腐り果てた俺様たち

@heyheyhey

腐り果てた俺様たち

 目の前にいる煤を被ったような黒髪の奴は、干し肉に蜂蜜を掛けていた。腐りかけたテーブルに垂れそうなほどたっぷり掛けると、ようやくバクの奴は干し肉を放ばった。


「……味覚腐ってるのか」


「腐ってんだよ」


 俺様は肩を竦め、崩落したバーの天井から空を見た。薄暗い陽だ。雨模様ではない。冬のよくある空だ。昼でも夕方のようで見ているだけ気が滅入る。


「……誰か、いるんですか」


 外から怯えた声が聞こえた。俺様は淵の欠けたコップの水を飲み、空になったコップをカウンターの裏に投げ捨てる。コップの割れる音が鳴り、外からか細い悲鳴が上がった。


「脅すなよ、デキ」


「向こうが勝手に驚いただけだ」


 壁に開いた無数の穴の一つから、誰かが覗いている。それはバクも気付いていたが、気にせず蜂蜜塗れのゲテモノを食らっていた。


「……なあ、デキ。あいつに聞けば良いんじゃねえのか」


 何を、俺様がそう聞こうとした時、外にいる奴が二度目の悲鳴を上げた。俺様はふとそっちに眼をくれ、バクが馬鹿をしたのだろうとバクに視線を向ける。


 人が、バクの首筋に噛みついていた。


「あ?」


 ゾンビだ。


 腐臭と腐肉でお馴染みのゾンビが、バクの首を噛み千切った。俺様は腰から六連リボルバーを抜く。ゾンビの頭を吹き飛ばす。一発必中、俺様はリボルバーを腰に収め、焦げて黒ずんだ帽子を被って立ち上がった。


