第180話 ワギャンから

 「こっちこそありがとう」と心の中で呟き、目を開けた。

 すると、視界には慈母のような微笑みを浮かべるタイタニアが映る。


「ビックリしたわ。だって突然光ったんだから」

「お、おお? 手袋が無くなった?」

「うん。ピカッとして、消えちゃった」

「ありがとう。タイタニア」

「ううん!」


 嬉しそうに頰を紅潮させるタイタニアとは異なり、俺はといえば、ホッと胸を撫で下ろした。

 無理にでもネックレスから手袋に変えてもらって本当に良かったよ。

 タイタニアにとって思い出が詰まったネックレスだから。


 さてと。これで儀式は完了なのかな?

 タブレットを出し、画面を覗き込む。


『アップデート中。150/65536』


 お、おお。数字が進んでいる!

 祈り、供物が消えるところで完了ってことで間違いない。


 なんてやっているうちに、公園を挟んで東西双方ともに人影が増えてきた。

 だけど、彼らは遠巻きにこちらを窺っているだけで、誰も公園の中に入ってこようとはしない。

 彼らを眺めている間にもどんどん人影が増えて行き、東西共に群衆となる。

 彼らは俺のために祈りにくる人を眺めに来た人たちなのかな?

 ほらよくあるじゃないか。事故現場に興味本位で集まる野次馬みたいなの。


 しかし、俺の不安は杞憂だったようだ。

 獣人側の群衆が割れ、リュティエとワギャン。彼ら二人の後ろにマッスルブ、ジルバ、アイシャが続く。


 一方、公国側もまた群衆が二つに割れ、彼らは一斉に地面に片膝をついた。

 彼らが開けた花道から、マルーブルクが悠々と進む。彼の後ろにはフレデリックとクラウスが続く。


 先に俺の前まで来たリュティエが、腹と水平になるよう片腕を伸ばした執事のような礼を行う。

 最初にこれを見た時、意味合いが分からなかったが、今なら理解できる。

 この執事のような礼は、特別な時に行う最高敬礼なのだと。

 執事のような礼を見るのは最初にリュティエを呼び出し、名乗った時以来かもしれない。

 この礼は、公の場で使う儀礼めいた意味合いも持っているのかもしれない。


「ふじちま殿。貴殿と縁の深い者から参じるということで話がまとまりました」

「そ、そういうことなのか」


 群衆は待っていたのだ。

 リュティエらの歩みを。きっと公国側も似たような理由で間違いない。


「タイタニアは終わったのか?」


 ワギャンが一歩前に出て尋ねてくる。


「うん。さっき終わったよ」

「ここで供物を捧げたらいいんだな」

「しゃがまなくても大丈夫だよ。って、待て。ワギャン」

「どうした? 何か不具合があったのか?」

「いや、そうじゃなくて、アミュレットはダメだ」


 形見の品を捧げるなんてもってのほかだ。タイタニアといいワギャンといい供物について、認識に間違いがある。

 供物とは自分にとって一番大事な物を提供するんじゃなくて、俺のジャージのように少しでも所縁があるものでいいんだ。

 現にタイタニアが手袋を捧げてうまく行ったのだから。


「アミュレットに問題があるのか?」


 俺の思いをよそにワギャンは首を捻るばかり。


「供物として捧げたら、消えてしまうんだぞ。かけがえのないアミュレットを供物にしたらダメだって」

「そうか。消えるのか。どのようにだ?」

「ぴかっと光って、空に吸い込まれるように消えて行ったよ」


 実際に消える様子を見たタイタニアが口を挟む。

 すると、ワギャンはアミュレットを指先で撫でフッと微笑んだではないか。


「ふじちまに送ってもらえるのだな」

「ワギャン」

「このアミュレットは僕のでも家族のでもない。ラルフというコボルトの物だ。お前が弔ってくれた」

「そっか。分かった」


 ワギャンが微笑んだ理由がようやく理解できたよ。

 彼が準備したアミュレットは、受け継ぐ人がいない物なのだ。ラルフという人の家族や縁者は既にこの世にはいないってことか。


