短編集「グラプトベリアは時間にルーズ」

瀧本無知

グラプトベリアは時間にルーズ

1.グラプトベリアがやってきた

 初秋、現代のコウノトリドローンに運ばれてマギーはやってきた。


 多肉植物の一種、グラプトベリア属のマーガレット・レッピンの「2.0」。ダリアが小さな花びらを重ねて大輪を形成するように、ふっくらとした肉厚の葉を重ねて一つの株を作っている。


 備え付きの鉢植えごとベランダの陽当たりのよいところに置いてやると、鉢に搭載されたスピーカーからノイズが漏れた。


 そこに耳を近づけると、今度ははっきりと声がした。とっても渋いダンディーなボイスだった。


「グラプトベリア属のマーガレット・レッピンだ。よろしくどうぞ」


「本当にしゃべった」


 ややぶっきらぼうな自己紹介に思わず後退りした私は後頭部を出窓のスマートガラスに打ち付けた。


『強い衝撃を感知しました。通報しますか?』


 警備システムが唸り始めたのを黙らせて、もう一度その多肉植物に目を向ける。私の手にすっぽりと収まってしまいそうな程に小さな一つの株。〈植物2.0〉はしゃべるとは聞いていたが、これにそんな意思があるとはとても思えなかった。


「あれ、揮発性化学物質言語の翻訳プロトコルが機能してねえのか? 有益そうな周辺環境ヒトがいるから挨拶したってのに全然返事がねえってどうなってんだ。おーい、周辺環境誰かさん。そこにいるのは分かってるんだ。二酸化炭素濃度の増加とアンモニアの匂いはごまかせないぞ」


「あ、えっと、よろしく」


 慌てて挨拶を返すも思わずどもってしまった。植物に責められるのも、遠回しにしょんべん臭いと言われるのは生まれて二十九年、初めてのことだった。


「なんだ、ちゃんと機能してんじゃん。俺のことはマギーと呼んでくれ。以上」


 マーガレット・レッピンことマギーはそこで会話をぶった切り、私の話しかけた言葉をことごとく無視した。ふと我に返り、多肉植物に話しかける痛々しいアラサー女子になっている自分に気付き、部屋に戻った。


 それが、しゃべる多肉植物グラプトベリアとの奇妙な同居生活の始まりだった。

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