第13話 誘拐事件⁉︎【前編】
セイドリックが心配そうに見上げてきて、私の手を掴む。
私はその心配そうな顔に「大丈夫」と微笑み返す。
が、やはり大丈夫ではない。
全然! 大丈夫じゃ、ない!
メルヴィン様、メルティ様へ、エルスティー様をご招待したお食事会の翌々日。
クラス決定から二週間目の始まり。
会話の流れでお菓子のレシピを提供する事になり、部屋に戻った私のもとへエルスティー様が現れた。
そしてこともあろうにあの方は——。
「…………」
あの方の抱えていたもの。
分からないでもないわ。
私だって王族の一員として、それなりに抱えているものはあるもの。
他国の私にそれを打ち明けてくれたのは、それだけあの方が私を信頼しての事だと思う。
それ自体は素直に嬉しいのだが……。
「おはようございます、セシル様、セイドリック様」
「‼︎」
「あ、おはようございます、メルティ様」
「一昨日はどうも。お菓子のレシピ早速シェフに作ってもらったのだわ。あれ、本当に美味しいですわね。良いものを教えて頂いたのだわ〜!」
「お気に召されたのならなによりです〜」
び……びっくりした、メルティ様か。
辺りを見回してみるけれど、メルヴィン様とエルスティー様はおられない。
ううむ、二日考えたけどやっぱりどんな顔して会えばいいか全然分からないのよね。
あと、あれは……あの言葉、告白、といえばいいのかしら……どう受け取って、どうお返事したら良いのか〜。
「セイドリック様どうしたのだわ? 頭抱えちゃって」
「一昨日からこうなのです……。聞いても『大丈夫』『なんでもない』と教えてくださらなくて……」
「まあ? お兄様、なにかご存知?」
「‼︎」
お兄様⁉︎
や、やはり近くにエルスティー様が⁉︎
「……エルスティーがなにか言ったり、なにかやらかしたりしましたか?」
「メ、メルヴィン様。い、いいえ、おはようございます」
「あ、ああ、おはようございます。本当に?」
「は、はぁ……」
メルヴィン様がメルティ様の後ろから現れた。
なので、思わずまた辺りを警戒してしまう。
いつどこからエルスティー様が現れるか分からない。
どう反応したらいいのか……。
「だから気を付けた方がいいと言ったのに」
「ぎゃーーーー!」
耳元で突然甘い声が囁いてきた。
ので、驚いて王族として、姫としてあるまじき悲鳴をあげて距離を取る。
な、なっ、なっ⁉︎
「シ、シルヴィオ様!」
「ふふふ。……ああそうだ、さっきエルスティーに会ったよ」
「⁉︎ ど、どこで……」
「玄関のところだね。教師ではない貴族の男と一緒にいたよ。なにやら空気がおかしかったけれど、なにかあったのかな? メルヴィン様、貴方はなにかご存知ですか?」
「は? いえ? ……普通の様子ではなかったのですか?」
「自分が見た限りではおかしかったね。ああ、ほら」
シルヴィオ様が指差した先。
なるほど、おかしい。
教師たちがバタバタと玄関の方へ駆けて行く。
一応教師たちも貴族の出だろうに、あんなに慌てふためいて……。
「兄様! 大変です!」
「どうだった、シルヴァーン」
そして玄関方向からシルヴァーン様が駆けてきた。
様子を見に行かせていたのだろう。
か、仮にも弟王子を様子見に行かせるとは、それはそれでいかがなものかと思うけれど……。
「賊が出たそうです。登校中の貴族の娘が襲われて、攫われたと」
「な、なんだと⁉︎ どこの国の貴族令嬢なのですか⁉︎」
「す、すみません、メルヴィン様。そこまでは……」
「くっ! ……メルティ、教室へ! 皆さんも! すぐに騎士を手配してきます!」
「あ、お兄様!」
メルヴィン様が顔色を変えて私たちを教室に押し込む。
セイドリックが私の服の裾を握る。
不安げな表情に、私は微笑みかけた。
「大丈夫」
けれど、我が国からも何人か貴族の娘が留学していたはず。
お茶会で私に声をかけてきた何人かの令嬢は、セイドリックが国内で婚約者を探す、というおふれを信じて言い寄ってきた者たち。
彼女たちの所在の確認は、我々でせねばならない。
いや、この場合は——王太子の、私が。
「セシル姉様、私はロンディニアの令嬢たちの安否を確認して参ります。こちらでメルティ様たちとお待ち下さい」