 ワギャンが両膝をつき、両手をくっつけて手を開く。

 彼の手のひらの上にはラルフのアミュレットがのっていた。


「ラルフ。お前の遺体は偉大なる大魔術師ふじちまによって弔われた。お前の魂が安らかに天に昇ることを」


 ワギャン……。

 彼の真摯な祈りに心が揺さぶられる。

 あったかくて切なくて胸が熱くなった。


 ワギャンの祈りに応じ、手のひらにあるアミュレットが輝き出し、光が真っ直ぐ天に昇って行く。

 光が天に到達するかという時に、アミュレットはより一層の輝きを放って忽然と姿を消した。


「ありがとう、ふじちま。お前にはいつも助けられてばかりだ」

「そんなことないさ。これからも頼む。我が親友ワギャン」

「そうか。親友か。これからもよろしく。我が友ふじちま」


 ガッチリと握手を交わし、ワギャンはリュティエの後ろまでテクテクと歩いて行く。


 続いてリュティエが祈り、マッスルブ、ジルバ、アイシャと続く。俺が出会った順と同じ順番だ。

 彼らの番が終わると次は公国側になる。


 まず出てきたのは利発過ぎる金髪の少年マルーブルクだった。


「やあ、ヨッシー。少し準備をするから待っててね」

「ん?」


 マルーブルクがパチリと指を鳴らすと、クラウスとフレデリックが何か大きな物を抱えてお祓い棒の傍までやって来る。

 彼らが持っていたのは、黒い棒のようなもので底が三脚になっていて尖端は何かを引っかけることができるように、取っ手や細い棒が付いた形状をしていた。

 何だろうあれ?

 燭台のようにも見えるけど、燭台なら尖端が台座のようになっていたりするような。

 

 音を立てぬよう静かにモニュメントの入り口を挟むように三脚を置いた二人は、後ろに下がる。

 すぐに戻ってきた彼らは、かがり火を持ち三脚にセットした。

 なるほど、あれは松明を置く燭台みたいなものだったのか。

 

「な、何だか本格的な儀礼めいてきたな……」


 あれよあれよという間に、かがり火とかがり火のちょうど真ん中に装飾を施した宝箱みたいな箱が置かれ、その箱の後ろに赤い絨毯が敷かれた。


「ヨッシー。ボクは格式や伝統といったモノが余り好きじゃあないんだ」


 子供っぽく苦笑を浮かべ肩をワザとらしく竦めるマルーブルク。


「でも、これって」

「うん。好きじゃあないけど、遠い過去から現在までずっと人々が祈りを捧げてきた儀式は、それなりに『想い』が込められていると思ってね」

「なるほど」


 マルーブルクの言わんとしていることは何となくだけど察することができた。

 格式と伝統ってのは、長い時を経て来た分、それそのものに「想い」が込められている。

 自分の想いを伝えるに、これまでの歴史を踏襲することは、下手に自分で考え祈るより良いのではないかってことだよな。

 分かる気がする。

 五百年前から続く祭礼とか見たら、感動するものな。

 うまく言えないけど、百年前の人も二百年前の人もこうして祭礼をしたんだと思ったらさ、胸が熱くならないか?

 

「だけどね。ヨッシー。ボクは聖教を信じてはいないんだよ」

「聖教って?」

「公国で広く信仰されている宗教さ」

「神父さんとかいたような」

「そうだね。サマルカンドにも神父はいる。この儀式は聖教で古くから伝えられている儀式なんだよ」

「ん?」


 なんだか話が繋がらないぞ。

 なら、何故、マルーブルクは聖教の儀式を採用したんだ?

 

「祈りを捧げるにはこれがいいと思った。だけど、ボクが祈るのは、神じゃあなくキミにだ」

「正面からそんなことを言われると照れる……」

「クスクス。まあ、そんなところだよ。はじめようか」


 マルーブルクは腰から下げた剣を鞘ごと取り外す。

 

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