第15話 殺人鬼VS市松人形<4>



瞳と柚子とミウは、三人でコテージの中にいた。

ジェイ君と統島は、別の場所で待機している。

三人は、ミウを真ん中にし、直線に並ぶように手をつないでいだ。


「準備はいい?」


瞳の言葉に、二人はうなずいた。


「ミウ。何があっても、私達はアンタをあきらめないから。あんな人形なんかに、絶対渡してやらない。だからアンタも、絶対にあきらめないで」

「うん!」


ミウは力強く返事をした。

それを確認し、瞳は大きく息を吸って、歌を歌い始めた。


「か~ってうれしいはないちもんめ」


三人で前へと歩き、空(くう)を蹴る。


「まけ~てくやしいはないちもんめ」


今度は後ろへ歩いていき、再び空(くう)を蹴る。


そんなことを延々と繰り返していると、突然辺りが闇に染まった。

気付けば、目の前に市松人形がいた。

それを確認し、瞳は人形を指さした。


「あーの子―が欲―しい」


すると、突然床から髪の毛が這い上がり、ミウを絡めとった。


「この子が欲しい」


これで勝負が成立した。

あとは選ばれた代表者がじゃんけんをして、勝った方が勝者となる。

ミウが髪に拘束されたまま、前に出て行く。


「ミウ、がんばって‼」

「おう!」


ミウは元気にサムアップしてみせた。


「……大丈夫かな」

「こうなったら、ミウを信じるしかない」


作戦はきちんと考えた。

市松人形は攻撃してくる時だけしか身体を動かさない。『遊び』をしている間は、人形の姿を固定している必要があるのだ。つまり、三つの形を手で作らなければならないじゃんけんは、人形にとって最も不得意とする『遊び』なのだ。


ミウと人形は、改めて対面した。


「いっちゃん。悪いけどこの勝負、ミウが勝たせてもらうよ」


人形は何も言わない。

だが、その顔はどこか怒っているように見えた。


「さぁいくよ‼」


早速ミウが構え、片方の腕を振り上げた。

その時、ミウの腕を髪の毛が這い、それは手のひらまで達した。

髪の毛の圧力で、徐々にミウの手のひらが閉まっていく。


人形がほくそ笑んだような気がした、その瞬間だった。


「いっちゃん、パーしかだせないから、さいしょはパーね!」


人形は、はっとした。

慌てて、ミウの拳を固定していた髪が離れていく。


「さいしょはパー! じゃんけんぽん‼」


矢継ぎ早に手を繰り出したことで、髪の毛による拘束を免れた。

そうして出した手は、グーでもチョキでもパーでもない。

ミウの手は、何故か拳銃の形をしていた。


「別名『スナイパー』。グー、チョキ、パーを凌駕する、最強の手だよ」


それを見て、しばし呆然としていた人形が、徐々に身体を大きくしていく。


「反則負け……」


大きな両手が、ミウの肩を掴んだ。


「私の勝ち‼」


ぱかりと、大きな口が開いた。


「いいや、俺達の勝ちだ」


バキンと何かが割れる音がして、人形の胸からマチェットが突き出た。

人形が唖然としている。

ゆっくりと辺りを見回し、そこで初めて、ここが現実の世界だということを認識した。


ミウが、ポケットに突っ込んでいたもう片方の手を出した。

その手は、確かにチョキの形をしていた。


「前にね。『スナイパー』を披露して怒られたんだ。『そんなのなしだ』って。なしってことは、もう片方の手で“あり”な手を作ってたら、そっちが採用されるんじゃないかなって思ったの」