「え! い、嫌です。そんなっ」
「姫騎士になられるのでしょう? では、メルティ様たちをお守りください。任せましたよ」
「……セイドリック、っ……」
セイドリックよりも不安そうなメルティ様。
彼女に目配せすると、セイドリックも不安げだった表情をきりりと勇ましいものに変える。
それでこそ我が国の男児。
我が国の王太子よ。
当たり前たけど武器になるようなものは、教室内にはない。
しかし、メルヴィン様が騎士を配置してくださる手配をしているはず。
セイドリックにはここにいてもらった方が安全ね。
「シルヴァーン、うちの国の令嬢たちの安否確認を頼むよ。終わったら一度自分たちの邸に我が国の貴族を全員を集めてくれ。ザグレの者の指示には従わなくていい」
「え、し、しかし、それは……」
「今この国の者の指示を聞かなくていい。分かったね?」
「…………は、はい」
にっこりと、でも、冷たく微笑むシルヴィオ様。
ゾッとしたのと同時に、その判断力にも息を呑んだ。
これが、一国の王太子。
セイドリックとして振る舞う以上、私にもこれだけの決断力が必要なのか。
大国ザグレの横に堂々と立ち並ぶように……。
それもそうだ。
だって彼は、いずれブリニーズ王国を統べる者となるのだもの。
一つの国を背負う者としての……これが、覚悟の差、なのね。
私は……セイドリックとして、王太子として振る舞うには、まだ、まだまだ! こんなにも! 未熟だったのか!
「シルヴェル、お前もたまには働いてね」
「うー……」
はっ!
シ、シルヴェル様、またもいつの間に⁉︎
私たちの横に、いつから⁉︎
「うちの国の騎士家系の貴族に邸への連絡の手配と招集。情報収集よろしく」
「………」
「シルヴァーン」
「は、はい! 行って参ります」
「わ、私も行って参りますね!」
「は、はい。お気を付けて、セイドリック……」
あちらは三人もご兄弟……王族がいるのだ。
しかもシルヴィオ様はデンと構えて指示を出せる。
私は……我が国は『姉』の姫と王太子の『弟』のみ。
となればやはり『男』の私が動かなければね。
「……シルヴィオ様はすごいですね」
「だろう! オレの自慢の兄上だ!」
中級と下級のクラスで自国の貴族の安否確認後、途中までご一緒したシルヴァーン様に、そう話しかけたら満面の笑みで答えられた。
お兄様が大好きなのね。
なんだかセイドリックのようでお可愛らしい。
さて、我が国の令嬢は全員無事。
とりあえず各自教室で、身の安全を第一に、ザグレの騎士の指示に従うように……と指示はしてきたけれど……今後の事はどうしたらいいのかしら。
軍事的な事などさすがに学んではいない。
こういう場合、どうしたら……。
「セイドリック!」
「エ、エルスティー様……」
悩んでいた時に名を呼ばれた。
私ではなくセイドリックの名前。
でも、今は私の名前。
いや、今は……それは考えない。
駆け寄って、エルスティー様を見上げた。
いつもより余裕のないお顔。
「教室にいないから心配したよ」
「さ、探しに来たのですか? 私を?」
「当たり前だろう⁉︎」
どきり、とした。
エルスティー様が焦ったお顔でそう言うから。
胸が、あたたかい。
嬉しく感じた自分。
ち、違う、今は、そんな事……そ、そうよ、それよりも!
「あの、攫われたご令嬢はどこの国のどなただったのですか?」
「…………」
「ちょ、なんですかその顔は⁉︎」
突如『スン……』と無表情になるエルスティー様。
な、なにそれ、気になる⁉︎
どうしてそんなお顔になるの⁉︎
「……君の国の令嬢たちは無事だっただろう? まったく、シルヴィオに思い切り嫌味を言われたよ……」
「え? あ、ええ、まあ、なにやら怒っておいででしたね……」
自国の生徒一人、留学生一人守れないのか、みたいな感じで。
でも、それはザグレの国力を考えれば致し方ないというか……。
むしろ、よくこの学園の防衛環境をかいくぐり、令嬢を攫えたものだと思う。
いや、登校中だと言っていたかしら?
だとしても、門の前には門番がいるし各国の王族貴族には従者や護衛が登校を守っていたはず。
登校中ならばその貴族の従者や護衛の力不足……。
あら?
シルヴィオ様が怒る理由がイマイチ……?