「外の奴、お前人間か」


 返事はない。俺様は倒れて動かなくなったバクの躰を跨いで、今にも崩れそうな扉を蹴り開けた。草木に覆われたアスファルトの道路に、やけに肌の白い奴が腰を抜かしている。


「ああ、人間で合ってるな。俺様たちは腐った奴を潰しに来た、一応、政府の者だ。ほら、これが証拠だ」


 俺様は懐から警察バッジにも似た、星型のバッジを取り出す。白い肌の奴はそれをまじまじと見つめ、深く息を吐いた。


「保安官、でしたか……。ゾンビなら、ここから一キロほど北にいったところに住処があります」


 俺様は北を眺め、力なく立ち上がるそいつを見やる。


「お前、この近くの人間か」


「はい。僕はエン。この近くにあるメイの街の人間です。今は見回りの途中で、見慣れないそれがあったので様子を見に来たんですよ」


 エンが指差したのは、直ぐ傍にある俺様たちのバイクだった。サイドカー付きの塗装の剥げ掛けたバイクは、廃墟になったバーの前で捨てられたように停まっている。


 雄叫びが轟いた。


 真後ろ、ゾンビの叫びだ。エンが身を縮ませる。俺様は振り返り、酒場から出てくるゾンビを見据えた。


「まだいたのか」


 俺様はリボルバーを抜く。瞬間、ゾンビの胸から槍の穂先が飛び出した。


「私を刺しやがったお返しだ、糞野郎」


 バク。槍を抜き、すぐさまゾンビの首を撥ね飛ばす。俺様はリボルバーを下ろしてエンを振り返った。


「その住処は大きいのか」


 答えない。エンはバクの抉れた首筋を見つめて口を半開きにしている。話にならないな。俺様はバイクに向かって歩を進めた。


「行くぞ、バク、北だ」


「おうよ」


 俺様がサイドカーに乗ると、直ぐに槍を背負ったバクがバイクに飛び乗った。エンジンを吹かす。ぼろいバイクがいっちょ前に唸り出す。


「糞、服に穴が開いたぜ」


「で、腹いせにだまし討ちか。腐ってるな」


 バクは鼻を鳴らし、乱暴にアクセルを回した。


「腐ってるんだよ。私たちゾンビだぞ」




 バイクの発する唸りに、ゾンビたちが反応した。人の消えた緑の道路に見える数は十から二十、ピクリと反応して俺様たちに向かってくる。


「デキ、どこまで行く?」


 左手でハンドルを操作して、右手で槍を構えたバクが言う。その首筋の負った傷はとうに治っている。俺様は六連リボルバーの弾を装填して、サイドカーから躰を起こした。


「行きつくところまでだ」


「オーケー!」


 フルスロットル。バイクがゾンビ共に突っ込んでいく。ゾンビが吠えた。腐った体液を撒き散らし、威勢良く大口を開けて襲ってくる。


 俺様は引き金を絞った。一体のゾンビの頭部が弾け飛ぶ。すぐさま、もう一体のゾンビがバクの槍で倒される。さらに二体、三体、道を塞ぐゾンビ共をなぎ倒す。


「さっさと墓場で眠れよ、糞ったれ!」


 バクが笑っていた。鎌の代わりに槍を振り回す死神のように、黒い髪を振り乱してゾンビ共を刈っていく。俺様は戦いをバクに任せ、弾を装填しつつ正面のビルを眺めた。


 この辺りは田舎町だったらしく、その十二階建てのビルですら摩天楼のように目立っている。ゾンビの体液と蔓やらが混じり、子供が遊んだ後のパレットのような色合いになっているそれは、ゾンビ共の住処に相応しかった。


「出迎えが来たぞ!」


 バクが叫んだ。十二階建てのビルからゾンビ共が溢れてくる。どうやら、あそこがゾンビ共の住処の中心部で間違いなさそうだ。俺様はリボルバーを構えてサイドカーから立ち上がった。


「突っ込め」


「言われなくても!」


 バイクが驀進する。ビルから出てくる三十近いゾンビ共が獰猛に行進する。ゾンビの醜い顔。爛れた皮膚。濁った眼。俺様はバイクから飛び降りた。即座に発砲。転がりながら着地する。


 嫌な音がした。


「あっ」


 着地に失敗して足の骨が折れたらしい。それでも俺様は発砲し、一番近いゾンビを始末した。群がってくるゾンビを倒しつつ、俺様はずれた足の骨を叩いて合わせる。それで骨は接着し、直ぐに元通りになった。


「先に行ってるからな」


 騎馬武者気取りでゾンビと遊んでいるバクに言い捨て、俺様はビルに足を踏み入れた。ロビーには腐肉と体液がカーペットみたいに分厚くへばりついている。俺様は鍵の掛かってない部屋の見回りを始めた。


 どの部屋にもゾンビはいなかった。住処にしている形跡は色濃く残っているが、肝心の姿が全くない。今ビルの下にいるのが全てなのか。違和感を覚えながら、俺様は最上階の最後の部屋に踏み入った。


「だ、誰だ!」


 いた。人間、なわけがない。黒土みたいその皮膚は、間違いなくゾンビのものだ。

 俺様たちと同じ、自我を保った個体か。


 ゾンビに噛まれたとしても、およそ五割の確率で意識を保っていられる。とはいえ、それは猶予期間だ。時期に意識のないモンスターになる。この個体の厄介なところは、人間並みの知能がある事だ。人間の街に潜入してひっそり暮らすか、あるいはゾンビに襲われず、さらには簡単な意思疎通が図れる事からゾンビ集団のボスになるか。何にせよ、何をしでかすか分からない危険な奴らだ。


「お前がボスか」


「やれ!」


 その声が聞こえた時には、俺様の視界はグルグルと回っていた。拍子に後ろが見える。大柄のゾンビが鉈で俺様の首を斬ったらしい。俺様の首は地面を転がり、黒い皮膚のゾンビの脚に当たって止まった。


「ん? なんだ、お仲間か。これは悪い事をしたな。でも、お互い様だからな」


 黒い皮膚のゾンビはにんまり笑う。俺様は言い返そうとしたが、肺がなくては声が出せない。じっと見つめていると、ふと、黒い皮膚のゾンビは俺様の躰を見やった。


「漁るんだ、何か身元を証明するものがあるかもしれない」


 大柄のゾンビが動く音がする。感覚はないが、躰を弄られるのは気分が悪い。どうしたものかと悩んでいると、不意に鈍い音がした。


「でかい棺桶が必要だな」


 バクの声だ。少し遅れて、重いものが落ちる音がした。黒い皮膚のゾンビの顔色が変わる。瞬間、その肩にバクの槍が突き刺さった。


「もうくたばるのかよ、デキ?」


 俺様の首が浮いた。と思った瞬間、視界が目まぐるしく回転した。どこかにぶつかる。手足の感覚が戻る。首が繋がったか。俺様は頭を押さえて立ち上がり、床に落ちた焦げ帽子を拾った。


