第178話 ぼくたちの工作技術は難あり

「戻す方法はある。確実とは言えないけど」

「先にそれを言いなよ。まあ、キミのことだからこうなることを予測してたんだろうけど」


 口ではそう言いながらも、マルーブルクの口元が僅かに緩む。

 乾いた喉を潤すべく、紅茶を一口ゴクリと飲む。もう冷めちゃってるけど、悪くない。

 人に淹れてもらった紅茶だものな。美味しく無い訳が無い。


「みんなに協力をしてもらいたいんだ。魔術術式を再構築するため、膨大な魔力が必要なんだよ」

「何をすればいい?」


 どう説明すればいいか。深刻に思われないように、参加してくれやすいように。

 儀式はサマルカンドの住民全員に参加してもらわなきゃならないからな。


「みんなの想いを俺に捧げて欲しい」

「大好きだよ!フジィ」

「僕もだ。お前は今や僕にとってかけがえのない友人だ」

「……キミのことは嫌いじゃあないよ……」


 あちゃー。表現を間違えた。

 この言葉をキッカケに具体的に何をすりゃいいか説明するつもりが……思わぬところで強烈な一撃をもらってしまったよ。

 頰が熱い、穴があったら潜りたい……。


「言葉だけじゃダメなのかな?」

「ま、まあ落ち着いてくれ。早とちりさせてすまなかった」


 息がかかるくらいの距離で縋るように潤んだ瞳で見つめてくるタイタニアの肩を掴み、彼女を元の位置に戻す。

 コホンとワザとらしく咳をしてから、テーブルにごっつんこしそうなくらいに頭を下げる。


「順を追って説明するよ。俺の魔術を発動する元になる魔術術式がうまく動かなくなった」

「魔術術式を修復するには、魔力をキミに集めなければってことなのかな」


 マルーブルクが補足するように説明を入れてくれた。


「うん。そこで、カラスに協力を仰ぎ儀式を行う。儀式とは、参加者から魔力を集める術みたいなもんだと思ってくれ」

「儀式は参加者になんらかのモノを要求し、それを魔力に変換し、キミに渡すってところかな」

「すごい! その通りだよ。マルーブルク!」


 さすがの知性だぜ。みなまで説明されなきゃ……いや説明されて更に二度説明されてようやく理解した俺とは違う。


「それで、何を要求するんだい? 『想い』を捧げることは分かったけど、手順かそれとも物が必要とか?」

「供物……つまりなんらかの物を祭壇に捧げる必要がある。祭壇で、供物を捧げつつ、俺への想いを乗せて祈って欲しい」

「神への捧げものみたいなもんだね。すぐに手配しよう。いや、リュティエにも話を通してからだね」


 カラカラと楽しげに笑うマルーブルクには、めんどくさそうとか嫌そうって雰囲気は全く無い。

 でも、笑い方が天使の笑みなのがちょっときになる。

 斜め上の行動をしなきゃいいんだけど……いや、彼の気持ちは嬉しい。だから、何が起ころうと俺は笑顔で彼を讃える。うん。そうだよ。感謝の気持ちは忘れずに、だ。


「ありがとう。マルーブルク、ワギャン、タイタニア」


 一人一人の名前を呼び感謝の気持ちを言葉にして伝える。

 対する三人は微笑を浮かべ、頷きを返した。


 ◇◇◇


 集会所でタブレットの事をマルーブルク達に説明したのと同じように、リュティエ、フレデリック、クラウスに告げる。


 フレデリックは静かに頷き、執事の礼をもって「お任せを」と呟く。

 クラウスはと言えば、俺の肩をポンと叩いた。そして、一言「気に病むなよ。兄ちゃん」と男臭い笑みを浮かべる。


 俺が戸惑ってしまったのはリュティエだ。

 話が終わると彼は「それほどまでして、竜人達を助けていただいたのですな」と目から滂沱の涙を流しながら、感動に打ち震えていたのだった。

 思ってもみない彼の動きに悪い気なんてしない。俺のことを思って嘆いてくれているんだもの。


 ともあれ、集会所に集まるみんなは誰一人懸念など示さず、何とかして俺を助けたいと意見を一つにしてくれた。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ泣きそうになったのは俺の心の中だけの秘密だぞ。


