第182話 うあああああ

 公国の最後の一人が祈りを終わる頃にはすっかり太陽が沈んでいた。

 祈りを終えた人たちが、家路に着く姿をじっと眺め、いつものメンバーだけが後に残る。


「じゃあ、今日のところはこれで失礼するよ」


 マルーブルクがひらりと手を振り踵を返す。

 

「ありがとう」

「ううん。結構楽しかったさ。ね、フレデリック、クラウス」


 マルーブルクが顔だけをこちらに向け、邪気のない子供っぽい笑顔を見せる。


「はい。藤島様のお役に立て、これほど嬉しいことはございません」


 フレデリックは体ごと俺の方へ振り返り、深々と頭を下げた。


「あ、そうそう。あいつらも張り切っててな。『よろこんでー』って気合入ってたぜ」 

 

 一方で彼と対称的なのがクラウスだ。

 こちらに振り向きもせず、頭の後ろで両手を組み口笛でも吹く感じで飄々と呟く。

 

「あ」


 感謝の言葉はもう何度も言っているから、何を言うべきかまごついていたら三人とも行ってしまった……。

 足早に立ち去っていったけど、彼らがこれから何をするか分かっているつもりだ。

 そいつは、祭りの後処理だよ。

 これだけ人を動かしたんだから、経費や備蓄含めやることは沢山あるだろうな。

 「ありがとう」そっと心の中で呟く俺であった。

 

「それでは我らもおいとまさせていただきます」

「また明日ぶー」

「じゃあね。ふじちまくん」


 リュティエ、マッスルブに続き、アイシャが手を振る。

 彼らと同じようにジルバも続いた。

 

 見送ろうと手を振り返したところで、アイシャが思い出したようにくるんとその場で回転する。

 それに合わせてぷるるんと……いや、それはどうでもいい。


「あ、明日、ふじちまくんのお家に行ってもいいかみゅ?」

「ん? うん」


 そのままぴょんと元気よく飛び跳ねたアイシャは一息で俺の目の前で着地した。

 さすが兎の獣人……素晴らしいジャンプ力だ。

 

 あ、アイシャへアクセス許可を与えていたっけか。

 タブレットはアップデート中だけどメニューを使うことができるのかな。

 

 タブレットを右手に出し、画面を覗き込む。

 ん、んん。

 右上にホームボタンがある。こいつを押すと――。

 

「うお」

「どうしたみゅ?」

「いや、ちょっと待ってな。今、アイシャが家に入ることができるようにするから」

「ありがとう。ふじちまくん」


 ビックリした。

 だって、ホームボタンを押すと画面が増えたんだもの。

 もう一つの画面は、既にタブレットっていう体裁もゴミ箱へ放り投げている。

 うん。魔法だな。やはりタブレットは魔法で出来ていることを確信したよ。

 

 増えた画面は光で描かれたホログラムみたいなもので、後ろの背景が透けて見える。

 こっちに映った画面は、これまで俺が使い慣れていたハウジングアプリのメニューだった。

 試しに触れてみたら、確かに実体がある!

 透明な光なのに、タブレットに触れている時と同じような感覚が指先に伝わってくるんだ。

 

 おっと、驚いている場合じゃない。アイシャを待たせている。

 

「よっと。ついでに他のところにも入ることができるようにしておいたよ」

「いいの?」

「うん。ワギャンだけじゃなくてジルバもマッスルブも入ることができるし、アイシャにもと思っていたところだったから」

「みゅー」


 耳をぴょこぴょこと揺らし、アイシャはその場で跳ねて全身で喜びを露わにする。

 彼女のアクセス権に関しては、そのうちやろうやろうと思っていてやってなかったんだよな。

 マッスルブとジルバと一緒に行動することも多いし、この前は一緒にプールも行ったし。

 彼女にアクセス権を与えることに対する憂いは一切ない。むしろ、今まで放置していてごめんという気持ちだ。

 

