半人前のメリーさん

桜乱捕り

1話、半人前のメリーさん

 私は、気が付いたら住宅街の道の真ん中に立っていたの。


 何もかもが初めて見る景色で、自分が何者かさえもわからないまま、一人でポツンと寂しく立っていた。

 片手に白い携帯電話を持っていたけど、最初はこれが何なのか、なんで私が持っているのかもわからなかったわっ。だって、全部が全部、初めて見る物だったんだもの。

 そのままずっと辺りを見渡していたけど、ここに居てもしょうがないと思った私は、行く当ても無いまま数日間、住宅街を彷徨った。


 そして、とある公園で子供達の会話を耳にしたの。最近、この街にメリーさんが出没するようになったってね。


 そのメリーさんが、私だった。


 最初は、自分の事をちょっと変わった人間の子供だと思っていた。だけど、実はそうじゃなかったらしい。

 私は、メリーさん。人間の子供じゃなくて、都市伝説のたぐいであり、妖怪みたいな化け物だった。


 それを聞いてショックを受けた私は、数ヶ月人気ひとけの無い山奥に逃げ込んで、ずっと身を潜めてボーッとしていたけど、ある日突然、フツフツと怒りが湧き上がってきたの。

 なんで私が、こんな場所に逃げ込んで、身を潜めていなくちゃいけないの? 逃げるのは、奴ら人間の方でしょっ!? ってね。


 だから私は、怒りながら再び住宅街に戻ってきたの。この住宅街にいる人間共を、恐怖のどん底に叩き落としてやるためにね。

 ふふっ、楽しみだわっ。みっともない表情をして、泣き叫びながら逃げ惑う人間達の事を想像すると、ゾクゾクしてきちゃう。

 早速、適当な奴に電話をして、しこたま驚かせてやろうかしらね。


 プルルルルル、ガチャッ。


「はい、こちら警察署。事件ですか? 事故ですか?」


「私、メリーさん。いま、住宅街にいるの」


「メリーさんですね。事件ですか? 事故ですか?」


「えっ? じけん? じこ?」


 こいつ、いったい何を言ってるのかしら。サッパリわからないわっ……。そもそも、電話をしたのは私の方よ。

 なんで、電話に出たこいつがどんどん話を進めていくのかしら。迷惑極まりないわね。主導権はこっちにあるんだから、ガツンと言ってやらないと。


「はい、どちらですか?」


「あっ! い、いえっ。どちらでもない、ですけど……」


「……イタズラ電話ですか?」


「い、イタズラ? なんだかわからないけど、たぶん……」


「次からは気を付けてくださいね」


 ガチャッ……ツーッ……ツーッ……。


「お、怒られちゃった……」


 ……えっ? なによ「じけん、じこ」って? それに、なんで私が怒られなくちゃいけないの? まったく、これだから人間は嫌いなのよ!

 だんだんムカついてきたわっ。後で直接こいつがいる所に行って、後悔するほど驚かせてやるんだからっ!

 ……記念すべき最初の電話はコケちゃったけど、次で挽回すれば問題無いわよね。今のは無しよ、無しっ。よし、次こそはしこたま驚かせてやるわよっ!


 プルルルルル……、プルルルルル……、ガチャッ。


「はい、こちら妖々ようよう軒」


「私、メリーさん。いま、住宅街にいるの」


「メリーさん、ね。ご注文をどうぞ」


「ご、ごちゅうもん?」


「はい」


 ま、またワケがわからない事を言ってきたわっ……。こいつもペラペラと話を進めちゃって、さっきからなんなのよ!

 ごちゅうもん、「じけん、じこ」とはまた違うヤツよね。どうしよう、なんて答えればいいのかしら……。


「えっと、えっと……」


「……」


「……ご、ごちゅうもん」


「後がつっかえてるんですけど、まだ時間掛かります?」


「ふぇっ!? た、たぶん……」


「メニューが決まったら、またそっちから電話して下さい」


「は、はいっ!」


 ガチャッ……ツーッ……ツーッ……。


「また怒られちゃった……」


 ……もうっ、さっきからなんなのよっ! 私がわからない事ばっかり言って! メリーさんって名前を聞いた時点で「ヒイッ!」とか「で、出たーっ!」て、驚きなさいよ!

 これじゃあまるで、私がバカにされているみたいじゃない! あーっ、悔しいっ! ……もうっ、今日はこれくらいで勘弁しといてやるわっ!

 明日こそは、こうは行かないんだからねっ。いっぱい驚かせてやるから、震えて待っているがいいわっ!


 プルルルルル……、プルルルルル……。


 あらっ、私の携帯電話に着信が……、いったい誰かしら?


「も、もしもし?」


「もしもし、俺だけど」


「俺? 誰よあんた」


「俺だよ、俺俺」


 何よこいつ。普通、電話に出たら名前を言うのが礼儀ってもんでしょ。絶対に名乗らせてやるんだから。


「だから、誰なのよっ」


「俺だって、分からないの?」


「わかるわけないじゃないっ! ちゃんと名前を言いなさいよっ!」


 ガチャッ……ツーッ……ツーッ……。


「あっ、切れっちゃった……。気味が悪いわっ」


 誰よ、俺って。……まさか、新手の妖怪? イヤだ、目をつけられたのかしら? どうしよう、見つかる前に早く帰らないと……。

 ほとぼりが冷めるまでの間、身を潜めてないとマズそうね。なによ、この住宅街もなかなかやるじゃない。ふふっ、だんだん面白くなってきたわっ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る