 ――翌朝。

 食料の在庫はまだある。

 一週間ほどは大丈夫そうだけど、その先は食材をどうするか考えないとだ。


 タイタニア、ワギャンと共に食パンにコーンスープという朝食を食べながら、テーブルの上で行儀悪く食パンを突く黒い鳥へ目をやる。


「悪くない。このパンは少し甘いな」

「そうか。相棒はどこ行った?」

「相棒じゃあねえ!」

「痛っ!」


 パンぐず満載の嘴で手の甲を突っつかれた。


「ハトさんなら、二階のバルコニーにいるよ」


 そこでタイタニアがハトの所在を教えてくれる。


「さすがハト。ブレない」

「餌の入ったバケツを下に持ってこようとしたんだけど、『いいっす!』て」

「やっぱ、ハトが餌の時間を中断するなんてことは無かったか。『先輩、先輩』ってカラスを慕ってたからさ」


 せっかくだから一緒に食事をって思ったんだけど……ハトはハトだった。


「アイツの行動原理はまず第一に餌だ」


 カラスが食パンを突きながら、会話に割って入ってくる。


「しかし不思議だよな。ここで産まれたハトが会ったこともないカラスに『先輩』って」

「確かに。言われてみれば不可思議だな」


 ふと浮かんだ疑問にワギャンも同意し、首を捻る。


「大した裏があるわけじゃあねえが、今はアレだろ。先に儀式なんだろ?」

「うん。ハトのことは正直……」

「腹ごなしが終わったら、(儀式を)はじめるぞ」

「頼む」


 話はこれで終わりだとばかりに、カラスがパンの耳をごくんと飲み込んだ。


 ◇◇◇

  

 そんなわけでやってまいりました。公園です。

 準備作業に結構時間がかかってしまった。今回はハウジングアプリの力を借りることができなかったから、手作業感が凄い。

 思った以上に不器用なタイタニアにクスリときつつ、カラスに邪魔されながらも何とか形になった。

 ワギャン? 彼はリュティエの元へ行ったんだ。

 儀式のために、獣人へ説明を行う必要があるから、リュティエの手伝いにってね。

 公国の方は、マルーブルクの元、沢山の兵を動かすことができるからタイタニアは俺のサポートについてくれることになったんだよ。

 

 俺も手先が器用な方じゃないし……途中から死んだ目で作業に当たった……。

 結果、やべえもんができた気がするが気にしたらダメだ。もう後戻りはできない。

 

「カラス、マジで必要なのか?」

「必要だ。魔力を集める拠点になる」

「そ、そうか。なら仕方ないな……」


 儀式には「祭壇」を見立てる必要があるらしい。

 どこでもいいみたいなんだけど、分かりやすく目立つ場所にしようと思ってさ。

 公園の物見ことクリーム色に淡い青のイカリマークがワンポイントなモニュメントに祭壇を作ることにしたんだ。


「しっかしお前は見てて飽きねえな。一つに祭壇を絞らなくてもいいんだぜ」

「いや、一つがいい。一つじゃないとダメなんだ」


 俺の願いはサマルカンドのみんなが種族や国の隔てなく、仲良く融和して暮らしてくれること。

 儀式が始まれば、公園はパブリック設定に変更する。

 俺の為にみんなが祈りに来てくれることだろう。獣人、公国の隔てなく。

 その姿こそ俺の想いなんだ。みんなに俺への想いを願うのだから、俺からもみんなへの想いを伝えないとって考えたわけだ。

 

「フジィ、入り口にこれ置けばいいのかな?」

「そ、そうだな……」


 カラスに目を向けると、はやくやれと言わんばかりに「くああ」と囀る。

 分かったよ。これでやればいいんだろ。

 

 タイタニアが持っていたのは、モップの先にジャージを切り裂き束にした何かだった……。

 

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