瞳と柚子が、ミウに駆け寄る。

瞳は人形の方を向いて口を開いた。


「領域とは法則。人間が物理法則に縛られるように、呪いも領域に縛られる。あなたが負けを認識していなくても、あなたの領域は、負けを認めてくれたようね」


人形はそのまま倒れ込んだ。

シュウゥと煙をあげて、等身大人形が小さくなっていく。


「三人とも、怪我はないか?」


ジェイ君が人形に背を向け、三人を自分の前へ移動させる。


「……ジェイ君?」


瞳が疑問の声をあげた時、突然ジェイ君の身体に髪の毛が巻き付いた。

その巨体が軽々と宙へ浮き、壁に叩きつけられる。


「ジェイ君‼」


ゆっくりと、人形が起き上がった。

その身体は、いつの間にやら二メートル越えの長身になっている。


「最初から……こうしておけばよかった」


ジェイ君の腕や足に絡みついた髪が一気に絞られ、肉に食い込む。


「やめて! ジェイ君がちぎれちゃうよ‼」

「いいえやめない。私と遊んでくれない罰よ」


そう言って、けたけたと人形は笑った。

三人の顔に、絶望の色が見え始めた時だった。

髪に縛られたジェイ君の腕が、ゆっくりと人形の方を向いた。


「ずいぶんと怪力ね。でもそれで精一杯ってところかしら」


ジェイ君はその腕で、人形を指さした。

人形が思わず首を傾げる。


「そっちの方角に、俺の家があるんだ」


突然の告白に、人形は鼻で笑った。


「何を言っているの? あなたの家で私と遊んでくれるのかしら」

「お前には言っていない」


瞳は、はっとした。

壁にはりつけにされた手のひらが、人形の方を向いていた。

その光景を、以前にも見たことがある。

あのオオトカゲを、チェーンソーで切断してみせた時に──


「二人とも伏せて‼」


瞳が二人を押し倒した時、コテージの壁が粉砕した。


「あ?」


人形が背後を振り向く間もなく、その背中に武器の数々が突き刺さる。

それは全て、ジェイ君の家で飾られていたものだった。


「最初から、隙を突いた一撃だけで倒せるとは思っていない」


マチェットで髪を斬り落としながら、ジェイ君は言った。


「今度は俺が遊んでやる。無論、鬼は俺だがな」


ジェイ君のマチェットが、人形の首を斬り落とした。

ぼとりと首は転がり、胴体も倒れ込む。


「ジェイ君‼」


三人がジェイ君に駆け寄った。


「もう! 騙すなら最初に言っておいてよ!」

「そうよ! ジェイ君がやられちゃったかもってビクビクしてたんだから」

「言っただろ。心理的な駆け引きは得意だってな」


珍しく得意げなジェイ君に、三人は笑った。

その時、ぴくりと人形が動いたかと思うと、瞳に向かって髪の毛の束が飛んできた。

咄嗟にジェイ君は瞳を庇い、腕でガードする。


「ま、まだ生きてるの⁉」


首だけになった人形が、鬼のような形相でジェイ君を睨んでいた。


「殺す……! 殺す……!」


コテージの床一面を髪の毛が覆い始める。

もはや逃げ場はない。

万事休すかと思われたその時だった。


「いっちゃん。もうやめようよ」


ミウの言葉に、生き物のように蠢いていた髪の毛が、ぴたりと止まった。


「いっちゃんは正義の味方でしょ? こんなことしちゃダメだよ。みんなのために、『ダサっくま』を倒して、地球の平和を守るのがいっちゃんなんだから」


ミウはゆっくりと、両手を人形の方へ差し出した。


「いっちゃんは、悪い奴しか倒しちゃダメ。だから……いいよ。ミウを食べても」

「ミウ‼」


人形の頭部がにやりと笑い、ミウへと飛び込む。

ジェイ君が慌てて駆け寄ろうとするのを、ミウが制止した。


一瞬の内にミウの身体を髪の毛が包み込む。

巨大な顔が、大きな口を開けてミウを飲み込もうと迫った。


「ごめんね、いっちゃん」


ミウは、その顔に触れて、言った。


「ちゃんと守ってあげられなくてごめんね? 弱いミウで、ごめんね? いっちゃんは何も悪くない。何も悪くないから」


怒りで歪んでいた顔が、徐々に戻っていく。

ミウの頬から流れ落ちた涙が髪の毛に触れると、まるでそこから浄化されていくように光の波紋が広がった。

人形の全身がまばゆく輝いたかと思うと、ぽとりと、小さな市松人形が床に落ちた。


ミウはゆっくりと歩み寄り、市松人形を拾い上げると、ぎゅっと抱きしめてあげた。


「……また遊ぼう、いっちゃん。今度は悪者じゃない。ちゃんと、いっちゃんが正義の味方になれる遊びを」


ミウに頭を撫でられる人形は、心なしか、笑っているような気がした。



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