第201話 いっぱいきた……

 ガーゴイルの方も俺とタイタニアの姿に気がついたようだな。

 でも、奴の様子は意外すぎるものだった。なんとその場で片膝をつき、首を垂れたままじっとしている。

 ガーゴイルって確か、ゴブリンたちに取り付き彼らに進化を促していた奴らだったよな。

 目的はゴブリンの戦力を強化し、人間を抹殺すること。

 ゴブリンの目的も似たようなものだったから共闘したのだと推測している。

 ガーゴイルは魔族が魔力で操っているところまでは分かっているけど、彼らがゴブリンたちに協力するきっかけは何だったのかは不明。

 マルーブルクの考察では、偶然説と公国の手引き説があったっけ。

 エルンストのフェリックスに対する所業を聞いてから、聞いた時は「自爆なんて有り得ない」と思っていた公国の手引き説も眉唾じゃあないと俺は考えるようになった。


「フジィ?」

「あ、ごめんごめん」


 ちょんちょんと二の腕あたりを指先でタイタニアに押され、改めてガーゴイルを見やる。

 相変わらず、かしづいた姿勢のまま微動だにしない。

 どうしたもんかなあ、これ。


「うーん」

「お話してみたらどうかな?」

「ガーゴイルって操り人形なんだよな。問答無用で公国や帝国に戦争を仕掛ける魔族の」

「うん、だけど。フジィならきっと」


 魔族との戦いで同僚や親族を失ったかもしれないってのにタイタニアは、ふんわりと微笑むんだ。


「で、でも」

「一度ガーゴイルとお話しようとしたじゃない! わたしだってフジィの深ーい考えを少しは分かっているんだよ」

「深い……」

「うん! フジィはどんな憎い敵であっても、仲良くできるって教えてくれたんだよ。だから、わたしもせめてどんな人でも憎しみを持たないって決めたの」

「タイタニア……」

「わたしのことを案じて迷っていたんだよね? 大丈夫だよ?」

「分かった。ありがとう」

「えへへ」


 タイタニアの肩をぽんと叩き、ガーゴイルの元へゆっくりと歩いて行く。

 タブレットを操作し、ガーゴイルの目前にある道を作り直す。

 凹型に組み替え、ガーゴイルを凹の中央部に、俺は奴の前に立つ。


「何か俺に用か?」

「……」


 ガーゴイルは何も答えず、頭を下げたまま動かない。

 ん、んん?

 あ。


「表を上げよ。発言を許可する?」

「ありがたき幸せにございます。直言できぬ無礼をお許し下さって感謝致します」

「お、おう……んで、どうしたんだ? 突然やって来て」

「魔導王殿。突然の訪問につきまして、まずはお詫びを。申し訳ありませぬ」

「あ、いや」


 こ、このガーゴイルは以前会話をしたガーゴイルと操っている者は同じなのか?

 魔導王って誰のことか分からんが、とんだ勘違いだよ。


「フ、フジィ」


 タイタニアが怯えたように俺の服を掴む。

 ゾク――。

 彼女から半歩遅れ、俺の背筋が総毛立つ。

 こ、この圧倒的な気配は、俺の知る限り二体しかいない。

 

 どこにいるのかなんて確認しなくても分かる。

 右前方だ。

 まだ遥か遠くにいるらしく、俺の目では確認できないけど……。

 ひとーつ、ふたーつ。

 ほら来た。

 

 雄大さ、悠然さと表現するには生ぬるい、その圧倒的な立ち振る舞い。

 空に滞空する灰色の羽の一枚一枚までが、並みの生物以上の躍動感を持っている。

 顕現したら、その姿を畏れ多いと見ることも憚られるような巨鳥。


「何の用だ? グバア」

『魔導王という言葉が聞こえた。お主、魔導王の手の者だったのか?』


 どこで聞いていたんだよ。こいつ……。

 いや、グバアなら世界の裏側にいようとも、小鳥の僅かな囀りさえ聞こえると言われても不思議じゃあない。


「魔導王って誰なんだ?」

『そうか。知らぬか。そうかそうか』


 愉快そうにばっさばっさと翼を揺らすのはいいが、地面がめくれてる。めくれてるから。

 こいつはヤバいと思った俺は、咄嗟に凹の上部の土地を購入しガーゴイルを中に閉じ込める。

 直後、ガーゴイルの後ろの壁に土砂が被さり、見えない壁に弾かれた。

 

