#54 兄妹喧嘩の果てに


「紺兄!嘘つき!嘘つき嘘つきっ!」


 朱音を包む炎はモノクロの世界を朱く染める。拘束魔術が打ち消された反動が紺とシャロットを襲う中、力を高めた朱音の炎が一点に集中する。


 朱音の両脚だ。

 紺は痛む身体で再び構えるが、時すでに遅し、朱音が懐まで迫っていた。


「は、はやいっ⁉︎」

「ゔぁぁぁっ!」


 紺は初撃を回避する。しかし朱音の脚に纏われた炎が紺の肌を焼く。


「ぐっ……マジかぁっ⁉︎」

『ロリ紺!ま、まずいのよこれは!朱音は闇喰の力を自分のモノにしているのよ!めちゃくちゃなのよー!』


 朱音は間髪いれず身体を翻し、背の高い紺の真上から回し蹴りを繰り出す。紺はかわせず左腕でガードする。その威力はもともと強い脚力に闇と魔力を込めた強烈なものだ。


 紺の左腕から鈍い音がする。


『お、お前大丈夫なのよ⁉︎骨!』

「ちっ……くしょぉっがっ!分からず屋にも程があるってんだよ!あかねー!」


 紺は折れた腕を物ともせず、右手で燃え盛る朱音の足を掴む。そして、


「うおおぉぉぉっ!」


 朱音を地面に叩きつけ馬乗りになり動きを封じた。その瞬間、朱音の膝が紺の腹にめり込みすかさずもう一撃がクリーンヒット。

 あえなく紺は弾き飛ばされてしまった。


「紺兄……なんで、わかってくれないの……わたしはぁ……」

「く……朱音……いいぜ、殴りたいなら殴れ。蹴れ!それで気が済むのなら……俺は抵抗しない。やれよ……」


 紺は立ち上がり朱音を見据える。


 朱音は強烈な蹴りで紺を吹き飛ばす。しかし紺はすぐに立ち上がり口元を緩める。


「ふざっけるなぁっ!ゔぁぁぁっ!」


 壁に追い詰められた紺を、まるでサンドバッグを蹴るかのように蹴り上げる朱音。

 蹴る、蹴る、殴る、蹴る。

 打たれる度に何かが砕けるような音が鳴り響く。


『も、もう限界なの……よ、よよっ⁉︎紺!何をっ⁉︎のんよーー⁉︎』


 紺の身体からシャロットが吐き出されるように飛び出しては地面に転がった。


『何してるのよ⁉︎そんな事したら死んでしまうのよ⁉︎』



 その後も朱音の猛攻は続く。紺は打たれるがまま打たれ続ける。そして遂に、


「これで……おしまい……」


 両膝をついた紺にトドメの一撃を振りかぶった朱音は、その拳を……


「紺兄が悪いんだからぁっ!」






『の、のよよ⁉︎』


 朱音の手が止まった。

 いや、正確には、朱音の動きを紺が封じた。

 魔術でも、神の力でもなく、ただ、小さな朱音を抱きしめるだけで、……拘束した。


「うっ……はな、し……て!」

「……いや、だ……」

「紺兄なんて嫌い!きらい!」

「……おれ、は……朱音が大好き……だ。」

「わたしは嫌いだもん!はなし……」


「嫌だっ!朱音は俺の大事な家族だ!」


「な、んで……!ゔぁぁぁっ!」


 朱音は暴れて拘束を解こうとするが、紺は離さない。折れてしまった腕に渾身の力を込め、朱音を離すまいと抱きしめている。


「……朱音、頑張ったな。朱音はいつも頑張ってる。母さんがいなくなってから、ずっと藍音や俺、父さんの為に頑張ったんだよな。」

「……っ!」

「ごめん、無理させたな。俺たちの方が……母さんの死に向き合ってなかった。朱音に母さんを重ねてたのかも知れない……朱音は母さんによく似ているって……あの父さんも言って……たな。」

「……は……な……」


「駄目だ。朱音……もういいよ。泣いてもいいぞ。おいで。」


「……っ……紺……にぃ……?」


「ほら。」



 朱音の頬を涙がつたう。

 その涙を皮切りに、とめどなく溢れ出した涙は止まる事を知らない。大声で泣いて、泣いて、泣いた。

 大好きな兄の胸で思いっきり泣いた。


「うあぁっ……紺にっ……うっ……わたし、バッグがほしい……」

「あぁ、買ってやる。」

「プリン食べたい。」

「帰りに買おうか。」

「頭、撫でてほしい……」

「……こうか?」

「もっと、優しく……」

「あぁ、」


 朱音の身体から闇が抜けていく。シャロットはそれをすかさず回収して、紺におっけいサインを出した。


「さ、帰ろ。俺たちの家に。」


「……うん。」



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