第241話 公爵の誘い

 朝食後、お昼前に集会所へ向かう。

 扉を開けた途端においしそうないい香りが漂っていて、お腹がぐううと鳴った。


 早めに来たと思ったんだけど、既にカウンター、テーブル席に座っている人たちも。

 キッチンではフレデリックが手際良く料理をしていて、あの鍋からいい香りがしていたんだな。

 いや、あそこだけじゃない。あのオーブンからも、えもいわれぬ香ばしい匂いがするぞ。


「あとはクラウスとリュティエで全員揃うのか、はやいなみんな」

「せったくだから、お昼もここでと思ってさ。フレデリックに頼んだんだよ」


 カウンター席で座ったままくるりと向きを変えた金髪の少年がにこやかに返す。

 

 リュティエとクラウスが到着してから、お楽しみのお食事タイムを終え、議論も半ばまで差し掛かった。

 議論は迎え入れる側の俺たちがどこまで歓待の意を見せるかについてに移っている。

 曲がりなりにも一国の首脳なのだから、必要な物資は持って来ているだろうとマルーブルクは言う。

 続いて彼は、こちらの準備が良すぎるのも良く無いとし、施しをするにしても残らないモノがよいと述べる。


「いろんな物を与えちゃうと向こうからの要求がポンポンくるようになるかも、ってことかな」

「そうだね。だけど、『威』を見せるのは良いと思う。食事くらい出してもいいんじゃない?」

「宿泊施設の設備も使ってもらう分にはよいよな」

「うん。クリスタルパレス公国どころか他のどの国だって、あんなシャワーとトイレは無いからね」

「大浴場も作って置くか」

「ふじちまの湯かい。いいんじゃない? 後からも使う事ができるし」


 その名前……なんて安直なんだ。

 ところがどっこい、リュティエとワギャンが手を叩いて賛同する。


「ふじちま殿の名を冠した浴場。素晴らしい」

「大魔術師より親しみを込めてというわけだな」


 えー。せめて藤島にしようよ。藤島温泉とかならまだ有りそうな名前じゃない?

 しかし、俺の努力もむなしく、この後クラウスと共に「ふじちま温泉」を作ることになってしまった。

 宿の管理はフレデリックに任せ、もし首脳と会話する必要がある場合は同行しているフェリックスを通じて伝えることとした。

 明日やってくる魔族に対しての窓口は、もちろん痴女……じゃなくフレイだ。


「……熱い視線を感じました」

「見てない見てないからな」


 ほおっと色っぽく息を吐くフレイに向け首を横に振る。

 全くもう……すぐお仕事モードから痴女に戻るんだから。お仕事モードの時はキリっとしていてできる人って感じなんだけどなあ。

 

 ◇◇◇

 

「兄ちゃん。言い感じじゃねえか」

「うん。俺も我ながらよくできたと思う」


 素晴らしい岩風呂だ。流れ落ちるかけっぱなしのお湯がちょっとした川にも見える水路を通り、排水口へ流れ落ちて行く。

 竹とスダレがいい味を出している。いい感じなんだけど、純和風になってしまった。

 宿は洋館風にしたから、ギャップがやべえ。いや、いいのかこれで。洋館の中にふじちま温泉があれば、違和感があったかもしれないけど別施設だものな。

 この温泉は洗い場だけじゃなく、ちゃんと着替える部屋もあるし単独で温浴するための設備が全て揃っている。


 手を湯船につけたクラウスがニカっと微笑む。


「ここで一杯やったら最高だな」

「確かに。いろいろ持ち込んでゆったりと湯に浸かりながら……」


 意気投合した俺とクラウスは、会談終了後にここで一杯やることを誓い合う。

 

『パネエッス!』


 なんだなんだ。あの鳴き声はハトだな。

 よちよちと俺たちのところまで歩いてきたハトが、嘴を上にあげる。

 