「おら、吐けよ。他の仲間はどこにいる」


 バクが黒い皮膚のゾンビを踏みつけていた。俺様は帽子を被り、いつでも撃てるぞとリボルバーを軽く構える。


「仲間? 目の前に二人いるじゃないか」


「良し、遺言は聞いたぞ」


 バクが槍を構える。寸前、俺様は黒い皮膚のゾンビの脚を撃った。痛みがないのに、ゾンビは咄嗟に足を押さえた。


「止めろ、バク。なあ、俺様たちは腐った奴らを探してるんだよ。人間の癖にゾンビと手を組んでる腐った奴をな」


 ゾンビは足から手を放し、鼻を鳴らした。


「てめえら政府の犬か。ゾンビの癖して人間と組むなんざ正気か。今はモラトリアムでまともでも、いつかは下の奴らみたいに狂うんだぜ? そしたらめでたく人類の敵だ」


 俺様とバクは顔を見合わせた。そして、二人して笑った。


「だからどうしたよ。私たちはとっくに終わってんだよ」


「俺様たちも、ゾンビも、人間も、この世界も全てな。だからこそ、腐った奴らを潰す。さあ言え、お前たちと手を組んだ腐った奴は誰だ」


 黒い皮膚のゾンビは、深く息を吐いた。


「どうせ殺すんだろ?」


「もう死んでるだろ」


 バクが言うと、黒い皮膚のゾンビは小さく笑った。


「……奴は今日、俺たちと生贄について話し合う合う予定だった。何事もなければメイの街に戻ってる筈だ」


 俺様はリボルバーの撃鉄を起こし、最期の質問をした。


「そいつの名前は」


「エン」




 貧相な街が見えた。


 辛うじて生気を残しているだけの街だった。周りを脆弱な金網が囲み、蔓に覆われた三階建てのアパートが天守閣のように立っている。入り口にある見張り台も、公園の滑り台を利用したちゃちなものだ。


 俺様たちが入り口でバイクを停めると、見張りが狩猟銃を構えて叫んだ。


「人間か!?」


「政府の者だ」


 俺様は警察バッジにも似た星型のバッジを見せつける。それで、見張りは狩猟銃を構えながらも表情を緩めた。


「エンって奴を探してる。用はそれだけだ」


「……保安官殿は直ぐに帰るんだな?」


「住む場所にも食い物にも困ってない」


 見張りは無線で連絡を取った。少しして、脆弱な金網のフェンスが開けられる。バクが軽くスロットル回してバイクを緩く走らせると、見張りがすれ違いざまに口を開く。


「エンの家は裏口、一番奥にある木造の一軒家だ」


 俺様たちは街に入った。小さな街だ。エンの家らしき一軒家がもう見える。ゾンビみたいに俺たちを見に出てくる数少ない住人を無視して、バイクは静かに進んでいく。


「なあよ、デキ。今思うとエンとかいう奴は、私たちと腐れ野郎共をぶつけて、始末させるつもりだったのかもしれねえな」


「かもな」


 それだけの会話で、二階建てのエンの家に到着した。掃除が行き届き、古いなりに清潔な街にあって、この家だけが淀んだように薄汚れている。律儀に呼び鈴を鳴らすつもりはない。バクが玄関近く、俺様は勝手口近くの窓を壊して同時に侵入した。


「久しぶりだな、糞野郎!」


 バクが怒鳴る。足音が階段を駆け上がっていく。逃がすか。俺様たちは走った。階段を上がり、扉が開け放たれた部屋に入る。


 ベランダから飛び降りようとするエン。俺様は素早く撃った。地面に着弾。エンが硬直する。瞬間、バクが飛び掛かった。


「よう」


 エンはあっさりとバクに抑え込まれた。俺様は弾を装填しつつ、エンに歩み寄る。


「度々、この街の住人が消えるそうだな。噂では、街に忍び込んだゾンビが攫ってるとかなんとか。で、それを見たって奴からタレコミがあってな。俺様たちがやってきたってわけだ」