「用が済んだか? じゃあ、帰った帰った」

『お主、魔導王が化けたのか?』

「……、暴れるなよ。絶対に暴れるなよ」


 い、いつの間に来やがったんだ。

 俺に声をかけてきたのはグバアではない。

 人間には知覚できないほどの速度で出現した、いや、ひょっとしたら転移して来たのかもしれない。

 どっちでもいいんだが、グバアから俺を挟んで反対側に突如姿を現したのは、これまた神々しい純白のモフモフした毛を持つ巨大な龍だった。

 こいつの名前はグウェイン。グバアと並び立つ存在にして、まれにグバアとじゃれ合って大草原に大災害をもたらす。


『グウェイン。ここが大草原と知っての狼藉か?』


 ですよねえええ。

 マジでやめてくれよ。地形がぼこぼこになるから。

 大声で超生物二体に待ったをかけようとしたところ、グウェインが先んじる。


『すまぬな。グバア。我はどうしても確かめたかったのだ。許せ』

『お主が謝罪するとは、これまた愉快。今回ばかりは許そう』


 お、おおお。

 何か知らんが、ぶつかり合うのをやめてくれた。

 よっし、いいそお。あとはお帰りいただくだけだ。


『して、良辰よ。実のところどうなのだ?』


 モフ龍ことグウェインが改めて尋ねて来る。

 

「さっきも言った通り、知らん。魔導王って誰のことなんだ?」

『そうか、知らぬか。そうかそうか』


 同じセリフを呟きやがって。

 だああああ。地面がめくれるうう。

 破壊力まで真似しないで欲しい。もっと、そおおっと喜べないのか。グバアもグウェインも。

 

「満足したなら、もういいだろ?」

『我に向かって、そのような不遜な物言い。……悪くはないな』

『グウェインよ。こやつは我の大草原にいるのだぞ』


 勝手に満足しているグウェインにグバアが食って掛かる。


「だあああ。待て待て」


 不穏な空気が漂ってきたから慌てて止めに入る。

 え、ええっと、どうしよう。適当に何か言って誤魔化さないと。

 

「え、ええっと。あああ。うん。魔導王って何者なんだ?」

『シーシアスという名だ。全ての魔術の祖とか片腹痛い戯言を自称する者なのだ』


 グバアが俺の問いに答えてくれた。

 これで何とか気を引いて……。

 

「魔術の祖か。カラスみたいなもんか」

『カラスとは異なる。あやつは探求者。貪欲なる知識欲を持って今がある。だが、シーシアスは異なる。あやつは我らに近い存在だ』


 グバアは淡々と語るが、俺には何のことだか全く想像がつかねえ。

 余り知りたいとも思わないけど……。


「よくわからん……」

『遺憾ではあるが、お主、石像と会っているのだろう? ならば、シーシアスと会う機会もあろう』

「心配しなくても大丈夫だから。俺は超生物とお近づきになりたいなんて微塵も思ってないからさ」

『うむ。カラス、ハトのこと、しかと頼んだぞ』

「おう。カラスには随分世話になっているから。ありがとうな」

『ほう。そうかそうか。あやつが興味を引かれることなぞ、ここ百年で初めてだからの。面白い』

「へえ……」

『ではな。良辰。また来る』

「うへえ」


 来なくていいから。

 畑が破壊されたらどうすんだよ。

 なんてことはもちろん言えず、乾いた笑い声を出しながらグバアを見送る俺であった。

 グバアが立ち去るとグウェインもまた、忽然と姿を消す。

  

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