26話、一等地に佇む豪邸
隙あらば、私の懐で眠りに落ちてしまうメリーさんを起こしつつ、この街の一等地周辺まで足を運んで来た。
何かの間違いじゃないのかと疑いつつ、足を進めていく。奥に進むにつれ、家の入口や角に、サングラスに黒のスーツを着ている人が点々と増えてきた。SPの方だろうか?
私が近くを横切ると、胸にある無線で誰かと喋り始めた。私の事を、怪しい人物だと認識していそうだ。
とても怖い。胸を締め付けられるような見えない恐怖を感じる。だんだんと帰りたくなってきてしまった。
メリーさんは姿を消せるからいいけど、私はただの人間である。姿は消せないし、壁や天井をすり抜ける事もできない。ここで初めて、メリーさんの能力が欲しくなってきました……。
また眠りに落ちたメリーさんを起こし、更に先へと進む。しばらく歩くと、鉄柵が道の彼方まで続いているお家の前まで来た。
このお家は特に大きい。庭の広さが公園ぐらいある。もしくはそれ以上の広さだ。ゴールを置けば、ここでサッカーの試合が出来てしまいそうである。いや、サッカー場より広いかもしれない。
その途方もなく広い庭には、屈強そうなドーベルマンがそこらかしこにいる。そして、数多のドーベルマンは全員、私に向けて敵意を剥き出しにした眼光で睨みつけ、唸ってきている。
おもむろに鉄柵を飛び越えて、一斉に襲ってきたりしないだろうか? そんな事を考えている内に、身体がだんだんと震えてきた。たぶん、メリーさんが感じる程までに。
そしてやっぱり、身体の震えがメリーさんに伝わってしまったのか、懐から心配そうにしている声が聞こえてきた。
「
「いえ、ドーベルマンが怖いんです……。みんな私の事を睨みつけてくるし、グルルッて威嚇してきているじゃないですか……。あの、秋野原さんのお家はまだですか?」
「えと、
「へっ?」
メリーさんが指を差した先は、今まさにドーベルマンが徘徊しているお家だった。私は驚愕して、言葉を失う。たぶん、みっともなく口をポカンと開けているだろうな。
そりゃそうだ。三分ぐらい歩いているのに、このお家の入口が未だに見えてこないし、庭に沿って長い建物がずっと続いているからだ。大きすぎる、一般庶民の私からすると規格外だ。
メリーさんは私と出会う前に、とんでもない人を驚かせていたみたいだ。しかも、私と同じように仲良くなっている。人間では絶対に出来ない行為だ。間違いなく捕まってしまう。
二十分ぐらい歩いただろうか? やっとの思いで、このお家の入口が見えてきた。どうやらSPはいないようだ。代わりに、沢山のドーベルマンが入口の向こう側に群がっているけども。
そのせいで、入口にあるインターフォンが押せない。少しでも近づこうならば、ドーベルマン兼SPの方々が、私に向かって牙を剥きつつ吠えてくるからだ。
あまりにも怖くて、「ヒェアッ!?」と情けない声を漏らし、思わず後ずさりをする。
「め、メリーさぁん……、帰りましょうよぉ……。怖くてこれ以上先に、進めましぇん……」
「あっ、じゃあちょっと待ってて。清美に電話してみるわっ」
私の儚い願いは届かず、メリーさんはそう返答し、ポケットを漁り始めた。しかし、こんな状況下の中で私は、一つの興味が湧いてきてしまった。
実は、メリーさんが電話をしている所を、一回も見た事がないのである。もしかしてこれは、とても貴重なシーンなのでは?
恐怖に囚われていた私の震えた心に、少しずつワクワク感が芽生えてくる。
メリーさんはポケットから携帯電話を取り出し、秋野原に電話をし始める。すると途端に、メリーさんの身体から体温が、スッと抜けていくの感じた。
氷のように冷たくて、雲のように軽くなっていく。まるで重さが無い。最初から私の懐に、何も居なかったような錯覚さえ起こす。
今の姿が、今感じているこれが、メリーさん本来の姿なんだろうか。
「私、メリーさん。いま、香住のジャンパーの中にいるの」
感情がまるでこもっていない喋り方だ。だけど、その内容はとても恥ずかしい。しかし、そこまでだった。メリーさんが本来のメリーさんであるのは。
いつもの決まり文句を言った瞬間、メリーさんの身体に温かな体温が戻ってきた。こっちのメリーさんが、いつも私と接しているメリーさんに違いない。
そう分かる。何度もこの温もりを感じてきたから、確信すら持てる。
「香住っ、裏口にどーべるまん? って言うのがいないから、そっちから入ってちょうだいだって」
「裏口……。また、この長すぎる道を戻るんですね……。分かりました、行きましょう」
「その裏口の前に、ひつじ? しつじ? って言うのがいるから、その人に声を掛けてちょうだいとも言ってたわっ」
「執事、ですね。了解です」
裏口、か。ここからそこまで行くのに、単純計算で四十分以上は掛かるだろう。自転車か原付バイクが欲しくなってきてしまった……。
そう肩を落とした私は、鉄柵の向こう側に大量のドーベルマンを引き連れながら、今来た道を戻っていった。
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