 エンの息は荒かった。瞳は激しく動き周り、しかし次第に落ち着いていく。


「……噂で、こんな事をするんですか?」


「ゾンビの口からお前の名前が出た。見返りは何だ」


「なんの証拠があってそんな事」


 そこで、バクがエンを殴った。


「うるせえな。良いから罪を認めろ。嫌なら今殺す」


 槍を構える。脅す気配も見せず、バクが槍を振り下ろす。


「怖いんですよ!」


 槍が止まる。ややあって、エンが言葉を続けた。


「確かに俺はゾンビと手を組んでました。でも、それがどうしたって言うんですか。やってる事は貴方たちと手を組んだ政府と同じ、それの何が悪いんですか」


 バクが小さく笑い、槍を一回転させた。


「確かに私たちはゾンビだ。だけどよ、中身までは腐っちゃいねえ。仲間を売ってでも生き残ろうとする腐った奴は、私たちが始末してやる」


「なら死ねって言うんですか」


「おう、死ね」


 槍が振り下ろされる。瞬間、俺様は槍の柄を掴んだ。


「止めろ」 


 バクが振り返る。眼付き鋭く俺様を睨んでくる。


「自白はさせた。ならもう殺して良い筈だろ」


「どうせ時期に死ぬ。後はこの街の人間が決めるべき事だ」


「いや、ここで殺す。死ぬ時は一瞬だ」


 言って振り返り、バクは懐から短剣を取り出した。すぐさま、俺様は短剣を撃って弾き飛ばす。


「何すんだよ!」


「殺させない」


 睨み合う。


 弾は残り五発、十分だ。バクがさりげなく槍を握り直す。俺様は呼吸を隠した。バクは少しずつ動きながら構えを取っていく。


 エンの呼吸だけが鳴っていた。


 床が軋む。俺様たちは動いた。途端、金切り声が響き渡った。


「ゾンビだぁ!」


 俄かに騒がしくなる。俺様がリボルバーを下ろすと、エンが怯え切った声を絞り出した。


「お前たちのせいだ……」


 その顔からは血の気が引いていた。眼だけが奇妙に据わっている。


「お前たちがゾンビを返り討ちにするから、あいつらが報復に来たんだ。全部、全部お前たちのせいだ!」


「腐ってんのが悪ぃ」


 言って、バクがベランダから外を眺めた。


「おうおう、結構な数が来やがったな」


 俺様もベランダに出た。壊れた金網の一部から五十近いゾンビ共が雪崩れ込んでいる。街の住人は精々百人か。この街はもう助からないだろう。


「あっ、糞、逃げやがった」


 バクが舌打ちする。エンの存在を思い出す。ベランダにいない。走るような音、下を見る。エンがゾンビたちの方に走っていく。


「追うぞ」


 俺様たちはベランダから飛び降りた。街は叫喚に染まっていく。俺様たちは見向きもしない。一直線にエンを追った。




 エンは思いの他足が速かった。しかも上手くゾンビを盾にして俺様たちの脚を止めようとしてくる。


「デキ! 私はバイクを取ってくる、その間は任せたぞ」


「分かってる」


 バクと別れる。俺様は装弾しつつ、エンを追って三階建てのアパートの一室に飛び込んだ。血溜まりに男の死体が転がっている。奥から泣き叫ぶ女の声がする。


「敵が来た! ……ひっ」


 エンが部屋を覗き込んで言った。すぐさま振り返って俺様を見る。瞳が虚ろだ。俺様は銃を構える。エンが走り出した。狙いを定める。

 ゾンビが、廊下に姿を見せた。撃つ。頭部を潰した。動かなくなったゾンビを飛び越え、窓から逃げたエンを追う。


 その瞬間、ちらりとゾンビが出てきた部屋が見えた。裸の女が放心している。その胸には幼児服が抱かれている。しかし幼児の姿はない。


「……腐ってるな」


 俺様はアパートを出た。あちこちから嘆きと怨嗟、興奮と雄叫びが上がっている。辺り構わず地面が赤く染まり、女子供が引きずられていく。


 エンは、その中央を走っていた。向かう先にはゾンビの群れがいる。俺様は向かってくるゾンビだけを撃ち倒し、エンの後を追った。


 バイクの唸りが迫ってくる。バクの嬉しそうな裂帛の声が近づいてくる。


「乗れ!」


「もう遅い」


 俺様たちはゾンビの群れの前で足を止めた。まるでヘドロの山だった。本陣めいたゾンビの群れの中心にはでかいゾンビが君臨し、その背中に隠れるようにエンがいる。


「ご同輩、何の用だ?」


 でかいゾンビが言った。俺様はバクに目配せして、銃床でエンを指し示す。


「そいつに用がある」


「こいつは俺たちの手駒だ。用があるなら俺たちに言いな」


「言いたい事があるだけだ」


「……勝手にしな、おい」


 でかいゾンビがエンを蹴る。しかし、エンは表情を引きつらせながらもゾンビの後ろから動かない。


 俺様は減った弾を装填しつつ、サイドカーに足を掛けた。


「見ただろう、エン。こいつらが人間をどうするかを。不要な男は殺し、子供と一部の女だけを攫って家畜にする。仲間を増やすも食料にするのも気分次第。お前はこういう奴らと手を組んだんだ。ただ、死にたくないってだけでな」