「いや、単純に変な騒動に巻き込むな、と……クレームをね。攫われた令嬢はミーシャ・エーヴァンデル嬢だ」
「…………。…………いや、むしろ、ええ? そんな事あります……?」
「いや、もう百パーセント自作自演だろう。父親のエーヴァンデル公爵は顔色を変えて飛び込んできたし、もしかしたら単独犯……家族には内緒で実行したのかもしれないけれど。だって犯人の要求の手紙に『王太子メルヴィンが一人で助けに来ること』って書いてあるんだよ」
「…………」
思わず頭を抱えた。
なんだそれ、頭が悪すぎる。
ひ、ひどいわ〜。
「まあ、それが分かっていても妹のレイシャ嬢の落ち着きぶりはちょっとむごいけど。しれっと『あんな役に立たない頭の悪い姉、いなくなって清々する』なんて、よく父親の前で言えるよね」
「……あ、あのご令嬢ならそんな感じですが」
自分の姉の事どれだけ嫌いなのよ。
……うーん、けれど、私も自分の異母姉がそんなお粗末な計画を実行したら同じ事を言ってしまうかも。
「と、いう感じで、まあ、シルヴィオが怒るのも無理はないというかね」
「そ、そうですねぇ……!」
それは私も多少イラッときます。
中級、下級クラスへ走り回った私のこの労力は!
ん? あら?
「シルヴィオ様は最初から攫われたのがミーシャ嬢だとご存知だったのですか?」
「あれ? 知らなかったのかい? シルヴィオには精霊獣の加護がある。多分それで予め事件が起きるのを予知夢かなにかで知っていたんだろうね」
「……シルヴィオ様が……ブリニーズの精霊獣の加護をお持ちの方だったのですか⁉︎」
「そうだよ、まったく……知ってたなら教えてくれればいいのに」
「あ、あはは……」
精霊獣は認められた者に加護をもたらす。
王族ならば、その加護の力でもって国の舵を切る。
ブリニーズに滞在している精霊獣は、シルヴィオ様を認め、ご加護を与えているのね。
すごい、シルヴィオ様……精霊獣に認められた王族だったなんて……。
「でも、精霊獣のご加護って予知夢なのですね」
「僕はそう習ったな。かつてザグレに現れた精霊獣に、加護を与えられた王は眠ると未来を夢に見る。その夢を現実にする時はなにもせず、回避するためには手を尽くさねばならない……。全ての精霊獣の加護がそうなのかは分からないけれど」
「そうなんですか……」
「いや、まずは事件の方だねぇ〜。放っておいてもいいんだけど〜」
「ダメでしょう!」
自作自演なのならまあ、放っておいてもいい気はするけれど!
それでも公爵家のご令嬢が一人消えた事実は変わらない。
救出というか、確保に向かわねば。
「その通りだ」
「メルヴィン様!」
腕を組み、二人の騎士を従えたメルヴィン様が現れた。
かなり険しい表情。
これは、なにかあったのかしら?
「確かに雑な自作自演にしか見えないが、エーヴァンデル公爵直々の要請がある。それに、居場所がまずい」
「ん? ああ、そういえば要求の手紙には場所までは書いていなかったね。居場所が掴めたのかい?」
「ああ……『スフレアの森』だ」
「「………………」」
場所を聞いて私は頭から血の気が引いた気がした。
そして、エルスティー様が盛大に表情を痙攣らせたのを見てしまう。
整ったお顔が台無しだ……。
「あの森は精霊獣が棲まう神域。我が国の守護獣ザーテンのゴーレムや護森獣も出る。戦う術も持たぬ者……まして王族以外が単独で入る事など間違っても許されるものではない! エルスティー!」
「……それを知ってて『スフレアの森』に行ったのであれば厳罰は免れないけれど……そこのところどうなのかな? 我が国の民ならば当然知っていて然るべき、だよね?」
「エーヴァンデル公爵もそれは当然知っているはずだろう、と。……娘一人、手放す覚悟はできているそうだ」
「おやおや、ひどい親だね〜」
「…………。なんにしても、行くのですね。私も微力ながらお力添え致します」
「「!」」
二人には驚いた表情をされたが、なんとなく、ミーシャ様の気持ちは……分からないでもないの。
メルヴィン様に冷たくあしらわれ、妹には出し抜かれ、自業自得とはいえ大勢の前で断罪された。
いつも双子の妹と一緒にいる事で、元から声をかけてくれる友人もいなかったはず。
その境遇は私と少し似ている。
だからきっと、とても思い詰めてしまったのだろう。
