1.静かな時間

 剣が唯一の武器であった時代。一人の剣士が荒野を歩いている。その身体は薄汚れていて、腕にいくつかの傷跡があった。その剣士は足取りがふらふらとしていて長い距離を歩いてきたのが分かる。剣士には行くあては無いのかもしれない。

 しばらくすると、遠くに村が見えてきた。村はあまり大きくはないようだが人影があったため、剣士はそこで休むつもりのようだ。

 近くにまで村が見えてくる頃、異様なものを見つけた。それは未だかつて見たことの無い黒色の花だった。剣士は気味が悪く感じたが村に続く道を歩いた。

 剣士は最初に目に入った村人に声をかけた。

「すまない。私はお腹が空いていて喉もカラカラだ。このあたりで休みたいのだが、どこか無いか。」

 村人はその身なりに少し警戒しているようで剣士をじっと見ていた。剣士はそれに気が付きすぐに訳を話した。

「私はこんな身なりをしているが決して害を与える者ではない。私は戦から逃げてきたのだ。だから安心してくれ、ほらこのとおりだ」そう言うと、剣士は剣を腰から外し地面に置いた。それを見て村人はその剣を拾い上げ「ならば、こちらに来ると良い」そう言って案内した。

 そこは話しを交わした村人の住居らしかった。「水だ」と村人の男はカップを差し出してきた。剣士はそれを「ありがたい」と受け取ると一気に飲み干した。そして次を要求した。村人の男は驚き「いったいどこから来たのだ」と聞いた。それに対して剣士は「ずっと遠く東の方からだ」と言った。「東か。良く逃げてこれたものだ。見つかったら殺されてしまうだろう」村人は感心していた。「隙きを伺うのが得意なのかもしれないが、ただ運が良かっただけかもしれないな」

「運か、それよりこの村に入る時、よく大事な剣を差し出せたものだ。剣を持つ者は命より大切なのだろう」

「そんなことは無い。私にとって、人を殺す道具など不要だ」

「お前があそこで俺に殺されていたかもしれないぞ」

「そういうやつを見分けることぐらい私にだってできる」

「変わっているな」村人はそう言って食べ物を差し出した。「助かる。ありがとう」剣士は感謝して村人が作った料理を食べる。

「その中に毒が入っていたらどうする。」そう言われても剣士は食べるのをやめないそして食べながら言う。

「私を殺すメリットも無いだろう。それに、お前は私を殺さない。優しさが伝わってくるからな」

「どういうことだよ」村人はフッと笑う。そんな時、よそ者が村に来たことを知った村人たちは徐々にその男の家に集まってきた。そして声を掛けてきた。

「ガーディン。大丈夫か」

「問題ない」剣士と話していた男は答えた。その言葉を聞き村人たちの張り詰めていた空気が一瞬で変わった。

「どこから来たんだって?」

「東の方だってさ。そう言えば名前を聞いていなかった。」剣士にそれを尋ねると「エイレスだ」と答えた。そして続けて村人たちにも告げた。

「明日には出ていこうと思っている。だからすまないが今日は休ませてほしい。」

 村人たちは「俺達はかまわねぇよ。いっそ住んじまえば良いんじゃねぇかなあガーディン」そんなことを言い始めた。ガーディンは笑いながら「行くあてもあるだろう。それは叶わないさ。」

 村人も笑いながら「女手は必要だろう。村にもお前にも」と言う。

 「バカを言うな。ほら早く仕事に戻れ」ガーディンは手ではらい村人達を追い出した。

 エイレスが食事を終えて言った。「たとえ私がここに居たとしても女手としては使えない。私は生まれたときから剣士だったから、男と役割は変わらない。」

 ガーディンも慌てて「いやいや。お前は明日にはこの村を出るのだしそんなことは気にしなくていい」

 「そうだな」和やかに話をしたのはエイレス自身久しぶりであるようでリラックスしていた。

 そこへ話を聞きつけた村長もその男の家を訪ねた。「客とは珍しいなガーディン」村長の顔を見るなりガーディンは地に片膝を着き礼をした。村長はエイレスを見て名前を尋ねた。自分はエイレスと言う名で今日この村で休みたいと伝えた。

