第2話 転がる石
誰か一人 殺してみたいと思ふ時
君一人かい?と友達がくる
夢野久作
「此処ね、現場は」
体育館裏で女子高生が殺された。其れはもうかなりえげつない殺され方をしていた。
花田警部がブルーシートを捲って被害者の死体を見るが、此の道二〇年のベテラン警部でも目を逸らしたくなる悲惨さだった。
「快楽殺人者ですかねぇ」
花田警部の後ろから被害者の状態を見るのは築島つきしま刑事だ。彼は刑事課に配属されてまだ二年の新人だが死体を見ても顔色一つ変えない。
「被害者の身元は?」
「調べはついていますよ。ただね、どの家も娘が死んだっていうのに『嗚呼そうですか』みたいな感じでしたよ」
「そうか」
彼女達は殆ど家に寄り付かず、いつも何処かで騒いで問題を起こしていたようだ。何度も警察のお世話にもなっている。可哀想だが、親も死んでくれホッとしている傾向があるのだろう。
自分達が生み、育てた子供だというのに此の結末はあまりにも悲惨なものだった。
「取り合えず事情聴取だ」
「はーい」
やる気のない返事をする築島だが、花田は彼の態度を気にしつつも仕事に専念した。
まず、最初に事情聴取したのは佐々木涼ささきりょう
彼は彼女達が殺されたとされる時刻に現場付近をうろついているところを目撃されている。
「彼女達は君と同じクラスだね」
「そうなんですか?」
「クラスメイトの顔も分かんない?」
「分かりません。俺、誰にも興味ないんで」
実に気の抜ける時間ではあったが、彼はクラスメイトが殺害されたと聞いても顔色一つ変えずに、事務的に聞かれたことを正確に答えていった。
何処か冷たい雰囲気の子供だと花田は思った。
二人目は花開院啓祐けいかいんけいすけ
彼は入って来た時はいたって普通、というか何処にでもいるチャラチャラした感じの男子生徒だった。ところが、花田が「此の学校で女子高生が殺害された」と話した瞬間、眼の色を変え、暴れ出した。
何かに怯えているようで、ただひたすら「ごめんなさい」と言い続けた。
騒ぎを聞きつけた教師が中に入り、取り押さえてもらい彼は退出した。彼の行動は実に不可解だが、事件の犯人とも思えなかった。其れは数多の殺人鬼を見て来た花田の警察としての勘がそう告げているのだ。
「花開院啓祐ですが、精神科でPTSDと診断されていますね」
「PTSD?」
「知りませんか?心的外傷後ストレス障害。目の前で誰かが死んだ、あるいは自分が死にかけた時、六ヵ月以内に発症するものだそうです。
其の状況を思い出す言動を恐れるんです。彼はかなり重度のようですね」
「原因は?」
「幼い時、父親の不倫が発覚。自暴自棄になった母親が自殺。第一発見者は当時六歳だった彼だそうです」
花田の隣に立つ築島は手帳を見ながら淡々と調べたことを話す。
「築島、そういうことは最初に言え」
「すみません、聞かれなかったもので」
と、口では言っているが彼は自分が悪いとは全く思っていないようだった。
「まぁいい、次だ」
三人目は近藤春華こんどうはるか
彼女は被害者の一人、飯田裕子いいだゆうこと仲が良かったらしい。
だから言葉は慎重に選ばなければと気を引き締めて事情聴取に臨んだが、彼女は拍子抜けするほど普通だった。友達が死んだのに悲しんでいる様子はない。寧ろ、どうでもいいようだ。
彼女は携帯をピコピコ弄り、全く花田を見ようとしない。
「飯田裕子さんはあなたの友達と伺ったんだけど」
「そうだけど」
「悲しいはないの?」
「別に、どうでもいいし」
友達の死よりも携帯いじりの方が重要なようだ。
「でも、友達でしょう?」と花田は根気強く聞いた。
「オバサン、何夢見ちゃってんの?友達何て其の場限りの付き合いっしょ。誰かとつるんでないと寂しいし、だから一緒に居るの。
