言質取ったり

吟野慶隆

言質取ったり

 友人が目を覚ましたと聞いたので、俺は彼のいる病室へと急ぎ足で向かった。到着し、中に入る。彼はベッドにいて、上半身を起こしていた。部屋に窓はなく、壁には山水画が架けられているだけだ。

「なんや、お前か」友人は俺を見るなり、顔を綻ばせてそう言った。

「ああ、俺だ。……調子はどうだ?」

「命に別状はないし、後遺症の類いもないみたいやで。いや、まさか、仕事帰りに暴漢に襲われて、スタンガンで気絶させられるたあなあ。しかも、今は七月なんやろ? 一ヵ月も眠りっ放しやったなんて……映画みたいやなあ」

「そうだな」俺は病室の隅に置いてあった丸椅子を移動させ、ベッドのすぐそばに据えると、腰かけた。「実は、お前に訊きたいことがあったんだよ」

「訊きたいこと?」友人は顔面を好奇心で満たした。「何や?」

「なに、質問自体は簡単だ。もし、『ある人間一人を犠牲にしなければ地球が滅亡する』という事態に直面したとき、お前はそいつを犠牲にするか?」

「何やその、変な質問」友人は笑った。「せやな、犠牲にするな。だって、地球が懸かっとるんやろ? こう言うたら何やけど、人一人の命より、地球のほうがはるかに重要やからな」

「そうか……」

 俺はそう言うなり、懐から麻酔銃を取り出して撃った。弾は友人に命中し、彼はたちどころに眠ってしまった。

 病室の扉を開けると、俺は廊下で待機していた黒服の男たちに「終わったぞ」と言った。彼らは部屋に入ると、友人を細長い袋に入れ、いずこへと運び去ってしまった。

 黒服のうちの一人が廊下に残り、話しかけてきた。「それにしても、あの人、可哀相ですよね。彼らに引き渡された後、どんなに酷くて惨たらしい目に遭うか……」

「なに、同情する必要はねえよ。言質はとってあるからな」

 俺はそう言って、廊下の窓のカーテンを開け、外を見た。東京の上空に、無数の、大小さまざまなUFOが浮かんでいる。


   〈了〉

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