 村長は「ゆっくり休んでいくと良い。邪魔した」と出て行ったガーディンも。出入り口に向かいながら言った

「俺は村長と話をしてくる。腹がまだ空いていたらそこにあるものを食べて良い」


 そして日が沈んだ頃ガーディンは帰ってきた。家には何人かの村人が居てエイレスと話していた。

「そんな服着てないで、明日朝までには持ってくるから新しい服に着替えな」「何から何までしてもらって、返すものがない」

「良いんだよ。困っている人がいれば助ける。それが村の決めなんだ。お客さんも同じさ。」

「すまない。いずれ借りは返す。」

「借りじゃないから、返さなくていい。その分、他の人に優しくしてやって!」

 ガーディンがこれは珍しいと女に言った。

「男の家にかよわい娘が一人でいるって聞いて心配になって飛んできたんだよ」

「信用ないな俺も」

「冗談だよ。あんたは村の全員から信用されてるだろう。ガーディンの家に居れば安全だよ」そうエイレスに言って村人たちは出ていく。

 ガーディンは台所を見て驚いた多くあった食糧が少ししか残っていなかったのだ。「よく食べたな」

 「お腹が空いていた」

 「だろうな」台所の散らかった物を片付けながらガーディンは言った。

 ガーディンは二階から大きめの布を持ってきてエイレスに渡した。

「これは?」エイレスは受け取った時になんだかわから無い様子だった。

 ガーディンは「それを掛けて寝ろ。今日はゆっくり休め」そう言い二階に上がっていった。エイレスはそういうことかとつぶやいた。

 

 真夜中のこと、下の部屋で眠っていたエイレスが突如悲鳴を上げたのだ。その声は二階で寝ていたガーディンを飛び起こさせた。何事かと下へ降りて聞いた。「どうした!?」エイレスは目を大きく開きこちらを見た。「ここは___」エイレスの言葉に異様なものを感じ、今日のことをエイレスに伝えた。

 エイレスは「そうだった。私はここで休めせてもらっていた。真夜中にすまない」力なさ気に言った。ガーディンは何か悪い夢でも見たのかと尋ねたがエイレスは首を横に振り「大丈夫だ」と言う。

 その後は叫び声も何も聞こえなかったが、ガーディンは心配になり朝、まだ星が見える時間に村長を訪ねた。夜起きたことを伝えた。

 「そうだったか」と村長は髭を触りながら、考えている様子だった。「あとで家に寄らせてもらうよ」と考えたあとに言った。ガーディンは村長によろしく頼み家に戻った。

 太陽が高い位置に来た頃、目を覚ましたエイレスは荷物をまとめ出立の準備をしていた。その時「失礼するよ」と声をかけ村長はやって来た。

 「これはこれは、お世話になった。今から私はこの村を出立する。だから安心してくれ」エイレスは荷物をまとめながら言ったが村長はそのエイレスに向かい言う。「まあ待て、エイレスお前にまだ居てほしいのだ。」

 エイレスは荷物をまとめていた手を止め村長の方を見た。

 「それは一体どういうことだ」戸惑うエイレスに村長は言う。「どうせ行くあてもないのだろう。」

 エイレスは腕を組み「確かにそうだが__」と言う。それを聞き村長は続ける「ならば、それが決まるまでここに好きなだけ居なさい。」

 エイレスは「しかし、これ以上居ては迷惑がかかるそれならば私は出て行く」そう言いながら荷物を再びまとめ始めた。

 「私たちはお前を歓迎するよ」エイレスはその言葉をかけられ、動きを再び止めた。

「家はどこでも好きなところを使いなさい。皆にも言っておくから」村長はそう言うと、家を出ていった。エイレスはその寛容な村長の態度を恐れた。

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