2.心は壊れてゆく

 エイレスは村で一軒の家を借りた。村人は皆優しくエイレスを歓迎した。

 「ここに居れば戦うことなんて無いんだ。だからいつまでも居ていいよ。村の仕事は手伝ってもらうことにはなるけど」笑いながらそう言われ、エイレスも微笑した。

 「家事なんかはできるのかい?洗濯とか料理とか。」

 エイレスは答える。「私は家系柄戦うことを覚えさせられていたから、そういうのは全くできない。だから、他の男達と同じ仕事がしたい。力仕事には自信がある。それに剣も使えるから何かあれば村を守ることもできる」

 村人は「なら畑仕事がいい。剣は捨てるんだよ」と言ったのでエイレスは「わかった」と言って微笑んだ。

 なるべく、皆エイレスには戦いを忘れてほしかった。村長も村人達もエイレスに平和な暮らしをしてもらいたかった。

 そしてエイレスは昼間に畑仕事を誰よりも一生懸命行った。仕事の量は他の者より何倍も多かった。エイレス自体が戦いを忘れたがっていることを村の人々は感じた。

 しかし、一生懸命働く裏で夜には悪夢にうなされていた。忘れようとすればするほど確実に身体に染み込む。また、それを忘れようと仕事に励めば夜に悪夢が何倍かになって返ってくるのだ。それを影から見守って居たのは村長やガーディンなどの村人たちだった。


 ガーディンは日々の様子を常に村長に報告していた。「エイレスは頑張っていますがその反面、夜にはうなされております。睡眠もままならないはずです。なのにあの仕事量、このままではエイレスの身体は持ちません。」

 村長は「様子がおかしい時にはガーディンお前が支えてやるのだ。時には休ませ、エイレスがもし気にするようであればお前が仕事を代わりにやりなさい。仕事が重なってしまうが頼むぞ。」そう言う村長に敬礼をする。

 それから数日間休みなくエイレスは働いた。

 とある日エイレスの様子がおかしい時があった。目は虚ろでフラフラとして仕事にやって来た。それをガーディンは見つけエイレスに声を掛けた。「エイレス大丈夫か」

 エイレスは「大丈夫だ」と言ったが、ガーディンはエイレスの顔色を見て言った。「顔色も悪いし今日はもう家に戻って休め」

 エイレスは「本当に大丈夫だ。やらせてくれ」と言ったがガーディンは強い口調でそれを止めた。「休め。代わりに俺がやる。お前の仕事は俺達が一週間かけるような仕事なんだ。それを二日三日で終わらせるなんてとてもじゃないが体が持たない。」

 エイレスが持っていた道具を取り上げた。

 しかたなくエイレスは畑を後にした。「さあ、ここからは俺がやる」ガーディンは畑の皆にそう言って、仕事を始めた。

 

 エイレスはこの時間に何をすれば良いのかと途方に暮れていた。部屋の隅にそっと置いてある剣を手に取り、鞘から抜いてその輝く剣を眺めた。そこに殺した者たちが映し出されているように感じながら。

 このまま一生忘れる事はできないのではないだろうかと思うと恐ろしく感じた。

 その時ドアを叩く音がした。エイレスはそれに驚き剣を落としてしまった。「大丈夫ですか?」外から女の声がする。

 「大丈夫だ」と返したが剣を見られては良くないと思いどこかに隠そうとしている時「何をやっているんですか?」と彼女は聞いてきた。すでに部屋の中に入っていたのだ。

 剣を持っているのを見られてしまったエイレスは、興奮しているように息は上がり身体はこわばっていた。「本当に大丈夫ですか?」彼女は心配そうに言う。エイレスは黙っていた。

 しばらくして何かを察したように彼女は話し始めた。

「そうですよね。その剣、長年使っていたんですものね。手に取りたくもなりますよ。」彼女は微笑みながらさらに続けた。「気にしなくて良いんですよ。皆はなるべく忘れさせたいみたいですけど、そんなことは出来ないんです。あなたのこれまで過ごしてきた大切な時間は消せないですよ。」

 剣を持ったエイレスの手に触れ「力を抜いてください。呼吸を整えて何も気にしなくていいですから」エイレスは徐々に落ち着いていった。

 そして悔しそうに彼女に言った。「人を殺すことが大切な時間であるわけがない。」

 彼女は「戦いがあってあなたが逃げて来なければ私たちとは出会うことがなかったかもしれないんです。私達が出会えたのはその時間があったからだと思うんです。だから辛かった時間も大切な時間だと思います。忘れないでください有ったことを受け入れてこれからどう生きて行くか決めていきましょう。」

 彼女の気持ちにエイレスは心を抱かれるような、今までに感じたことのない優しさに思わず涙が落ちていった。

 「どう生きて行くか。私は。」エイレスの身体を優しく撫で慰めるようにしながら言った。「ゆっくり決めていきましょう。焦らなくていいですから」

 過去に囚われていたエイレスの心はその言葉によって少しずつ変わっていく。氷がゆっくりと溶けていくように。

 エイレスは彼女に聞いた。「ところで、何か用があったのではないか」

 彼女は「洗濯のこと料理のことを知らないと聞いて教えようと思って来たんです。でも調子が悪いのならそれどころではありませんよね」

 エイレスは微笑みながら「大丈夫だ。教えてくれ。」と言った。

 彼女も笑みを浮かべ頷いた。「では付いて来てください」

 彼女を引き止めエイレスは尋ねた「名前を教えてくれないか」

 彼女は答える「私はエウと言います」

 それを聞いて「先程はありがとう。エウ」エイレスは礼を言った。エウはニッコリと笑顔で返した。

 

 エウから洗濯のこと料理の仕方などを一通り教わり部屋に戻り「私はどう生きるべきか」という問いかけを自分にした。はっきりとは見えていない。けれど答えはすぐ近くにあるように感じていた。

 その夜にエイレスのもとにガーディンがやって来た。「体調は良くなったか」

 エイレスは「もうすっかり元通りだ。明日からでも働ける」と言う。顔色も確かに良い。ガーディンは部屋にあった椅子に腰掛けた。

 「仕事に関して俺達はとても助かっている。けどお前の体調を心配してるんだ。お前の気持ちはわかるが皆と同じ仕事量にしてほしい。」

 エイレスは微笑みながら「それに関しては大丈夫だ。仕事の量も減らし、色々やらせてもらおうかと考えていたところだ。村長にも話してみる。」

 その答えを聞きガーディンも少しほっとした様子だった。

「俺から村長に言っておくから大丈夫だ。何かあったのか?」

 エイレスは頷き「ヒントを貰ったのだと思うんだ。だから立ち止まっていることは出来ない。」

 ガーディンは「そうか」と言い出て行く。

 焦らずとも良い、時間はたくさんある。エイレスは心にそう言い聞かせ夜の眠りにつく。悪夢もエイレスの一部になっていった。

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