ニコニコお話にお付き合いして、居なくなるとアイツの悪口を言い合い、思いを共有する。其れが友達。別に一人居なくなったって困んないし。だって私、友達が多いから」
花田は絶句した。此れが今の友達なのか、と。あまりにも世界観が違いすぎて何も言えなくなった。
「てか、犯人もあんな奴殺すぐらいなら私を殺してくれればいいのに」
「どうして?」
「死にたいからに決まってんじゃん。生きていたって面白いことないし」
「そんなことないでしょう。まだ一〇年ちょっとしか生きてないんだから」
「嗚呼、もうそういう説教はいいか。じゃあね」
そう言って春華は出て行った。
外に出て情報を集めるのよりも今時の一〇代の子供を相手にする方が疲れると花田は思った。
「オバサンって言われてましたね。さすがに三九歳にもなるとオバサンですよね。まだおばあちゃんって言われなかっただけましですね」
「うるさいぞ、築島」
花田は築島を睨んだが、当の本人は「すみません」と言ってニッコリ笑った。其の笑顔がかなりムカついた。
四人目は伸城壱流しんじょういちる
彼は以前、被害者と揉め事を起こしている。内容は彼女達が彼に因縁をつけて暴力を振るったものだった。
彼女達が殺害されたことを話すと彼は興奮した様に色々と話し始めた。
其のどれもが「殺し方が斬新だ」とか「被害者が苦痛に呻く姿が目に浮かぶ」というもので、聞いていた花田は気分が悪くなった。けれど話に夢中になっている彼は其のことに気づかず、更にまだ話が続きそうなので教師に頼み強制的に事情聴取を終了させた。
「いやぁ、凄いですね。最近の高校生は。理解に苦しみます」
と、真っ青になっている花田の横で築島は言ったが、彼は不思議なぐらい爽やかな表情をしていた。寧ろ彼は花田の表情の変化を楽しんでいるようだった。
いつか殺す。絶対に殺す。と、花田は心に誓い、築島を睨みつけた。
「理解されたら私が困るわ」
其の頃、私は自分が殺した人間の死体があった現場を見ようと屋上に行った。
直接現場に行きたかったが、さすがに警察が多すぎて近づけない。
クラスでは其の話題で持ちきりだ。
みんな「怖いね」と口にしながらも何処か楽しそうだ。
マンネリ化した日常で誰もが刺激を求めている。だから今回起こった事件は彼らにとってナイスな変化だった。
「君も此処に来ていたんだね」
屋上から体育館裏を見下ろしていると声がした。振り向くと、其処に佐々木涼が居た。
「何?」
「俺、見たんだ」
「何を?」
「君が人を殺すところを」
涼も私も特に表情に変化はなかった。
「俺ね、昔から不思議な力があるんだ。人の心を読めるんだ。だから分かるよ。君が今、考えていることが、分かるよ」
風が吹いた。強い風は髪を靡かせ、今後の未来を大きく変えようとしている。
「今、君は誰かを殺したいと思っている。其処から殺人現場を見つめて、昨日味わった快感を思い出して悦に浸っている」
図星だった。だから私はニコッリ笑って彼に近づいた。彼は殺人鬼である私が近づいても微動だにしなかった。恐怖で動けないんじゃない。彼は私が来るのを待っている。そんな感じがした。
私はそんな彼の耳元で囁いた。
「秘密だよ。じゃないと君のことも殺しちゃうから」
私はそう言って彼の横を通り過ぎた。
涼はそんな彼女の後姿を見つめた。
彼女が笑いながら近づいた時、恐怖を感じなかった。
ただ「秘密」だ言った彼女は魔性の生き物様に美しかった。
こうして涼は心に秘密を持った。殺人鬼の秘密を。
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