『キタっす!』

「えっと、公爵らが来たってこと?」

『そうっす! ちゃんと伝えたから餌をくれっす!』

「いつそんな約束を……」

『人間は仕事をしたら報酬を与えるって聞いたっす! 餌をくれっす!』

「余計な知識だけ身につけてるんだな……ここじゃあなんだから、家に戻ったら何か用意するよ」

『うっす!』


 餌がもらえると分かったハトはすぐによちよちと外に向かう。


「ハトは相変わらず楽しくやってそうじゃねえか」

「まあ、あいつはブレないよ」

「そっかそっか」


 バンバンと俺の背中を叩き、愉快そうに笑うクラウス。


「それじゃあ、俺たちも行こうか」

「んだな」


 ◇◇◇

 

 来たって聞いたけど、外に出てすぐのところにいるなんて聞いていないぞ。

 予想以上にふじちまの湯制作に時間がかかっていたようだ。いろんな小道具を追加したりしたもんなあ。

 クラウスは凝り性だし、俺も彼のセンスと合うところがあるからついつい、さ。

 

 ふじちま温泉を出たところは広場になっている。奥に神殿風の会談の場があって、右手と左手に宿泊用の洋館となっていた。

 広場には数台の馬車が停車して、馬車の前には数人の騎士が立っている。

 

 馬車から少し離れたところに椅子に座った公爵とエルンストにローブを着た男。彼らを囲むように六人の騎士が槍を突き立て護りを固めている。

 物々しいけど、彼らからしたら異国の地に来たんだし、まあこんなもんか。むしろ、護衛の騎士の数が少ないのかもしれない。

 それだけ、俺を信頼してくれている? いや、違うな。

 あれだけの力を見せたんだ。いくら兵士を用意しようが、結果は同じだと腹を括ったと見た方が自然だろう。

 

 俺が姿を現すと、どよめきが起きる。

 すぐにトテトテとフェリックスがやって来て、頬を紅潮させながらペコリとお辞儀をした。

 彼の後ろにはマルーブルクとフレデリックがゆっくりと歩いて来ている。

 

「フェス。ここまで引率してくれてありがとう」

「いえ、わたくしは何も。久方ぶりにお父様やお兄様とお話しも出来ましたし」


 お父様……はマキシミリアン・ファン・クリスタルパレス公爵だったっけ。

 他は、公爵の左右を固める二人か。騎士風がエルンストで、もう一人のローブは……。


『ヘルマン・ファン・クリスタルパレス』

 

 ふむ。ハウジングアプリの情報によると、彼はヘルマンというらしい。

 かなり記憶があいまいだけど、確か三男だっけ。ここに来ていない長男はこの前クリスタルパレスに行った時、公爵の横にいた人かな。

 

「公爵に挨拶をして来てもいいかな?」

「是非!」


 俺から歩いて行っていいのかな?

 マルーブルクに目配せすると、彼は俺の後ろに並び「行け行け」と目で合図してくれた。

 

 真っ直ぐに公爵の元へ歩いて行くと、手前で控える護衛が槍を地面に突き立てピシっと敬礼する。

 彼の動きに合わせるかのように、他の護衛も槍を突き立て同じように敬礼を行った。

 

「偉大なる大魔術師様に敬礼!」


 公爵自らが立ち上がり、自ら敬礼を行う。

 遅れて控えるエルンスト、ヘルマン、護衛の兵全てが肘を横に立て敬礼を行った。

 うわあ。なにこれ。

 

 戸惑っている間にも公爵が俺の元まで堂々と歩を進め、片膝を付いた。

 

「大魔術師様。御自ら来て頂き感謝いたします」

「魔族の到着は明日になる。それまでちょっとした休める屋敷を準備した。フレデリックに案内させる」

「お心遣い痛み入ります」

「食事も用意している。口に合うとよいんだけど」

「何から何まで感謝いたします」

「明日までゆっくりとくつろいで、旅の疲れを癒して欲しい」

「はい。大魔術師様。失礼ながら、一つお願いしたいことがございます」

「聞けることなら。言ってみてくれ」

「少しの間で構いません。二人でお話しさせて頂けませんでしょうか」

「もちろん。この後すぐでいいかな?」

「はい。是非に」


 公爵は一体何を語りたいんだろう。

 魔族の国とのことでのお願いだったら、聞けるか分からないけど。

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