私にはセイドリックやお父様がいたから、自暴自棄になる事もなかった。
少し離れ離れにされたけど、お母様とお手紙のやりとりだってできている。
でもミーシャ様は、実の妹にも馬鹿にされ、父親の公爵にも恐らく『足手まとい』のように扱われたのだろう。
あの妹は我が異母姉たちと似たところがある。
きっと家でもミーシャ様は妹御になにかと出し抜かれているに違いない。
素直で不器用な方なのね。
そういう人は、私、意外と嫌いではないの。
「神域に許可なく立ち入った者は、我が国では国外追放。ザグレはどうなのですか?」
「同じだよ。……おやおや、まさかだろう? セイドリック」
「姉にはシャゴインに連れて行ける侍女が欲しいと思っておりました。私が活躍した暁には……いかがでしょう? メルヴィン様」
「君という人は……。彼女にはそれなりに嫌な想いをさせられたのではないのか?」
エルスティー様はクスクス笑う。
メルヴィン様は困惑の表情。
目を閉じた。
……いいの。
別に味方が欲しいわけでも、同情したからでもない。
シャゴインに嫁入りしたら私はきっと孤独だろう。
その時に、孤独を知っている人に側にいて欲しいだけなのだ。
家族に会えない寂しさを理解してくれる誰かがいてくれれば、それだけでいい。
……エルスティー様、私は、セシル・スカーレット・ロンディニア。
今はまだこの名を正しく貴方に伝えることはできませんが、卒業の折にはお伝えします。
そして、貴方の気持ちには応えられない。
私は『セイドリック』ではないし、貴方の苦手な『女』だから……。
「良いのです。そのような些事、もう忘れました」
「……そうか……そういえば貴方もロンディニアの王太子であらせられたな。侮るような事を申した。謝罪致します」
「とんでもない! では、武器の所持をお許しください」
「もちろん」
メルヴィン様、なんて真面目な方なのかしら。
……変ね、男性としてはやはりメルヴィン様の方がずっと魅力的なはずなのに……。
「しかし、本当に来るのかい?」
「エルスティー様は私の剣の腕はご存知でしょう?」
「もちろん知っているさ。でも、もしかしたら守護獣のゴーレムや護森獣と戦う事になるかもしれないんだよ? 他国の者はこれらと戦うのは縁起が悪い事だと言われているのだろう?」
「そうですね」
国ごとに祀られた守護獣は、この大陸となった神獣『レンギレス』の使い魔。
神獣『レンギレス』が人の国を見守る為に遣わしたものが、守護獣。
神獣『レンギレス』が、人を幸福にするために遣わしたものが、精霊獣。
守護獣は国の危機に王の前に姿を現し、防衛のために力を貸す。
対して精霊獣は認めた人間に加護を与え、見たり触れたりするだけでも人々に幸福を与える。
と、言われている。
そして、
彼らだけは、人を認める事も守る事もない。
もっとも、護森獣だけは森に対して悪意を持つ者しか襲わないとも言われている。
どちらかというと、守護獣を守るゴーレムの方が遭遇した場合危険だろう。
ゴーレムはいわゆる土人形。
意思疎通はできないらしく、ただ、守護獣の領域に入ったものを自動的に排除する存在。
どれも危険だが、我々は人命救助に行くのだ。
彼らと遭遇しても戦う事にはならない、はず。
「まあ、遭遇しなければいいだけの話です」
「……君のそういうところも好きだよ」
「うっ」
「…………」
メルヴィン様が目を丸くする。
そして、表情を神妙なものに変えた。
そ、そういえばエルスティー様とメルヴィン様はご友人、よね?
エルスティー様の性癖やお悩みの事を、メルヴィン様はご存知なのかしら?
なんとなく知っていそうな感じはするけれど……。
「ご、ご冗談を言っている場合ではありません。エルスティー様も、当然来られるのでしょう?」
「まあ、メルヴィンはそれで僕を呼びに来たのだろうしね?」
「ああ、準備を頼む。あまり大人数で行けば、守護獣や野生の精霊獣を刺激しかねない。我々と、護衛の騎士は最低でも二人だろう」
合計五人か。
まあ、確かに守護獣様や精霊獣を刺激しないのにはそのぐらいの人数が妥当だろう。
ただ、森の規模を思うと……。
いや、居場所はすでに掴んでおられるようだし、杞憂ね。
「十分で支度してこよう、セイドリック」
「はい!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます