先程聞いた声とはまた違う。
さっきの声の男たちと合わせて六人……。
かなりの人数だな。
「んんんー!」
「……無事のようだな」
ホッとメルヴィン様がため息をつく。
確かに、両手は後ろ手に縛られているようだが、轡越しでも叫ぶ元気があるようだ。
「個人的には見捨ててもいいのだけれど〜」
「エルスティーっ」
「エルスティー様っ」
こ、の、方、はっ!
「こほん。ミーシャ嬢の無事は確認した。では次に身代金の金額を提示せよ」
「そ、そうだなぁ」
ヒソヒソ、とミーシャ嬢を捉えていた男が後ろの木の裏から顔を出した男と会話し始める。
ここからでは声は聞き取れないが、顔は確認できた。
「金貨千枚だ!」
「多い! それは夕方までに用意できぬ! 減らせ!」
「え? じゃ、じゃあ五百枚くらい……?」
「ならん、多い! 三百だ!」
「さ、三百か……で、でもそれは——……」
「いかがでしょう? メルヴィン様」
「うむ、そのくらいなら夕方までに用意できるだろう」
「よし、では三百枚だ! 受け渡し場所は森の入り口! ミーシャ嬢を入り口のところへ座らせておけ! 夕方までに袋に入れた金貨三百枚を、私がお前たちのところへ持って行く! 傷一つつけてみろ……その場でお前たちはザグレの騎士たちに踏み潰されるだろう!」
「うっ……」
とにかく森の中から引きずり出さねばならない。
ここは神域。
今こうしているだけでも正直危険なのだ。
身代金の金額を上乗せされる前に、踵を返して森を出た。
はあ、全くなんて厄介なことに……。
「ぶふう!」
「な、なんですか⁉︎」
「い、いや、まさか、身代金を値切りすると思わなくて……ふふふふふっ!」
「だ、だって金貨千枚だなんて重すぎます……! 箱に入れねばならないではありませんか!」
「確かにセイドリック殿の細腕では、箱に入った金貨千枚など重すぎて持てないでしょうね。袋に入れて持っていける枚数としては妥当でしょう」
「ふふふ、誰も彼女の価値とは言わないね〜」
意地の悪い言い方をするエルスティー様。
別にそうは言ってないわ。
父親の公爵に彼女は、すでに見捨てられている。
だから身代金を値切りしたわけじゃない。
自分の持てる重さを考慮し、迅速に用意できる価格と、あの残念そうな頭ならいけると思ったから行ったのだ。
あの様子では提示した金貨の枚数がどれほどのものなのか、全然分かっていない。
森の入り口に繋いでいた馬で一路、公爵のいる学園に戻り、メルヴィン様は城から応援の騎士を呼んでくる。
なんにしても、彼女の誘拐事件はもはや冗談ではなくなった。
身代金を要求してきた賊の出現に、エーヴァンデル公爵はかなり動揺していたが、すぐに邸に戻って金を準備してくると出て行く。
が…………。
「戻ると思うかい?」
「え? さすがに戻ってくるのでは……」
「どうだろうな。公爵からすれば一度切り捨てた娘だ。金の準備に時間がかかったと言って、時間稼ぎをするかもしれない」
「っ……」
そんな……。
公爵からすればこれはチャンスのはず。
娘の自作自演ではなく、本当に賊に誘拐された、と言える絶好の……。
それを棒に振ってでも娘を見殺しにするというのか?
馬鹿な!
エルスティー様とメルヴィン様は表情を険しくする。
この国の貴族はそこまで?
いや、しかし……まだ昼だ。
時間はある。
「メルヴィン様、エルスティー」
「シルヴィオ様。……お騒がせして申し訳ない」
「構わないよ。僕はブリニーズの者を一度借りている邸へ連れて帰る。まだ騒動は治りそうにないのだろう?」
「は、はい」
シルヴァーン様を従えたシルヴィオ様が、廊下の角から我々のいる玄関前に現れる。
メルヴィン様が険しい表情のまま謝罪されると首を横に振った。
そして、一度瞳を閉じて……考えた後に深みのある翡翠の瞳を開かれるり
エルスティー様よりも幾分濃い瞳。
それが、細められる。
「シルヴィオ、ここまでは君の予知夢通りかい?」
「おや、バレている?」
「当たり前だろう。精霊獣の加護を受けた君ならこの事態は予知できていた、よね?」
「…………」
エルスティー様が同じように目を細めて問う。
笑みを浮かべたまま、髪を耳にかける……その仕草がなんというか、艶っぽいといえば良いのか。
エルスティー様にもそういうところはあるのだが、シルヴィオ様はなんというか、女性を惑わすような魔力のようなものが宿っているようにさえ思える。
深まる微笑。
妖しさすら滲ませるその微笑みに、背中が少しだけ寒くなる。
「予知夢と言っても途切れ途切れなんだよ。まあ、けれど……攫われた令嬢の妹が姉をそそのかしたのは視えたね。なので、自分から貴方方へ告げられるものはないよ。すまないね」
「……そ、それは……!」
妹のレイシャ様がミーシャ様をそそのかし、誘拐され、メルヴィン様に助けてもらえと言いながらも裏では賊を手配していた、という事か?
ば、馬鹿な……あの妹令嬢、そこまで?
「…………」
ああ……嫌だな、異母姉たちを思い出す。
あの人たちも血の繋がりより、自分たちの自尊心と私や母を蹴落とし、城から消す事しか考えていなかった。
母は元々城に住むのは願い下げだと言っていたから、城下町に邸を用意されて追い出された後も元気にやっているようだったけれど……。
あ、私とセイドリックとお父様は週末必ず追い出されたお母様が住む邸へ泊まりにいくくらいには、仲がいいけれどね?
……城は魔窟だった。
異母姉たち、そして、異母姉の母たちも私とセイドリックをとても疎んだ。
女という生き物は集団化してしまうとお父様……王でさえおいそれと手が出せないほど恐ろしいモノと化す。
彼女らが考える事はどれも醜悪。
エルスティー様の女性嫌いにとどめを刺したものは、きっとそれだろう。
なんと、お可哀想なのか、ミーシャ様……。
「それが本当ならレイシャ嬢は邪悪そのものだなぁ……。まあ、もうメルヴィンの婚約者候補から外している。どう足掻こうともその事実は覆らない。とはいえ……実の姉にそこまでの仕打ちをするとなると、他国の貴族含め、メルヴィンの婚約者候補になり得る令嬢たちになにをするか分からないね」
「っ……」
エルスティー様が冷たい眼差しで呟く。
シルヴィオ様の証言は、予知夢……夢の話。
となると、レイシャ様の計画を証明するにはミーシャ様を救い出し、賊どもも生け捕りにせねばならない。
無論、賊に誘拐の依頼をしたのはミーシャ様ご本人か、レイシャ様の息のかかった末端の人間だろう。
ミーシャ様ご本人ならば「提案しただけで本当に実行するとは思わなかった」と言えばいいし、末端の人間は当然、最初から使い捨て前提のはず。
……ますます我が異母姉たちのようだわ……。
しかし、それならば!
「エルスティー様、メルヴィン様、私に考えがございます」
「?」
「考え? なにをする気だ?」
「シルヴィオ様、ご協力願えませんか?」
「んん?」
醜悪な異母姉たちで、そういうのは慣れてるの!
見ていなさいレイシャ様。
実の姉までも陥れようというその腐りきった性根、このセシル・スカーレット・ロンディニアが叩き直して差し上げます!
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