 でかいゾンビが大笑いした。それは周りのゾンビ共にも広がっていき、でかいゾンビの一声でぴたりと落ち着く。


「てめえらが仲間を殺したのが悪ぃ。ま、このチキンがてめえらをけしかけたのがそもそもの原因だけどな。切っ掛けをくれて感謝するぜ、お三方」


 また、ゾンビ共が笑う。俺様は立ったままサイドカーに乗った。懐からもう一丁、オートマチックの拳銃を取り出す。


「毒には毒を、腐った奴には腐った奴を」


 バイクが轟いた。急発進する。ゾンビの群れに突っ込んでいく。俺様の二丁拳銃が火を噴いた。バクの槍が汚い血飛沫を上げていく。


 でかいゾンビが吠えた。瞬間、エンが動いた。手には包丁、でかいゾンビの後頭部に振り下ろす。


 見事な一撃だった。


 エンの顔は恐怖に引きつり青ざめ、しかし、ほんの少しの覚悟があった。


「その人間を殺せえ!」


 ゾンビが怒鳴る。俺様たちはゾンビの群れを突破する。俺様が振り返ると、中央のエンにゾンビ共が群がっていた。


「……良い最期だ」


 バクが呟く。俺様はサイドカーに腰を下ろした。


「用は済んだ。これで終わりだ」


 まだ、後方は騒がしかった。武器を収めてバイクを走らせる。破壊された貧相な金網を乗り越えて、俺様たちはメイの街を去った。




 翌日、見晴らしの良い国道の真ん中で休んでいると、人間が一人、俺様たちに近づいてきた。


「ああやっぱり、昨日メイの街に来た人たちですね」


 見覚えはない。バクは起きているのか寝ているのか、顔に布を掛けて死体みたいに横になっている。俺様はガスコンロの火を止めて、そいつに向き直った。


「逃げてきたのか」


「いや、帰る途中です。ここまで逃げてきたんですが、仲間からゾンビたちが住処に戻ったと聞いて。これから街の復興に一人でも多くの人手が必要なんです」


 街が復興するか。俺様は息を吐いて、またガスコンロの火をつけた。鍋に入った水は直ぐに沸騰状態に戻る。


「……エンがゾンビと手を組んでいた事は聞きました。ありがとうございます。結果はともあれ貴方たちがいなければ、今も人知れず街の住人は攫われ続けていたでしょう」


 そう言って、メイの街の住人は街に帰っていった。俺様は湯でコーヒーを淹れ、一服する。それを見計らったように、バクが躰を起こした。


「なあデキ、あの街、どうなると思うよ?」


「滅ぶ」


 動機がどうであろうと、メイの街が永らえていたのはエンがゾンビと手を組んでいたからだ。生贄という寿命延長が無くなった今、メイの街は一年もせずに滅び、住人はゾンビになるか死に絶えるだろう。


「……だよな。どうせなら昨日一息に滅べば良かったのにな」


「いや、これで良い。風化するように徐々に滅ぶ。それが自然の摂理だ」


「理解できねえな。派手に死ぬから最後が輝くんだよ。私にも一杯くれ」


 俺様はガスコンロの火を点けようとした。だが、点かない。どうやら壊れたらしい。何度やってもうんともすんとも言わなかった。


「終わってるな」


「全部終わってるんだよ」


 言って、俺様は立ち上がった。少ない荷物を背負い、バイクのサイドカーに乗り込む。


「世界も、人類も、俺様たちも」


「……私たち、あとどれくらい正気でいられると思う?」


「長くない、分かってるのはそれだけだ」


 不意に、バクが歯を見せて笑った。勢い良くバイクに跨り、盛大にエンジンを吹かせる。


「ま、行くか。止まったところが終点だ」


 俺様たちを乗せたバイクが走っていく。ひび割れたアスファルトを草木が多い、おちこちにガラクタとなった自動車が転がる道路を進んでいく。

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