「じゃあね。ふじちまくん!」


 両手を振り、待っていたリュティエらの元へ駆け寄るアイシャ。

 俺はといえば、彼らの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


 これは彼らにだけ手を振っていたわけじゃあない。

 ここで祈りを捧げてくれたサマルカンドの人たち全員に対してのつもりだったんだ。

 本当にありがとう。

 サマルカンドのみんな。

 

「ふじちま。そろそろ戻ろうか」

「そうだな」


 ポンと俺の方を背伸びして叩くワギャンに笑顔で返す。

 タイタニア、ワギャンと共に俺たちも帰路につく。

 

 ◇◇◇

 

 冷蔵庫の残り物を食べて、風呂に入り(もちろん一人で)、自室のベッドに突っ伏した。

 すぐにむくりと起き上がり、入り口の扉から顔だけを出して左右をチラチラと確認する。

 よし、誰もいない。

 ――パタン。

 扉を閉め、改めてベッドに寝転がる。

 

「あああああああ」


 ベッドの上でゴロンゴロン転がり頭を抱えてしまう。

 みんなの手前、表情を崩すわけにはいかなかった。だけど、誰も見ていないところなら唸るのも許してくれ。

 タブレットを出し、画面を改めて見つめる。

 

『アップデート中。61200/65536』 


 やっぱり足りない。

 アップデートを実行するに、祈り指数が足らなかったんだよ。

 既にサマルカンドのみんなに祈りを捧げてもらっている。

 だけど、足りなかった。

 

「う、ううう。ちくしょう!」


 枕を放り投げ、かぶりを振る。

 八つ当たりだって分かっているさ。

 このイラつきは、俺がタブレットの機能を使用できないことへの憤りももちろんある。

 だけど、みんなの想いを受け取って、あれだけの想いを受け取って。

 

 何もできなかったことが悔しいんだ。

 サマルカンドの住民全員に協力してもらい、彼らに想いを捧げてもらった。

 

 ――バタン。

 扉が開く音に、びくううっと肩が震える。


「ワギャン……」


 扉を開けたのはワギャンだった。


「どうした? ふじちま」


 聞かれていたのか。

 自分の情けない八つ当たりを聞かれていたことにかああっと頬が熱くなる。

 こんな時にまで迂闊だった。

 コボルトの五感は人間とまるで違うんだ。

 耳か鼻か分からないけど、ワギャンが俺の動きを察知してしまった。

 それで心配になって尋ねて来てくれたってわけだよな……。

 

「あ、いや」

「お前らしくもない。何があった?」


 ワギャンがベッドに腰かけ、真っ直ぐに俺を見つめて来る。

 彼の真剣で曇りの無い眼差しに、俺も腹をくくった。

 

「実は、足らなかったんだ。魔力が」

「そうか。まるで足らないのか?」

「いや、あと少しなんだけど」

「それなら、問題ない。お前にはまだ仲間がいるだろう?」

「え?」


 戸惑う俺にワギャンは諭すように言葉を続ける。

 

「フェリックス達、コブリン達、お前が今まで行って来た善行に、彼らも応えたいはずだ。ボクがそうだったように」

「そ、そんな……」

「何を言っているんだ。お前は自分の事となると途端に見えなくなるのだな。自分以外の事に関しては、深謀遠慮と言うにも生ぬるいが」

「あ、うん……」


 面と向かってそんなことを言われると、照れてしまうだろ。

 ワギャンが言うように本当に彼らが協力してくれるかは分からない。

 だけど、俺はワギャンを信じている。

 だから、やってみよう。

 どのような結果になろうとも、やってみようじゃないか。

 堂々と彼らのところに赴こう。

 

「そうだ。その顔だ。僕も人間の表情が分かるようになった」

「ありがとう。ワギャン。明日、さっそく立つよ」

「その意気だ」


 ワギャンと顔を見合わせ笑いあい、ハイタッチをする。

 やってやる。

 ここまで来てみんなの想いを無駄にしてなるものか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る